出会った人がファンになる、人にやさしく仕事に厳しいカメラマン
大野 博氏:大野博写真事務所

クリエイターと言えば、トンガってギラギラした人が多いというイメージを抱きやすいですが、今回、取材させていただいた大野さんは、いかにも人の良さそうな、柔らかな雰囲気をまとった人です。紹介者のビルダーブーフの久保さんも、その人柄に魅了された一人なのだとか。しかも、仕事をすれば超一級で信頼感も抜群というカメラマン。そんな、大野さんに、写真を志したキッカケや仕事に対する取り組み方をうかがいました。

「映像」を目指したけれど「営業」に

大野さん

もともと映画好きで「将来は映像に関する仕事がしたい」と、大阪芸術大学の映像学科で学んだ大野さん。卒業後、その道に進もうと広告代理店に入社します。しかし、その会社は店頭販促がメインで、映像より印刷物やイベントが事業の柱。しかも営業担当ということで、あまり性に合ってはいませんでした。
けれど、その会社で大野さんは、営業の仕事のかたわらでカメラマンに撮影を依頼する業務も受け持ちます。自身も学生時代から写真に興味があり、仕事で写真を発注する側だったということもあって、だんだん写真への関心の芽が膨らんできたのでした。

「旅行の写真」から「写真の旅行」へ

学生時代から多少のお金を貯めては国内外へ貧乏旅行に出るということを繰り返していた大野さん。国内は北海道をはじめ、海外はアジア、ヨーロッパ、アフリカ、南米などを巡ります。
当初は旅行が目的だったのですが、旅先で写真を写しているうちに「もっといい写真を撮りたい」との欲も出てきました。カメラも、最初は押すだけの簡単なものだったのがマニュアルの一眼レフに変わり、フィルムも「黒澤映画のようにモノクロで撮るとカッコイイだろうな」とモノクロで撮ってみたり。同じカラー写真でも、ネガばかりでなくリバーサルで撮るなど、技法もいろいろチャレンジしてみます。
そうするうち、これまで旅そのものが目的だったのが、いつしか撮影するために旅に出る、と目的が変わってきたのでした。

アマチュアカメラマンがプロに転向

大野さん

その後、広告代理店を退職し、絵画を描いている友人らと一緒にグループ展を開くなど、アマチュアカメラマンとして作品を発表するようになります。大野さん自身は特に「プロ」を意識していませんでしたが、グループ展で知り合った本職のカメラマンと仲良くなったのがプロへのキッカケでした。
そのカメラマンは主に雑誌の取材写真を撮っていて、大野さんにもそんな仕事を回すようになりました。さらに、大野さんの仕事ぶりが評価され、その後も人づてで写真の仕事が増えていきます。
ところが、大野さんの心のうちは「こんなんでえぇんやろか」とジレンマが生じていたのでした。

将来への不安にかられて出直し

映像学科で学んでいたといっても、学生時代の制作では録音や音響の担当で畑違い。キチンと写真の技術を学んだわけではありません。「これでプロといえるのか?」。そんな思いがめぐり、それまで仕事を回してくれていた担当者らに「すみません、一から勉強し直します」と、27歳にしてコマーシャルスタジオの門を叩きアシスタントとして働きます。

そこで「ブツ撮り」をメインに写真の技術やスキルを身につけていきますが、1年ほど経ったある日、「もう、このスタジオに居ても得るものはない」と見切りを付けます。さらに別のスタジオに入って勉強を重ねることとも考えましたが、自身の年齢を考えて独立に踏み切りました。

独立、再びプロの道へ

開業当初は資金もないので、川西にある実家をオフィスにしてのスタートでした。スタジオに入る前と同じく、取材写真などを請け負います。
「当時は好景気だったのか、情報誌の編集部なんかにフラッと顔を出せば何となく仕事がいただけました」と、広告代理店時代の人脈もあって徐々に仕事を得ていきます。同時に、土日には結婚式のスナップなどアルバイト的な撮影もして機材を買い集めました。その後1?2年経ったころ、実家を出て今の場所にスタジオを構えます。

スタジオ

仕事こそがいちばんの営業

以来約5年。順調に歩を進めて来た大野さんですが、自身は「営業や折衝は苦手」と言います。しかし、紹介者であるビルダーブーフの久保さんは「彼は仕事対するこだわりがすごい。そのうえ人当たりが良くて面倒見もいい」と、ベタほめ。そんな仕事ぶりが営業につながっているのだと言います。
「大野さんは編集者やライターのフォローなど、写真以外のことも気を使ってくれます。編集者が安心、ライターも心強い、クライアントも喜んでくれる。そのうえ写真のクオリティーが高いとなると、何でもお願いしたくなりますよ」。
もっともご自身は「気に入ってくれてはるんでしょうね」と他人事のように言います。けれど、「いちど一緒に仕事をした人からは何度も仕事が来て、あちこちに紹介してもらっています」と、やはり仕事ぶりや自然体なところが信頼につながって、仕事が仕事を呼んでいるようです。

やっぱり「人とのつながり」が大切

その半面、大野さんは「カメラマンに仕事を依頼する側も、カメラマンを見つけるのが難しいのだと思います」という。「仕事を依頼する側は、まず『ホームページで見つけた』と言って仕事を頼むわけはないです。みんな、知らない人に仕事を頼むのが怖いんです。だから、紹介、紹介となるのだと思います」。それだけに、大野さんも「目の前の仕事をキチッとする」「人とのつながりを大切にする」ということに重きを置いておられるようです。

取材風景

石垣島から「おおのさんありがとう」

ずっと仕事の実績を積み上げてこられている大野さんですが、その一方、仕事とは別に作品としての写真も積極的に撮っておられます。最近の作品は、沖縄・石垣島のお年寄りたちをモチーフにしたポートレート写真。「あちらのお年寄りって味があって、いい顔をしてはるでしょ」と大野さん。

拝見した作品は、穏やかに微笑むお年寄りたち。よく、写真には「撮る側の心が写る」と言われるそのとおり、大野さんのあたたかい眼差しが石垣のお年寄りたちの笑顔に表れているようなステキな写真です。
「写真を撮らせてもらったおばあちゃんに写真と手紙を送ったら、黒砂糖をいただいたんです。それも、字を習っていない世代なのか『おおのさんありがとう』と、ひらがなで綴られた手紙が添えられててグッときました」。
やさしさとやさしさが交じり合う、心が熱くなるようなエピソードです。

取材風景

そんな大野さんなので、ガリガリ、バリバリという野心のようなものは感じません。仕事も作品作りも精力的ですが、むしろ、人を包み込むような和やかな空気を醸し出す人。久保さんが「大野さんと一緒に仕事をした人は、みんな大野さんのファンになっていくんです」と言うとおり、取材をさせていただいてすっかりファンになってしまいました。

公開日:2009年11月27日(金)
取材・文:福 信行氏
取材班:株式会社ビルダーブーフ 久保 のり代氏