自らの手で表現すれば、何か変わる
下之坊 修子氏:映像発信てれれ

「『てれれ』とは、みんなでお茶を回し飲みしながら楽しくおしゃべりして交流をもつ南米・パラグアイの習慣のこと。そんな場を作っていけたらという思いで名づけました」と話すのは、「映像発信てれれ」主催者の下之坊修子さん。
同団体は、映像制作や映像制作講座をはじめ、一般市民から映像作品を募集し、民間のカフェや公共施設で定期上映を行なう。“カフェ放送”と呼ばれるこの上映会は、現在、大阪を中心に、名古屋、東京など全国35ヵ所で開催されている。
「10分以内の作品であれば、内容は問いません」。投稿作品には、フィクションもあればドキュメンタリーもアニメもある。そんな多様性に富んだ作品を組み合わせて約1時間のプログラムにして上映する。「作品を観ながらああでもない、こうでもないとみんなで自由に意見を言い合って大笑いし、和気あいあいとした時間を過ごしてもらう。まさに“てれれ状態”です」。

当事者の「本当の思い」を伝えるという使命感

下之坊氏

下之坊さんが映像制作を志したのは40歳を過ぎてから。
「たまたま高校時代の友人に女性自立支援の講座を開講する「ウーマンズスクール」ということろを勧められたことがきっかけなんです。数ある講座の中から映像コースを選んだのは、ビデオカメラを背負って各地を回れたらカッコいいなぁって、そんな軽い気持ちからです」。
学生時代に演劇の経験を持つ下之坊さんは、書道や絵画など、元来表現することが好きだったこともあって、この講座を通して映像表現に魅了されてゆく。そして講座修了時には、自身の中にある使命感のようなものが芽生えていた。
「卒業制作では、離婚経験者の女性たちにスポットを当てました。私自身が離婚を経験していることもあり、彼女たちの生の声を聞いてみたかったんです。取材を進めるうちに、離婚に至るまでの彼女たちの心の苦しみや現在抱える苦悩が切ないほど伝わってきました。また、その背景には、解決していかなければいけない社会的問題があると気づき、これを広く世間に発信しなくちゃいけないと強く思ったんです」。この作品は、女性たちが実名で登場し、ありのままの気持ちをすべてさらけ出すという、20年前の当時としてはかなりセンセーショナルな内容だった。それが噂になり、新聞記事に取り上げられ、最終的には商品化されるまでに至った。
「とくにうれしかったのは、作品を観た同じ境遇の女性たちから、『私たちが言いたかったけど、言えなかった思いをよくぞ代弁してくれました! 本当にありがとうございます』と感謝されたこと。映像を通して、立場の弱い人たちの思いを世間に発信しなければ、と強い衝動に駆られました」。

「市民メディア」との出合い

上映会チラシ

その後、下之坊さんは友人らと映像制作団体を結成し、女性や社会的弱者を撮り続けた。
「映像作りをしてゆくうちに、私の視点ではなく彼、彼女ら(社会的弱者)の視点で作品を描き、それを世間に伝えたいと強く思うようになったんです。もちろん、公共の電波で個人の、しかもアマチュアの映像を発表する場なんてありません。ビデオカメラで撮った作品を、誰もが自由に発表できる方法はないかと考えていたとき、友人を通して海外メディアに詳しい方から『市民メディア』というものの存在を知らされたんです。欧米では、一般市民自らがテレビのマスメディアを用いて、自由に情報発信できるインフラが整備されていることをと教わり、『コレだっ!』と直感しました」。
その翌年には、有識者で組織された団体の海外メディア視察に同行。オランダ、イギリス、フランス、ドイツの4ヵ国を巡り、市民メディアへの積極的な取り組みに驚かされた。
「どの国も市民メディア団体の役割が一般に認識され、活動に対する補助金支給や、人材育成のプログラム化など、国のサポートがしっかり行われていました。そもそも市民メディアとは、原発反対運動や労働者らのストライキなど、市民が『政府に自分たちの思いをダイレクトに伝えるには、自らがメディアを持って情報を発信しなければ』との考えから誕生したもの。誰もが自由に自分たちの『思い』や『考え』を世間に向けて表現できるという点に感動しました」。

当事者自らが表現することの真実味

下之坊氏

今夏のカフェ放送では、これまで上映してきた450余りの作品の中から、とりわけ反響の大きかった10作品を厳選し特別企画として上映した。その中に『負けへんで〜』という作品がある。
これは脳性マヒの青年が自身の日常を、自身の目線で描いた作品。家でテレビを楽しんだり、車イスで買い物に出かけたり……車イスを自由に操り悠々自適に生活している、普段の青年の様子が描いている。しかし時には、車イスがゆえに思いが叶わないことも多い。寿司を食べに行きたいが、段差があって店内に入れない。そこへ「負けへんで〜」とテロップが入り、ラーメン店へと方向転換する。会場には、ワッと笑いが起こる。
「これは当事者だからこそ、描けること。何のフィルターも掛かっていない、素の青年の姿がそこにあります。これが、大手企業のスポンサーがついた番組だと、病気を抱えた青年のステレオタイプな悲劇になってしまい、決して現実は描けないんです。私はこれまでも、自閉症の子供たちやセクシュアルマイノリティの方々と共に映像作りをしてきましたが、彼らの作品には、本人でしか描けないリアルさがあります。やはり、当事者の表現には重みがあり、説得力がありますね。今後も当事者の本当の姿や思いを、映像作品を通じて世間の人々に伝え、新たなムーブメントを起こしてゆきたいと考えます」。

てれれのロゴには、「見ザル・聞かザル・言わザル」という3匹のサルが描かれている。「見て・聞いて・言う(伝える)サル(人)になる」という下之坊さんのモットーがそこにはある。

公開日:2010年09月17日(金)
取材・文:竹田亮子 竹田 亮子氏
取材班:株式会社PRリンク 神崎 英徳氏