大切なのは、制作への情熱よりもバランス感覚
能勢 太郎氏:(株)クレイ

天満界隈の街並みが一望できるビルの13階に、事務所を構える(株)クレイ。旅行誌を中心とした雑誌から、ポスターやパンフレットなどの広告物まで、さまざまな媒体の制作に携わる編集プロダクションだ。今回は、社長の能勢さんにお話を伺ってきた。

仕事に対する人一倍の好奇心

能勢氏

「早く社会に出て働いてみたい」という願望が強かったと話す能勢さん。進学した大学も早々に辞め、20代はアルバイト三昧の日々を送っていた。

「肉体労働もしたし、魚市場で働いたこともあります。いろんな職業に興味があったし、がむしゃらに頑張れる歳でもあったんですね」

お堅い会社勤めも経験した能勢さんが、次に取り組んだのが映像制作の仕事だった。いわゆるクリエイターの世界に、足を踏み入れたのだ。

小さな制作会社だったこともあり、映像の編集から撮影、脚本の執筆まで、さまざまなことを学ぶ機会に恵まれた。あまりの忙しさに目が回りそうだったが、知識を吸収することはとても楽しかった。

「何かに打ち込むと、一直線に突っ走るタイプだったんですよ。社内でも覚えられることは全部覚えてやろうって思ってました。でも、小さな会社だったから、すぐに学ぶことがなくなってしまった。その道で突き進んで行くなら、上を目指す方法はいくらでもあったんですけどね。今思えば、ずいぶん自惚れてたんだなぁって思いますよ(笑)」

請け負う仕事ごとに多少の変化はあったものの、作業は単調で同じことの繰り返し。そんな仕事に飽きてきた能勢さんは、転職を考えた。しかし、これまでのアルバイト生活で、気になる職業はやりつくしてしまった。なら、次は何をしよう……。

「目新しい職がないなら、立場を変えてみようと思って。じゃあ、社長かなと」

映像から紙へ

紙媒体の制作を中心とした編集プロダクションを立ち上げたのは、単純に面白そうだったから。

「映像は、どうしても横長での表現しかできないし、セオリーも多く、自由な発想を生かすことができないと感じていました。その点、デザインや切り口などで幅の広がる紙媒体には、いろんな可能性があると思ったんです」

とはいえ、独立したての会社にいきなり仕事が舞い込んでくるワケもなく、最初の2年ほどは、前職で培った技術を生かして映像の仕事も請け負っていた。そんなとき、新しい情報誌を創刊したばかりの大手出版社から声がかかる。

「新しい雑誌だけにやることなすこと新鮮でしたし、作業自体はすごく楽しかったですね。この仕事を、ちょくちょく請けるようになったのが、クレイにとっての転機だったと思います」

1つひとつの仕事を丁寧にこなすうち、編集プロダクションとしての信頼を得るようになったからか、少しずつ軌道に乗り始めたクレイ。スタッフが増え、現在のように旅関係の雑誌に特化するようになっていったのは、それからしばらく後のことだ。

カメラを手に、東奔西走

手がけた雑誌

社長という立場ながら、自ら取材やロケに飛び出ていくこともあるという行動派な能勢さん。つい最近も尼崎エリアを取り上げた雑誌の取材で、事務所を空けていた日が多かったとか。

「尼崎って大阪から近いのに、意外と雑誌に掲載されることが少ないんですよ。だから取材のアポを取ろうとしても、「はぁ? 何それ?」って取り合ってもらえない。それなら、実際に現地まで行って、その場で交渉すればいいや、って。銭湯に浸かった後、素っ裸のまま番頭に取材依頼をした、なんてこともありましたよ(笑)。そうして、ロケを通じて面白い店を見つけたり、面白い人に出会えたり……。知らない土地に行けるっていうのが、この仕事の楽しいとこなんですよね」

仕事は楽しんでするもの

事務所風景

会社を立ち上げてから約10年。がむしゃらに走り続けてきた能勢さんが、後進のスタッフに伝えようとしていること。それは、バランス感覚だという。

「物づくりをしている以上、良いものを作りたいと思うのは当たり前。それに加えて、利益やスピードを要求されるのが“仕事”なんです。ただ、作ることだけに情熱を傾けているようじゃ、趣味の一環と変わりないですから。クライアントによって求めるものの重要度は変わってくるし、そのときの社内の状況などもきちんと把握していなければいけない。うちのスタッフには、広い視野で全体を見て、力の入れ具合を考えられるようになってもらいたいですね」

どこにポイントを置くべきかを考えながらも、楽しんで仕事ができる??そんな人材の育成を、能勢さんは心がけている。

「淡々と作業をこなしているだけなんて、平凡すぎてつまらない。仕事は楽しみながらするもんです」

そう言って、話を締めくくった能勢さん。取材後には、いそいそとカメラを首にぶら下げ、どこかへ出かけようとしていた。能勢さんもまた、日々の仕事を楽しんでいるようだ。

公開日:2008年12月03日(水)
取材・文:國澤 汐氏
取材班:株式会社ビルダーブーフ  松本 守永氏