「きずな」を深めるサービスで世の中を元気に
徳丸 博之氏:(株)にっこう社

徳丸氏

にっこう社は、挨拶状や年賀状などのはがき印刷のネットショップを運営する会社。「印刷会社」というより「人と人とのきずな」を扱う会社という方がしっくりくる。代表取締役社長の徳丸博之氏にお話をうかがった。

原点は、スタジアム。

スタジアムに湧きあがる歓声、汗の匂い、経験したことのない緊張感…。1991年大学野球全国大会の決勝戦。勝てるはずがないと思っていた対戦相手から先制点を取り、試合は延長戦へ。結果は17回で逆転負け。悔しかった。ダメもとの試合で「楽しめればいい」と話していたはずだったのに悔しくて悔しくて、でもスポーツ選手がテレビでよく言っている「みんなに感謝したい気持ちです」、本当にそんな気持だった。

頑張って続けていれば全国にのし上がるチャンスが誰にでもある。「身を持ってそんな体験をしてしまった」大学時代。翌年、徳丸氏は大手銀行に就職した。「仕事は順調でした。でも、スタジアムの感動が忘れられない。プロにはなれないけれど多くの人にあの感動を伝えるような仕事がしたいという想いをいつも引きずっていました」。
そして2000年、30歳で銀行を退職し、不況にあえぐ両親の印刷会社の再建をしながら「2008年の大阪オリンピックに向けて、感動を与えられるような仕事」ができたらと夢を膨らませていた。でも、「すぐに大阪にオリンピックが来る話しがなくなって」現実に引き戻される。「親の印刷会社は廃業寸前状態。これではいけないと、とにかく何でもやりました。顧客にチラシをまく場所を相談されてリサーチしたり、おにぎり製造会社が甲子園で売りたいと言えば人脈をたどってルートを作る。その‘お礼’に印刷の仕事をもらって…」。

挨拶状の文化とネットの可能性と

持ち前の営業力と社交性を駆使して会社の売り上げは上がったものの、3年経ったときには「限界を感じていた」。「次のステップとしては人を増やしてキャパを大きくするか、いい機械を入れてクオリティで勝負するか。どちらもピンとこなくて。でも、時代はちょうどインターネットのマーケットが伸びている渦中。ネットなら可能性はあるんじゃないかと。それに手紙を送る文化がなくなりつつあるとはいえ、いまだに転勤族は必ず挨拶状を送る文化があることを銀行員の経験から知っていました。実際に、銀行時代の同僚からも多く発注があった。これが全国規模になったらどうなる?と考えたんです」。
それからは毎日、昼は通常の仕事、夜は朝4時までサイト構築のための勉強や準備。あまりにハードでとうとう急性肝炎で倒れてしまった。「1カ月入院しました。一番に仕事のことが心配でしたが、入院中も仕事が減らなかったんです。仕事の仕組みさえ築いていれば自分がいなくても仕事は回るということを知りました」。

人に感動を伝える仕事を求めて再出発

退院後はネットの構築を急いだ。挨拶状と年賀状を中心としたはがき印刷のネットショップ。時代の流れも手伝って、ビジネス向けと女性ターゲットのサイトをきちんと整備しただけでその翌年の12月には売り上げは1000万円に到達した。しかも、数人の社員ではさばき切れずに月末を待たずにパンクするほどの急成長。
「でも、そこで喜んだのは僕だけだったんです。スタッフは忙しくて大変な思いをしていました。それでいいのか。これも自分の望んでいたことではなかったんですね」。
年が明けて2006年前半は会社理念を確立することに専念した。それまでがむしゃらに走ってきたがゆえに忘れていた「人を喜ばせたい、感動を与えたい」という気持ち。立ち止まって考えてみるとやはり自分はそれが満たされなければ満足できないことがわかった。
「きずなを深めるサービスで世界を元気にする」。考えた末に行き着いたにっこう社の企業理念だ。「理念が明確になると自然と共感してくれる社員や仲間が集まるようになりました。挨拶状や年賀状はまさに人と人とをつなげるきずな。そう考えると、自分たちの仕事がとても大切なものに思えて」。社員が常に携帯している「クレド(行動指針)」も、この時期に社員みんなで考えたものだ。「以来、毎年倍々で売り上げを伸ばすことができたのはこの期間があったからだと思っています」。

3月9日を「ありがとうの日」に


年賀状の思い出を綴った作文を募集したところ1400以上の応募が。うち65作品を1冊の本にて「年賀状のちから」を出版した。

39(サンキュー)プロジェクト

今後の方向性について、「大事なのは拡大ではなく、私たちに関わったことによって元気になってくれる人が増えること」と徳丸氏。「世の中にたくさんの人に喜んでもらう仕組みをつくっていきたい」と言う。「例えば、ネットショップのはがきのデザインは、全国のデザイナーさんに門戸を広げ作品を募集しています。また、年賀状の素晴らしさを再認識してもらおうと‘年賀状の思い出’をテーマに作文を公募して1冊の本を作ったり。お客さんを招いて大阪ツアーを企画するなど、顧客と直接会う機会も大切にしています」。

にっこう社が現在進めている「39(サンキュー)プロジェクト」は、毎年3月9日を「ありがとうの日」として「普段言えない人に‘ありがとう’を伝える機会にしよう」というもの。今年は共感する250名以上が集まり、イベントを行った。このプロジェクトはツイッターなどでも広まり、すでに全国的な動きとなっている。

「あの人とあの人を会わせたらきっと喜ぶだろうとか、プライベートでも仕事でも放っておいたらそんなことばかり考えている」と徳丸氏。これからも「人と人とのきずなを深める」ことを基軸にいろんな事業を展開していきたいと言う。「僕は結局、『ありがとう』と言われることが一番嬉しいのかな」というのがその理由。想いは「スタジアム イン ハート」。プレーヤー、監督、応援席、観客、試合を見守る家族…。そこにいるみんなが感動できる、そんなビジネスを目指す。

公開日:2011年04月06日(水)
取材・文:わかはら 真理子氏
取材班:株式会社ショートカプチーノ 中 直照氏 / 株式会社ジーグラフィックス 池田 敦氏