メビック発のコラボレーション事例の紹介
コラボレーションは剣道の既成概念を超える
剣道用オリジナルデザイン胴
憧れの的となるような胴を作って
剣道の裾野を広げたい
四條畷市で武道具店を経営する佐藤誠さん。剣道教士八段の有段者で、全国で指導や剣道の普及にあたっている。剣道が持つ長い歴史や受け継いできた文化の価値と重要性を十分に認識している佐藤さんだが、いっぽうで、現代の社会とはマッチしにくい“昔ながら”の姿に疑問を感じることもあった。その1つが、佐藤さんにとっては商品でもある剣道の「胴」だ。
胴はかつて、細く加工した竹を組み合わせて形を作り、その上に漆を塗ったものが主流だった。現在は樹脂製品が大半をしめているが、変わらないのは、「色はほとんどの場合が黒で、まれに赤が用いられるぐらい。小さく紋を入れるケースもあります」(佐藤さん)というデザインだ。
「これが仮に、誰もが『かっこいい!』と憧れるようなデザインだとしたら、剣道のファンはもっと増えるはず。剣道人口が減っている今、胴のデザインに現代の要素を加えることで、剣道を盛り上げていく起爆剤になると思ったんです」
佐藤さんがこう考えたのは、偶然、江戸中期の画家、曽我蕭白の雲龍図を目にしたことがきっかけ。「これを胴にデザインしたい!」と思い、自身でデザインソフトを扱って試作をしてみた。しかし思ったようにはいかない。悩みを周囲に相談していたところ、メビック扇町を紹介された。ちょうどこの時期、メビック扇町では「企業によるクリエイター募集プレゼンテーション」の準備を進めているところだった。佐藤さんはさっそくこのイベントに参加することにし、ともに課題解決に挑むクリエイターを募集した。2017年2月のことだった。
デザインから販売戦略にまで及ぶ
クリエイターが持つ“アイデア”
佐藤さんがプレゼンテーションを行ったイベントに参加していたクリエイターの1人が、グラフィックデザインスタジオ アインザッツの吉田透さんだ。会社案内やパンフレットなど、紙媒体を中心に活動する吉田さんは、実は剣道経験者。「胴のデザイン」という仕事は未知の分野だが、「剣道に関わる仕事なんて、まさに自分のためのもの!」という熱い想いで佐藤さんのプレゼンテーションを聞いていた。その思いはしっかりと佐藤さんに伝わり、プレゼンテーション後、ほどなくして両者のコラボが決まった。
佐藤さんがクリエイターに期待したのは、まずはアイデアだ。「自分で考えると、どうしてもありきたりなものしか浮かんでこない」という佐藤さんに対して、吉田さんはデザイナーとして培った経験と、自身の剣道経験を組み合わせながら「剣道関係者の心をくすぐる絵柄」を次々に提案していった。また、商品に使うデザインなので、著作権をはじめとした権利関係も佐藤さんの懸念材料だった。これも、パッケージや広告のデザインで経験を積んでいる吉田さんにとっては理解の深い分野。商業用途で用いても問題のない素材やオリジナルのデザインを使いながら、商品へと落とし込んでいった。
「予想外だったのは、デザインのフォーマットまで作り込んでいったことです。今回開発したオリジナル胴は、デザインを特殊なシートに印刷し、そのシートを樹脂製の胴に貼り付けるという作り方をしています。シートにある程度の“塗り足し”を設けないと、正確かつスムーズに貼り付け作業ができないことがわかりました。となると、『どれぐらいの塗り足しが適正なのか』『曲面である胴に貼ったときに美しく見えるデザインは、平面上ではどうあるべきなのか』などを考える必要がありました。胴をデザインするという、誰もやったことがないチャレンジならではの産みの苦しみでもありました」(吉田さん)
デザインをきっかけにして始まった佐藤さんと吉田さんのコラボは、販売方法をともに考える間柄へと深まっていった。例えば、デザインコストは1デザインごとに発生するので、一人で自分専用のデザインをした場合も、複数メンバーでチーム用のデザインをしても、費用は変わらない。そこで、チーム単位での導入を想定した販売戦略を取ることにした。また、“オリジナル”をより手軽に利用してもらうために、土台となる色や柄を用意。「ワインレッドの市松模様を選び、オプションで道場の紋を入れる」といったような、セミオーダーメイドと言えるような商品の仕組みを考案した。
「色や柄など、アイデアの引き出しが豊富なところは、『さすがはプロ!』と思いました」(佐藤さん)
「剣道からはいろいろなものを教えてもらいました。いま、仕事でその剣道に恩返しができることが、とても幸せです」(吉田さん)
大きなニーズがあるオリジナル市場。海外も視野に入れた展開を
「夢玄胴(むげんどう)」と名付けられたオリジナルデザインの胴は、2018年末に本格的に販売がスタート。現在、約10チームが導入している。利用チームからの反響は上々で、夢玄胴を目にした他のチームからも興味が寄せられているという。
高校の部活動をはじめとして、チームごとにオリジナルのトレーニングウェアを作ったり、選手が思い思いの言葉を自身の用具に刺繍したりというという“オリジナル”へのニーズは以前から存在している。印刷や刺繍などの技術が進歩した分、それらは身近になり、ニーズも拡大しているぐらいだ。剣道界にもその波は広がっており、布製の竹刀袋に刺繍を入れるサービスは大人気だという。佐藤さんは、「ニーズは確実にあります。普及することでコストも下がるので、そうなれば低価格化が可能になり、さらに普及を加速できる。これからのテーマは普及です」と力を込める。
剣道ファンは世界中にいる。それらの人は、剣道が持つ日本の文化や精神性に魅了されていることも多い。となると、日本ならではのデザインを施した夢玄胴は、外国人にとって憧れの的になる可能性もある。市場は海外にまで広がっているのだ。
これからが本格的なスタートとも言える夢玄胴のチャレンジ。「これから先、どうなるかはわからないことも多いです。でも、剣道界に風穴を開けたことは間違いないはずです。これが大きなうねりとなるよう、さらに挑戦を続けていきたいです」と、2人は力強く前を見据えながら語ってくれた。
graphic design studio Einsatz
グラフィックデザイナー / イラストレーター
吉田透氏
公開:2019年4月23日(火)
取材・文:松本守永氏(ウィルベリーズ)
*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。