若いクリエイターにバトンタッチできる仕組みづくり、環境づくりを。
樫山 和彦氏:キウイショップオフィス

飲食店が建ち並び、ネオンがきらめく心斎橋の中心部に樫山氏のオフィスはある。空間プロデュースや設計、デザイン業務のほか、事業のコンサルティングも行っている。時には、オフィスの下のフロアにあるバーカウンターで、美味しいお酒や料理をふるまうこともあるという。そんな樫山氏にご自身のこと、クリエイター業界全体にまつわるお話などをおうかがいした。

空間プロデュースからグラフィックまで。マルチな才能を発揮。

樫山氏

空間のプロデュースや設計、デザイン、施工管理まで行うという樫山氏。最近は、「こんな物件があるのだが、どんな店をすればよいか」「飲食店をやりたいのだが、最適な物件はどう探せばよいのか」といった、プランニング部分の相談が増えている。そして、実際の図面を引いたり施工を行う部分は、コストや期間の点からお得な大手工務店を紹介し、自らは管理を行うというケースが多いという。「一連の設計業務の全てをこなすと、さまざまな物件に効率的に対応できなくなります。一人でも多くの方をサポートして喜んでいただきたい」という思いが形となった仕事スタイルなのだという。もちろん、このスタイルは設計、見積、工期管理など各方面の知識が十分だから為せるわざだ。

また、樫山氏の守備範囲は空間のみにとどまらず、広告やセールスプロモーションに伴うビジュアルデザイン、さらにはキャラクターのブランディングやマーケティングといったクリエイティブ全般に広がっている。

「机上」ではなく「現場」が、自分の知識のすべて。

作業中の樫山氏

さまざまなクリエイティブの方面に長けた樫山氏だが、学生時代は美術の学校で油絵を学び、いわば就職するためにクリエイティブの仕事を選んだという。「先輩が『飯を食うには“○○デザイナー”という肩書きが必要だぞ』と教えてくれたので、最初は印刷会社で働きグラフィックデザイナーとしての技術を身につけました」

だが、東京一極集中化により、企業の東京移転が始まると、関西の広告業界は猛烈な勢いでクライアントを失っていく。
「糸井重里や日比野克彦らが活躍し、広告が花形だった時代です。仕事が東京に集約されていく中で、僕は大好きな関西でなんとか頑張りたいと思いました。そんな時に建築業界なら地元で頑張れるとアドバイスを受け、資格が無いにもかかわらず設計や内装ディスプレイの会社を紹介してもらい、その中の1社で働くことになったのです」

油絵からグラフィック、そして広告や空間演出と、樫山氏の知識や技術はすべて「現場」で身につけたという。「アカデミックな知識は全くなくて、全部『現場』で身につけてきた。それが今の僕の強みなんですよ」

クリエイティブの世界に、若手が活躍できる環境を。


オフィス下にあるバーカウンター

樫山氏は、これからの関西クリエイティブ業界を考えると、新しい人や若手に仕事を任せなければならないと感じているという。「できるだけ面白い仕事は若い人がやっていかないとダメですよ。最近の年長者は、一人でこなせない仕事量を抱え込んでしまい、業界全体として若手が育たない状況になっています」と嘆く。

そのため、自分たちがクリエイティブ産業の中で生きてきた責任として、この産業を守るお手伝いをしたいと考えているそうだ。若い人たちに仕事やマーケットを作り、仕事を経験してもらいながら我々が生きてきた時代や経験を伝えていきたいという。
「買ったパソコンに付属しているソフトで簡単に納品物ができてしまう、そんな仕事しか存在しない業界ではなく、本当のクリエイティブ能力を発揮できる仕事を増やしていきたいですね」

デザインの品質管理や情報発信の仕組み作りが使命。


バーカウンターでは流しそうめんも

事務所下に所有しているバーには、大御所デザイナーから映画監督や若手クリエイターまで、多くの人が集まってくる。そこで多くのクリエイターが口にするのは、今の日本全体がデザインやクリエイティブに対する意識が低下しているということ。

「最近はすべてのプロセスや工程を理解した上で采配できるような立場の人が少ない。昔は、仕事の段階ごとに誰かがチェックしてアドバイスすることで品質が保たれていた。でも、今はそれがない。仕事の一部だけを担う“単能工”の人が増えています。そのために、ただ形にするだけのデザインが氾濫している気がします。そして、安易にそれを受け入れる世の中ができあがってしまった」

この現状を解決するには、クリエイティブの質と品格を維持することが重要だという。
「業界内にきちんとした評価能力や品質維持ができる仕組みがないと、粗悪なクリエイティブが氾濫してしまいます。安い価格で仕事を奪って粗悪な商品を納品する事態が増えており、クリエイティブに対する信頼が保てない状況です。若いクリエイターのためにも、質を評価した上で世の中に送り出すような仕組みを作る努力をしたいですね」

また、発注者側の意識改革や情報発信も必要だという。
「品質の知識がない発注者が、安さのみを判断基準にすると業界は立ちゆかなくなる。クリエイターがクリエイターたる意義や、仕事に対する正当な対価の基準など、正しい情報を発信して理解してもらえるような仕組みを作りたいですね」

若手クリエイターは、事務所下のバーで業界の大先輩の話を聞いてみることをおすすめする。改めてクリエイターという仕事に誇りを持って取り組めるようになるだろう。

公開日:2009年09月28日(月)
取材・文:株式会社ショートカプチーノ 中 直照氏
取材班:つくり図案屋 藤井 保氏