人の心を奪う広告写真を撮り続ける
川真田 光夫氏:WAH・WAH STUDIO

「みんな、最初の一枚です。最初の一枚で、みんな態度が一変するんです」。
言った最後にニコッと笑うから、初対面の我々にはホントか冗談かわからない。でも、作品を見て一同納得した。「これはすごい!」。
日本製品の海外向けカタログを多く手掛け、海外での評価も高い。WAH・WAH STUDIO(ワー・ワー スタジオ)のフォトグラファー、川真田光夫さんを取材させていただきました。

赤い鳥に誘われ、外資系サラリーマンからカメラマンへ

暗闇から浮き上がるように鈍く光るオーディオ。緊張感に満ちた強い光りを放つ自転車のハンドル。無機質な機械や部品をここまで美しく写すカメラマンは他にいないのではないか。ただそこにある製品が、川真田さんの手にかかるとまるで美しい芸術作品のように人の心を奪う。
「日本橋に置いたアンプのチラシが一日でなくなったらしく、タレントも使ってない商品だけの広告なのに、こんなこと初めてだと担当者に言われました」。
他にも、自転車部品のカタログがヨーロッパ全土で「販売」されることになったり、カメラマンとして写真撮影だけでなく年間広告のすべてのディレクションを任されることになったり。作品を見た周りの反響がなんせ大きい。そしてそれは国境や仕事の範囲を超えて「勝手に」広がっていく。

川真田さんがカメラマンになったきっかけは、ちょっと特異なのかもしれない。学生運動がそろそろ終焉を迎えようという1970年代前半。その時代は、文化的な分野で力のある学生を見出し、芸術や芸能の仕事を任せるという社会の風潮があったそうだ。そんな中で広い人脈のあった川真田さんに「力を貸してくれ」と声を掛けてきたのが、当時人気を博したフォークソンググループ「赤い鳥」の後藤悦治郎氏だった。音楽に対する考え方の違いから「赤い鳥」を解散、「紙ふうせん」を結成しようかというタイミング。力を貸すのはいいが何をやろう、と、決まったのが「写真を撮ること」だった。東京で外資系企業のサラリーマンをしていた川真田さん、カメラマンに「転職」することになった。
「赤い鳥」や「紙ふうせん」のネームバリューもあって、いろんなミュージシャンに撮影を依頼された。傍目には華やかに見えたかもしれないが、実際はそれ以外には仕事がないのが現実だった。スタジオ設立間もなく、実績もないから毎日ひとつずつ広告作品を撮ることを始めた。
そんな時、あるクライアントを紹介される。ラックスという音響機器メーカーだった。音楽好きということもありアンプやオーディオについては自信があった。「ぜひ広告をやりたい」。
渋々会ってくれた担当者が「まずは取扱説明書のモノクロの写真から始めてもらって…」というのも聞かずに、「広告をやらせてください」の一点張り。根負けした担当者に、「3日後、写真が上がるのをお楽しみに!」と、意気揚々製品を持ち帰った。
上がった写真を見た担当者は、以後、取扱説明書の話をすることはなかった。毎日のように仕事の電話が鳴り、さらに半年後には年間契約で会社の年間の広告物全てのディレクションと管理を任されることに。32歳のときだった。
「それから5年ほど殺人的に忙しくなりました。でも、撮影だけじゃない。企画、手配、デザイン、印刷…全てにかかわるから、すごく面白いんです。この5年でいろんなノウハウが身に付きました」。

作品
すべてスタジオで撮影は、風景の光に合わせたライティングが重要。光が写り込んで美しく自然に仕上がる。

カメラマンである前に広告マン。その前に普通の人。

もともとたたき上げのカメラマンでない。「広告を作る」という目的の中で写真を撮る。「もし自分より上手な人がいれば、自分が撮らなくてもいいんです」。カメラマンと名乗りつつも全体のディレクションを手掛ける現在の仕事のスタイルは、川真田さんにとってごく自然なことだ。
「広告とは、人を相手にして、人に伝えるのが役割。この基本を外してはいけない。ただ美しく撮るのではなく、人に届く、人に響くものでないと。この商品をメーカーとして誰にどう伝えたいのか、若い人に売りたいのか、年配の人に売りたいのか。そこをしっかり考えてから表現に入るんです」。
シマノから自転車部品のカタログ撮影を依頼されたとき、自転車に乗らない川真田さんは、まず最初に本屋に向かい「ツール・ド・フランス」の本を買ったという。「自転車に乗る人はどんなところに楽しみを見出しているのか。自転車に乗って感じる風や空気感。そこを知らなければ、本当の意味でのいい写真は撮れないんです」。

作品
海外のカタログ写真は、同じ製品でも国によってヨーロッパトーン、アメリカトーンと撮り分ける。

「こうすればよかった」と後悔したくない。だから、やるだけ。

スピードを上げて回転するチェーンやギア。メラメラと炎に包まれた野球ボール。見た目はどれもほぼ同じオーディオ機器も、そのクラス感を撮り分ける。
それにしても尋常でない写真の腕。どれも撮る前から「自信はあった」という。センスや才能の賜物であることは間違いないが、取り組む姿勢も半端ではない。たった1枚撮るのに試行錯誤を繰り返し、1週間スタジオに籠ることもある。「後で後悔したくないからやっとこ。それだけです」。
軽く言うが、川真田さんが広告写真を長く手掛けている会社のひとつ、富士通テンの宣伝担当者の言葉にはこうあった。「カメラマンのプライドをかけて、自腹を切ってでも期待以上の作品を仕上げてくる。こんなカメラマンを私はかつて見たことがありません」。この言葉が全てだと思う。

デジタルとアナログの融合で新たな可能性を。

川真田氏
仕事は、おもしろいですよ。言いたいこと言ってやりたいようにやって。たまたま僕を理解してくれる人に出会えてよかったです

写真の世界は、近年ものすごいスピードでデジタル化が進んできた。デジタル化を嘆くカメラマンも多いが、高専卒でメカに強い川真田さんにとって、それはそれで嫌いな世界ではない。
「デジタルならではの新しいこともできると思うし、面白さもある。でも、いくら世の中がデジタルになっても見る人間はアナログ。最後はアナログにしないと届かない。ブレたらだめ、ノイズはだめという時代になってきているけれど、写真はブレているから、音楽はノイズがあるから面白い。それを理論でカットしてしまうというのは違うと思います。人間はアナログなんだということを忘れずに仕事をしないと、カメラマンはカメラオペレーターになりかねない。カメラマンがクリエイターであるためには、デジタルの新しい技術を取り入れつつもアナログの技術はやはり必要ですね」。
今後の仕事の展望はと伺うと、「何をしたいというより、面白そうな人おらんかな、と探しています。昔、僕にいろんな人が声掛けてくれたように。面白い人見付けて一緒にコラボレーションすることで、新しい表現を創り出したいと思っています」。

公開日:2010年03月04日(木)
取材・文:わかはら 真理子氏
取材班:株式会社ゼック・エンタープライズ 原田 将志氏