ジャンルを飛び越えて広がり続ける「マネジメント」
庄野 裕晃氏:(有)ヴィジョントラック

原点は著作権ビジネス

庄野さん
庄野 裕晃さん

出版や広告のヴィジュアル制作の場において、イラストレーションはいまや写真と同じぐらい重要なコンテンツとなりつつある。庄野さんの主宰する「ヴィジョントラック」は、そんなストックイラストの提供やイラストレーターのマネジメントを手掛けている。名前が表に出ることは少ないが、実は雑誌や書籍、化粧品、食品関係のパッケージに、企業やファッションビルのキャンペーンなど、誰もがなにげに目にしている著名プロジェクトへの参加も少なくない。
「前職がフォトライブラリーといって、風景とか建物とか素材写真的なものをストックしておいて貸し出す会社で。僕はもともと営業だったんです。それが'92年ぐらいで、ちょうど業界の中でイラストが新たなコンテンツとして注目され始めて、自社でもやろうってことになって、そのカタログの制作を任されることになったんです」
当然、編集などに関してはまったくの素人だったが「営業をやっていたことも大きいと思うんですけど、今こういうものを作ったら受けるかな? というのは肌で感じていました」そう。そして、必死の思いで形にしたカタログが現実にヒットしたことで、「あ、これはおもしろいなって。このフォトライブラリーのシステムをさらに発展させたビジネスができないかなって、次第に独立を考えるようになったんです」

マネジメントは「地ならし」

イラストカタログ

そんな手応えがあったとはいえ、創業当時はさまざまな葛藤があったという。「もの作りへの興味が高まってはいたものの、特にアートの勉強をしていたわけでもなく、詳しいわけでもなかったので、そんな人間がクリエイティヴの現場ですごいクリエイターの方達と一緒にやらせていただいていいのかなという戸惑いはありましたね」。
だが、キャリアを重ねるうちに、だからこそマネジメントという立場に立てるのだと思うようになった。「描き下ろしの仕事の場合は、ギャラの交渉や進行管理、納品までイラストレーターとクライアントの間に立って行うんですが、実質面でもメンタル面でもデリケートなチューニングが必要で。これが最適という方法もケースバイケースなんです」
庄野さんは、そんな自身の仕事を「地ならし」だという。
「僕らはあくまで裏方で、直接モノを作ったりするわけではないので、要は発注者と受注者の間に立って、両者が最大限にクリエイティヴィティを発揮できるようにいかに環境を整えるかが仕事なんです。本当に地道な世界(笑)。でも、それがうまく行って、最高の作品が上がってプロジェクトが成功したら、イラストレーターもクライアントも消費者もいろんな面で満足できる。そんな状態が作り上げられた時は至上の喜びですね」

遊びながらどこまでビジネスができるか

本棚

なるほど、マネジメントという仕事はハッピートライアングルを繋ぐ目に見えない「線」であり、それらを支える「土壌作り」なのだ。
「僕らの仕事って一般的にはわかりにくいと思うんですけど、マネジメントする人間がいることによってクリエイターのポテンシャルが充分に発揮されるという、その意義が認知されて欲しいという思いはあります。映画や音楽の世界だと役割分担がしっかりしてるけど、グラフィックの世界はまだ未整備なところが多いので、土壌をもっと成熟させることができれば市場ももっと広がると思います」
クールに市場を分析しているかと思えば、志は高くて熱い。庄野さんがユニークなのは、そんなクリエイティヴとビジネスという一見相反する要素を見事なバランスで成立させている点だ。
「もの作りをしていると、ついビジネスのことを忘れがちになるとは思うんですよ。僕の場合は最初の発想がフォトライブラリーという著作権ビジネスにあるので、クリエイティブの現場で仕事に携わっていてもそういう視点はやっぱり大前提としています」

サービスの手段はまだまだある

J/e/t

イラストを中心とするヴィジュアルコンテンツの提供??という業務の中で、ここ数年、庄野さんがメンバーと共に力を入れているのが『J/e/t』というクリエイティブユニットだ。
「キャラクターデザインを担当するイラストレーター2人と、キャラクターを動かすWEBデザイナー、効果音、BGMを担当するサウンドデザイナー、これら全てを制御するプログラムデザイナーというメンバーで、WEB上でキャラクターを軸にしたFlashコンテンツとして展開してるんです。キャラクターのライセンスビジネスを目的とした、メンバーみんなで一緒に立ち上げたプロジェクトなんですけど、ここから派生して企業キャラクターの制作やFlashコンテンツの制作依頼も増えて、イラストと並ぶ、新たな事業の柱になりつつあります」
イラストというジャンルを飛び越えて、庄野さんの「地ならし」は痛快に広がり続ける。「J/e/tメンバーのクリエイティブの力とアイデアでどこまでキャラクタをプロデュースすることができるか? みんなで遊びながら新たなサービスの手段を模索してる感じですね」

「大江ビル」という磁場

ヴィジョントラック看板

ちなみに「ヴィジョントラック」の事務所は、西天満の大江ビルにある。大正時代の石造りのヨーロッパ風建築内に設計事務所、司法事務所、ギャラリー…といったテナントが軒を並べる、レトロビルの再生利用の先駆として名高い、界隈でも一種独特のムードを持つ場所だ。
「もともと親しくお付き合いしていたイラストレーターさんの事務所がこのビルにあって、打ち合わせでよく通ってたんです。いいビルだなあとは思ってたんですが、たまたまここに来ている時に独立するんですよって話をしていたら、ちょうど空きが出てるからと紹介して下さって…。創業当時はまだ名前も実績もなくて、会社に体する信頼性が乏しい時期ですから、ビルの力をお借りしたようなところはありました。やっぱり由緒のあるビルですから、ここに入ってるというだけで、大抵の方が「ああ…」と受け入れて下さるんですね。今でもビルに助けられてる部分は大きいですし、偶然とはいえ本当にいい出逢いだったなと感謝してます。もちろん、立地的にも大阪の中心でどこに行くにも便利ですしね」

井口氏

公開日:2006年09月26日(火)
取材・文:Super! 井口 啓子氏