デザイナーの本質を生きる
多陀 賢二氏・藤原 聖仁氏:アーチ・コア インコーポレーテッド


藤原氏(左)と多陀氏(右)

「職業を聞かれて、デザイナーと答えると、『カッコイイ仕事していますね』って特別な目で見られるんですよ。だけど、デザインというものは特別なものではなく、もっと一般の人に“デザインの素晴らしさ”を伝えて行きたいんです。」と、多陀賢二さんと藤原聖仁さんは陽気に語る。
ふたりが経営するデザイン会社「アーチ・コア インコーポレーテッド」。ここで生まれるデザイン一つひとつには、“デザイナーの本質”を生きようとする彼らの存在意義が込められている。

ダイレクトでなければ、本質は掴めない

藤原氏

多陀さんと藤原さんは現在、歌手や作家、個人事業主らを対象に名刺やWebサイト、ブログ、twitterなどの情報発信ツールを制作すると同時に、企業や商品にポジティブなイメージを持たせるブランディングも行っている。企業ブランディングの必要性が叫ばれるなか、このように「個人」を対象に事業展開するところは珍しい。しかし、この経営方針にこそ、同社の理念がある。
もともとふたりは別々のデザイン事務所で、企業を相手にパンフレットやチラシなどの広告ツールのデザインをしていた。しかし、会社規模が大きくなればなるほどツール制作に関わるスタッフの数は増え、クライアントの意見をダイレクトに反映するデザインの提供は難しくなる。多くの人の意見が介在することで、クライアントの意向が見えなくなり、コンセプトや訴求ターゲットまで定かでなくなってしまう。
「物事の本質を無視したデザインは、ただの装飾でしかありません。クライアントにとって有益なデザインを創造するためには、デザイナーが直接クライアントとやり取りするしかないんです」と藤原さんは言う。
「クライアントと直に仕事をするとなると、おのずと小規模な企業や店舗に絞られる。だがそれでは会社経営は成り立たない」周囲の人々は理解を示さなかったが、ブログを介して偶然知り合った多陀さんと藤原さんは互いのデザインに対する考え方で意気投合。2009年5月、自分たちの理想を求めて、個人をブランディングするデザイン会社、アーチ・コア インコーポレーテッドを設立する。

秘めたる相手の本心を読み取る

多陀氏

一般的にブランディングをする際には、クライアントの情報をできる限り引き出すために、ヒアリングには多く時間を割く。同社も全行程の8割をヒアリングに費やすという。
「どういうふうになりたい?」「それは何のためか?」などのやり取りを重ねるうちに、最初にクライアントが述べた課題や要望が、実は “真実の課題や要望”は別のところにあったという結論に達することも少なくない。
「ヒアリングは、クライアント自身の中でこんがらがっている糸をほどく作業でもあります。時間をかけて対話しながら、事業の状況や環境、経営戦略などを整理してゆくと、今何が一番の問題で何すべきなのかがおのずと表面化してきます。それが把握できれば、対処方法は見つかるんですが、このヒアリング作業をおろそかにすると、間違った解釈・論理で物事を進めることになり、結局クライアントの状況は改善されず、効果が出ない。すると、結局お互い無駄な労力をかけたことになりますから」と多陀さん。
「効果が出るかもどうかも分からず、単に相手に言われた通りをデザインするのは、プロとは言えないと思うんです」と藤原さんが付け加える。
クライアントに利益をもたらすデザインを提供するのが、プロの仕事。情報発信ツールにおけるデザインの役割を把握し、愚直なまでにそれをふたりが実行するのは、デザイナーとしての志の高さと、デザイナーという職業に対する敬意からなのだ。

デザインの力で悩み解消

事務所

アーチ・コア インコーポレーテッドでは、デザインの役割、ブランディングという概念を多くの人々に馴染んでもらおうと、さまざまなイベント、ワークショップを行なっている。昨冬からは“考え方をデザインする”というコンセプトのセミナーを開き、「人間関係」、「ストレス」、「お金」、「恋愛」など日常の身近な問題を、デザインに置き換えて分かりやすく解説し、デザインする発想で問題を解決してゆくというユーニクな観点の活動を推し進めている。
日常生活に悩む知人に対して、ふたりが個人的に行っていた“お悩み相談”と、ブランディングする際のヒアリングを融合させ、一般の人向けに改良したのが始まり。今では、ふたりにとって大事なライフワークのひとつになりつつある。
「デザインの持つ力で人を幸せにしたいと思っています」そう語るふたりの目には、「デザイン」という言葉のイメージが持つ小難しさを一新させ、デザインする楽しさやデザインの持つ力をみんなに実感してもらいという純粋無垢な思いが込められている。

公開日:2010年10月25日(月)
取材・文:竹田亮子 竹田 亮子氏
取材班:有限会社ガラモンド 帆前 好恵氏