写真と絵の融合を作品に。そして、新たなステージへ——
田中 新吾氏:ディアスタジオ

ショッピングモールのポスターや会社案内のパンフレットなど、宣伝広告用に撮影された写真が、ポートフォリオにぎっしりと納まっていた。どの写真も被写体が見せた一瞬の表情を的確に切り取っている。

突然、拓けた写真家への道

田中 新吾氏

カメラマンを目指したのは21歳のとき。ふらりと立ち寄った本屋で、ある有名な写真家の写真集を見たのがきっかけだった。その写真があまりに美しく、心打たれた田中氏は、自身もカメラを手に取る決意をする。

「まず、プロのカメラマンに弟子入りしました。アシスタントと言えば、今は撮影現場でのサポートが中心ですが、僕が見習いとして働き始めたときは、師匠の家の近所にアパートを借りて頂いて、車で送り迎えをしていました。師匠といっても、撮影技術を手取り足取り教えてくれるわけではないですから、見よう見まねで学ばなきゃいけないんです。そのためには、できる限り師匠と息を合わせ、同じリズムで生活することが大切でした」そうして、4年。25歳になった田中氏は、ついに独立を果たす。

偶然から生まれたアイデア


写真と絵を融合させた田中氏の作品

独立してからは、広告の仕事を中心に生計を立てた。「タレントやモデルを交えた撮影から物撮りまで、あらゆる仕事を請けました。当時はまだ景気も良かったし、そういった仕事をきっちりこなしているだけで、十分やっていけてたんです」しかし、時代の流れとともに、仕事の数が少しずつ減りはじめる。このままでいいのか??。漠然とした不安が田中氏を苛んでいたある日、何気ない行動が道を拓くことになる。

「プロダクションの人と電話をしていたんですが……、手持ち無沙汰だったんでしょうね。無意識のうちに空いた手で紙に落書きをしていたんです。電話を終えて、改めて見てみると、我ながら面白い絵だなぁと思って……」捨てるに捨てられず置いていたその絵を、事務所にやってきた知人が見初め、田中氏に絵の仕事を依頼してきたという。仕事で絵を描くなんて初めての経験だったが、それは田中氏が新たなステージに進むためのヒントになった。「自分の撮った写真と絵を使って、何か面白いことができないかなって考えたんです。そのときに思いついたのが、写真と絵の融合でした」印画紙に写真をプリントし、アクリル絵の具でペイントを施す。広告写真とはまた違った表現方法に、田中氏は夢中になった。「誰も考えないようなマニアックな世界を追及し、自分にしか表現できないオリジナルの作品を作りたかったんです。2000年には、東京・銀座のコダックフォトサロンで初めての個展を開きました。仕事でお世話になった人にもDMを配ってね」

氷河期を生き抜く手段

ターナー色彩株式会社の協賛を得た田中氏は、2003年、2004年と続けて個展を開いた。そのエネルギーは、どこから沸いてくるのか。「何かを成し遂げたいって思いは、20代のころからずっと心の奥にあったんですよ。でも、そのエネルギーをどう表現すればいいのかわからなかった。明確にこれだって見定めて、行動に移すことができなかったんですね」不景気が続き、カメラマンが仕事を取り合うような状況の今、自分にしかできない表現方法をしっかりと確立していく必要があると、田中氏は言う。彼にとっては、この個展こそが、自身を表現する方法であり、挑戦の場だったのだ。

「ようやくエネルギーを発散できるステージに巡り合えました。あとは、いかにして作品の存在を知ってもらうかが問題。インターネットを介して、作品の販売もしていますが、やっぱり実際に目で見て、触れてもらわなければ、作品を購入してもらうチャンスはやってきません。だからこそ、毎日でもイベントに参加し、どこかのギャラリーに作品を置いてもらう必要があるんです。そのためなら、どんな遠い場所にでも出向きますし、労力は惜しみません」

作品

技術に裏打ちされた自信

作品

広告の仕事を請け負う傍ら、精力的に自分の作品を広めようと奔走している田中氏。先の見えない新たな道を走り続けることに、不安はないのだろうか。「こんなことを続けていて、本当にやっていくことができるのかって……、思うこともありますよ。でも、カメラを持って撮影に向かうと、不思議と不安が消えていくんです。写真を撮ることで、次々と新しいアイデアが生まれ、明日が見えてくるんですよ」田中氏が培ってきた技術と感性。それが今を支える自信になっているのだ。

2010年。東京のターナーギャラリーで新たな個展を開く。テーマは「過去、未来、そして現在」。撮りためた写真を使って過ぎ行く時間の流れを表現するのだという。「過去、未来、現在が生まれた美しい環境から、水音とともに過去、現在、未来は流れ、やがて、四角形、楕円形、円形へと姿を変えて都会に現れていく。そのイメージを写真と絵で表現しているんです」そう言って笑う田中氏の目は、来るべき未来をしっかりと見据えている。

作品

公開日:2009年09月16日(水)
取材・文:國澤 汐氏
取材班:株式会社ゼック・エンタープライズ 原田 将志氏