50年経っても自分の作品とわかるものを作っていたい。
西村 有理氏:スタジオ・セサミ

鶴橋にある小さなビルの3階。ドアを開けると小学校の図工室のような空間が現れた。西村有理さんのアトリエ兼事務所。味のある古い床材に、無造作に立て掛けられた材木の束、壁には何故か巨大なタライが掛っていたり。懐かしいような、おかしいような、不思議と居心地のいい空間にペタンと座り込み、放課後のような雰囲気の中でお話を伺った。

西村氏

画家志望から店舗デザインの世界へ

仕事

西村さんは、店舗のディスプレイやデザイン等を手掛ける「スタジオ・セサミ」を主宰。オブジェから壁画、キャラクターデザインやコスチューム制作まで、何でもこなしてしまう。「何屋と言えばいいのか」と自らの肩書きに頭を悩ませるだけあって、20年のキャリアで幅広く仕事を引き受けてきた。強いていえば子どもや女性をターゲットにしたキャラクターものが得意だが、何を作っても意図せずして滲み出てしまう「ドクッ気」が作風。

意外にも、もともとは油絵家志望だった。大学を出てからは画家を夢見て絵を描きためては個展などで作品を発表する日々。学生時代に人形劇サークルをしていた関係で、たまにアルバイトで店舗用のオブジェ制作をしていたのが今の仕事の始まりだ。
まずは店舗用の人形から始まり、百貨店のウインドウ、店舗の壁画と、実績がひとつひとつ増えて、気が付けば仕事になっていた。「仕事」として引き受けるからには社会的に「形」が必要と、ちゃんと開業することにした。

アーティストであり、プロデューサーであり

「画家を目指して黙々と絵を描いていた人間ですからね。デザインや設計なんて全く素人。最初の10年は、勉強、勉強でしたよ!図面を縦横間違えて見ていたのを現場で気付いてひっくり返ったこともありますよ!」と自らの武勇伝(?)を笑い飛ばす。
しかし、クライアントからしてみればそれ以上の魅力が西村さんのキャラ、いや「作家魂」と「プロ意識」にあったのだろう。もともとハートが「作家」だけって、アートに対する想いは熱い。

「私たちが仕事にしているのは、クライアントあってのアートですが、それでもアートは感性の世界。感性がクライアントと合わない場合はもう仕方がないですね。仕事と割り切る方法もありますが、あまりに仕事で作った作品と自分の作品がかけ離れていてはウソになると思うんです。そういった意味では仕事を選んでいるかも知れません。そのかわり、クライアントと『これ可愛いでしょ』『可愛いやん!』、『面白いでしょ』『面白いやん!』そんなやりとりができたら、もうそれだけで『よっしゃ!』ですよ」。

取材風景

強気な発言の割に、完成後にクライアントにダメ出しされたのは20数年のキャリアでたった2回。「こういう仕事ですから、夢物語のような提案になりがちなんですが、クライアントの夢の部分をどうにか残しながら、いかに予算や納期を踏まえて現実的な提案をするか。今日納品で明日オープンという後のない仕事で、しかも立体物なので変更はきかない。完成してからも、店舗はお客さんの反応や売り上げでダイレクトに結果がわかります。現実的でありながらもちょっと面白い提案をする。最終的にクライアントが『やってよかった』と思えるものを作る。これがなかなか難しいのですが、それをするのが仕事ですからね」。

さまざまな仕事を手掛けてきたことで作品の幅が広く、引出しが増えたことも今や強みになっている。クライアントの「何かおもしろいことをやりたい」という漠然とした夢を、壁画や人形、オブジェ…いろんな形で具体的に提案できる。要は、「創作のスペシャリストになりたいんです!」。
気付けば20年。仕事の実績が増えただけでなく、アトリエに見学者がやって来たり、就職活動の電話がかかってくるようになったりして周囲からの目も変わった。「これはそろそろキャリアがあるといってもいいのかも」と、最近実感している。

映像の分野への進出も視野に

西村さんの活躍を語るにあたって、「人形アニメーション」も外せない。学生時代の人形劇サークルから始まった活動が、「オープン座セサミ」として人形アニメーションを撮るようになって10年になる。
人形アニメーションをチームでやるのは日本では珍しいそうだが、人形劇がスタートということもあり、最初から個人的な作業の部分は最小限に留めてチームで作ることにこだわっている。デザイナーなどクリエイティブ関係者からホームページを見てやってきた経験ゼロのOLまで、常時6、7人が参加。脚本からセット、人形まですべてが手作りだ。サークル活動の域を超えた本格的な人形アニメーションは、テレビ局などのイベントで上映されたり、すでにDVDにもなった作品もある。
現在制作中の作品は、明治時代の男の子の物語。これから日本はどうなっていくのかという時代背景の中で、一人の少年が外国船と出会い新しい世界に触れていくという話で、西村さんが監督、脚本も手がけている。「映画祭での賞も狙いたい」と意気込む。
「これからは人形アニメーションを含む、映像全般を仕事に加えていくことも考えています。宣伝、販促のための店舗プロデュースに映像も加えてクライアントに提案できれば」と、サークル活動に留まらない将来の可能性も視野に入れている。

人形 人形

油絵

「油絵はもう描かないんですか」。最後に、ずっと気になっていた質問をしてみた。
「コッポラ監督の本を読んで、『監督、演出家は作品に一番奉仕して、情熱を注いで、周りがあきれるぐらいじゃないと誰も動かない』と書いてあったんです。となると、アニメーションを撮るにあたって、私が油絵の片手間にやっていたんではダメですよね。納得いく作品ができるまでは油絵は封印です。今は年賀状を何枚も描いて発散するぐらいですね」。
近い将来、人形アニメーションが成功を収めてその封印が解けたとき、西村さんの油絵も見てみたいと思った。

公開日:2009年07月13日(月)
取材・文:わかはら 真理子氏
取材班:廣瀬 圭治氏