建築は多くの“人”が交わる。だから2人が“強み”になる。
荒木 洋氏・長澤 浩二氏:AN Architects

荒木氏と長澤氏

南森町からほど近い場所にある『AN Architects』は、もともと安藤忠雄事務所に所属していた荒木洋氏と長澤浩二氏の二人が立ち上げた設計事務所だ。現在は、住宅やビルなどの建築物はもちろん、「分野もサイズもこだわらない方が、いろんな発見があって面白い」と、5,000平米にも及ぶイラクの病院設計から2平米の小さな茶室や家具の設計まで行っている。今回はお二人が設計を仕事にするまでの道のり、誰もが知る安藤忠雄建築研究所での仕事、さらには事務所の未来像についてお話をうかがった。

全く異なる道のりで、設計の世界に飛び込んだ二人。


『ヴィラ風の音』のログハウス
(撮影:小川重雄)

二人で事務所を運営する荒木氏と長澤氏。二人はなぜ設計士という仕事を目指したのか、まずは荒木氏にたずねた。
「実家が建材屋で、子供の時から親の仕事の現場を見るのが楽しくて。さらに、図面を描いたり模型を作ったりするのが好きで、これを仕事にしたいと思っていました。それでアメリカの大学で建築を学んで、設計事務所に就職したんです。」
逆に、長澤氏は設計士になろうとは、全く考えていなかったという。
「実は経済学者になりたかったんですが、手に職をということでやむなく理系の学科を受験してたまたま合格したのが建築学科でした。全く興味がなかったんですが、在学中に設計事務所の手伝いをすることになり、そこで設計や建築の基礎を叩き込まれました。さらに、ある建物の設計から完成までを任されて、それが完成したときにグッと来ちゃって……それで設計の仕事をやりたい、と。」

物静かな雰囲気の荒木氏と明るい長澤氏。一見すると全くタイプが異なる二人が出会い、事務所を立ち上げるに至った起点は、安藤忠雄建築研究所だった。
「安藤忠雄事務所では、設計に関する仕事や考え方はもちろん、設計以外のことも数多く経験させていただきました。そして、それらがすべて今の私たちにとって、非常に役に立っているんですよ」と長澤氏。
そして、気心の知れた二人の退社が偶然にも同時期だった縁が、二人で事務所を立ち上げるきっかけとなった。

ひとりで決めない大切さ。二人事務所は必然だった。

同時期に退社したのは全くの偶然で、偶然が重なり合って『AN Architects』の立ち上げに至ったのだという。きっかけは荒木氏が知人から相談されたあるプロジェクトだった。
「私の知人から、瀬戸内海に500平米ほどの宿泊施設『ヴィラ風の音』をつくるというプロジェクトの相談を受けたんです。これは、一人では手が足りないと感じた時に、長澤氏が同時期に退社した事を思い出したんです。」と荒木氏。
この話は長澤氏にとって、“渡りに船”だったという。
「安藤忠雄建築研究所退社後に独立準備として、とある会社で契約社員の設計士として働いていました。そこで社員になる話があって、独立のために働いているはずなのに……と考えていた時に、荒木さんから連絡があって即断しました。ラッキーでしたねぇ(笑)」

ひとりではなく二人での独立。メリットやデメリットは存在するのか。荒木氏にたずねてみた。
「各プロジェクトは、どちらかが主な担当として仕事をしていますが、草案は、各々が考え話し合った上で決める様にしています。実質的な作業は、プロジェクトごとに担当者が主に行いますが、もちろん、お互いがフォローしあいます。“二人だから大変だ”という事はあまりないですね。自分以外の目があるのは、仕事をする上で刺激になります。」
長澤氏は「荒木さんが横にいることが、最大のメリットです。」と茶目っ気たっぷりに答えた後、こんな事を話してくれた。
「僕はひとりで全部決めないこと、誰かに相談することが大切だと思うんです。建築は作る人、使う人、設計する人……と、いろいろな人が交わります。だから『このデザインがいい』というのがあっても、自分以外の人の意見も入れて決めるというのは、建築物を設計する上で重要だと考えています。そんな時に、自分と似た思いや考え方を持っている人に気軽に意見を聞ける人がいて、フォローしてもらえる。これが二人でやる一番の強みですね。デメリットは今のところ感じていないですね。」


『ヴィラ風の音』の全景
(撮影: 市川かおり)

組織を拡大し、要望に応えられる体制に。


イラク・ハラブジャの母子病院建設中の様子

最後に、『AN Architects』は、これからどんな方向を目指すのか。まずは荒木氏に聞いてみた。
「瀬戸内海にある『ヴィラ風の音』は、もともと、「海の道」を再生することで、車社会の台頭に寄って活気を失いつつある瀬戸内の港町や離島にもう一度活気を取り戻す手助けになればと始まったプロジェクトです。この様に将来的には建築物を通して社会に少しでも良い影響を与えられれば、と常に思っています。あるいは、イラクの病院建設プロジェクトのような、国際交流の手助けとなるような仕事にも挑戦したいです。」
次に長澤氏に聞くと、あと3人ほどスタッフを増やしたいという。
「設立当初は二人で大丈夫と思っていたのですが、すぐにマンパワーが足りなくなってしまう。あと3人増やして、5人で経営が成り立つ規模にならないと未来の展望には目が向けられない。それは僕自身の未来のビジョンが欠落してしまうことになるので、もう少し余裕を持って仕事ができる環境を整えたいですね。」

公開日:2009年12月28日(月)
取材・文:株式会社ショートカプチーノ 中 直照氏
取材班:株式会社ビルダーブーフ 松本 守永氏、株式会社ライフサイズ 南 啓史氏