“秩序”と“無秩序”の共存
尾崎 幸一郎氏:(株)ビジュラマ

尾崎氏

今から30年前。“驚異の新視聴体験装置・ビジュラマ かつてない恐怖空間の創造……聴覚へ??”といったコピーで注目を浴びた映画があった。ドン・コスカレリ監督の『ファンタズム』。実際は、映画のシーンに合わせて変装した宣伝部員がステージを横切る“特殊”演出で、試写会だけの試みに終わってしまったという。この破天荒な方式を社名にしたのが、株式会社ビジュラマの尾崎幸一郎さんである。

見ためはパンク、中身は堅実

「何もありませんが、どうぞ」と案内されたのは、つい数週間前に構えたばかりのフレッシュな事務所。社長の尾崎幸一郎さんは、6年間勤めたWeb制作会社を今年の春に退社し、株式会社ビジュラマを立ち上げた。プライベートではパンクバンドのヴォーカルをつとめているというだけあって、モヒカンヘアに顎ヒゲ、インパクト大のTシャツと、一見ハードな印象を受ける。が、言葉を選んで真摯に向き合う姿勢から、マジメで堅実なタイプの人だとすぐに知ることができた。
「昔から映画が好きだったんです。アクションにホラー、SF、コメディ……ジャンルは様々。何度も映画館に足を運び、その世界に浸っていました。芸大に進んで舞台芸術を専攻したのも、映画の小道具やセットの勉強ができるかと思って」。ところが、望んでいたことは思うように学べず、結局、フィールドの違う製版会社に就職するしかなかった。製版会社では、写真のスキャニングや画像処理などを担当し、コンピュータを使ったグラフィックの基礎技術を身につける。「すると、Web制作にも興味が沸いてきて、独学でホームページについての勉強をはじめました」と、当時を振り返る。個人や企業でホームページを持つことが定番化し、これから多くのつくり手が求められていくことを、静かに感じ取っていたのだろう。

似ているようで違う二足の草鞋

Tシャツ

それからコツコツと勉強を重ね、2年後にはWeb制作会社に転職。専門学校のホームページを中心に手がけた。「かっちりとした形に収まるデザインのものが多く、作業は主に更新やサポートといった保守作業。坦々とした仕事に思えますが、流れの速い世界なので、情報収集は怠らないように心がけていました」。繰り返しの日々を続けるなかで、くすぶっていた欲望がわきあがる。“アナーキー(=無秩序)でありたい”という願望と、そんな自分を自己表現したいという創作意欲だ。「オリジナルTシャツなら、手軽に作れるよ」という友人の一言が、尾崎さんの気持ちを後押しした。「自分の好きなデザインを自由に表現でき、それが商品になるのが嬉しかったですね。それに、数十枚単位で注文できるから大量の在庫を抱えなくてもいい」。そうして出来たのが、Tシャツブランド・TERROR FACTORY(テロ・ファクトリー)だ。
オンはWebデザイナー及び企画、オフはTシャツデザイナー。かくして二足の草鞋を履くことになった尾崎さん。利便性を重視し、飽きが来ないように工夫されたWebデザインと比べ、Tシャツのデザインは尾崎さんの好きなパンクテイストを存分に取り入れ、インパクトを重視。似ているようでまったく違う表現方法を使い分け、自身の持つ力を存分に発揮していった。

10年越しに掴んだ映画の夢

作業中の尾崎氏

Tシャツの販売が軌道に乗りだすと、尾崎さんの意欲はさらに増した。「映画の公認Tシャツが作りたくて、配給会社に売り込みに行ったんです。最近の映画の販促Tシャツって、ロゴだけを配置したものやシンプルなものが多いじゃないですか。オシャレさを狙っているんだろうけど、普段着づらいんです」。そこで尾崎さんは、映画の印象的なカットとロゴ、コピーなどを大胆にコラージュしたデザインを考案。「70年代の映画館で見たような、どこか懐かしいデザインをテーマにしました。僕が通い詰めていた頃の、コテコテの雰囲気が出せたら」と、在りし日々に想いを馳せた。タイアップTシャツとして尾崎さん自らが販売するため、配給会社側にデメリットはなく、売り込みに行って首を横に振る担当者はいなかった。「メジャー、マイナー問わず、新しい映画ができると試写会に行き、コンセプトやストーリーを確認してから構想を練った。自然と、自分が表現できるテイストの映画を選り分けていたんだと思います」。もはや趣味の域を越え、10年越しの夢が形になりつつあった。
そんななか、自他共に認める映画ファンの尾崎さんに大きなチャンスが巡ってきた。「ずっとコラボレーションしたいと思っていた作品『悪魔のいけにえ』のDVD発売と劇場公開が決まったんです。この機会は絶対に逃したくなかったので、ガッツリ売り込みに行きました」と、活き活きした表情を浮かべる。デザインチェックは難なく通り、発注した200枚のTシャツは見事に完売。なんとなく思い描いていた“独立”という目標へ、大きな手ごたえを感じ取った。「独立したい」と前社に打ち明けたのは、昨年の春。周りの協力や励ましもあって、創立準備はスムーズに進んだ。

ねじ曲げていくモノ、変えないモノ

そして今年の5月、尾崎さんは満を持して株式会社ビジュラマを設立した。企業コンセプトはズバリ、「イヤでも印象に残るデザイン」。前述の映画『ファンタズム』のように、常識外れで前人未到のことをやりたいという意気込みが、社名に込められている。主な事業は、Webサイトのコンサルティング&制作と、TERROR FACTORYのTシャツデザイン&販売。Webサイトは安定感を、Tシャツはインパクトを重視するという、これまでのスタンスは変わらない。「まだまだスタート地点ですが、前社で知り合った方からWeb制作の依頼をいただいたり、以前売り込みに行った映画の配給会社からTシャツ制作の依頼があったりと、人の繋がりのおかげで少しずつ仕事ができています。やりたいことがやれているので、すごくありがたいです」と、目を細めた。


漫画家・長尾謙一郎氏公認の明治維新Tシャツ


『ドゥームズデイ』公開記念タイアップTシャツ

尾崎さんの更なる夢は、Tシャツ販売の実店舗を構えること。そのために業績を重ねてブランド力を高めていかなければならないが、できるだけ変えたくないこともあると言う。「Tシャツって、気に入ったらフラリと買える安さが魅力ですよね。でも、最近では5000円以上するTシャツも珍しくありません。うちは基本2800円で販売しているので、この単価は上げたくないんです」。Tシャツ愛用者による、Tシャツ愛用者のためのTシャツ。そのこだわりは、いつまで経っても変わらずに持ち続けてほしい。また、Web制作は、予算内でいかに早く質のいいものを作れるかが課題。そのための情報収集は、現在も欠かさずに続けている。「やりたいことはやってみる、できることはなんでもやる」という精神で、キャラクターデザインやアクセサリーデザイン、デジタルサイネージ(映像広告)などの事業も視野に入れているのだという。

尖った企業コンセプトとは裏腹に、落ち着いた表情で淡々と語ってくれた尾崎さん。その中には、マグマのごとく、熱く燃えたぎるものが沸々とわきあがっていた。「いつでも爆発する準備はできてるぜ!」。着ているTシャツが、そう叫んでいるように見えた。

公開日:2009年10月27日(火)
取材・文:大久保 由紀氏
取材班:株式会社ゼック・エンタープライズ 原田 将志氏、國澤 汐氏