メビック発のコラボレーション事例の紹介

山間の小さな町の魅力を、クリエイティブの力で引き出したい。
農を中心とした地域事業の協働

会議風景
町内で収穫された柚子を使った商品のパッケージについて、生産農家の方たちと会議。

かつては子どもたちが棚田を駆け回る姿があった。

人口減少が進む中、地方では高齢化・過疎化が深刻となり、地域経済が疲弊している。岡山県のほぼ中央に位置する久米南町も、そんな自治体の一つだ。「日本棚田百選」にも選ばれた美しい農村風景には耕作放棄地が目立つようになり、かつては棚田の周りをかけ回っていた子どもたちの姿も減った。そんな町に再び活気を取り戻そうと活動しているのはNPO法人らんたん代表・廣瀬祐治さん。2013年、「地域おこし協力隊」として、神奈川県から移住してきた。「町で育った若者が都会へ流出しないような、魅力的な仕事モデルを町内に作ることを使命に活動してきました。その中で、もっと同世代の力が必要だと感じ、仲間を募ってできたのが任意団体“久米南町新生隊”でした。2016年に“NPO法人らんたん”として生まれ変わり、行政と町民の間に立つ中間支援組織として活動しています」
そんな廣瀬さんを支えるのは、らんたん副代表・明楽周さんとメンバーの源田啓志さん。「以前より町民との交流が深まり、今まで気づかなかった久米南町のよさに気づいた」と語る二人は、生粋の久米南育ち。らんたんと地元町民の間に立って活動を支える。それを行政としてバックアップしているのが、久米南町役場定住促進課主任・中村英之さんだ。「人口減少と高齢化が進む中で、町でも対策を進めてきましたが、限界もありました。そんな中でらんたんが生まれたことは心強かったですね。廣瀬さんとは、心を開いて語り合える同志です」と語る中村さん。まちづくりを進めるためには外部からのスキルが必要ではないか、との廣瀬さんの提案から、2016年4月、メビック扇町の「企業等によるクリエイター募集プレゼンテーション」で、らんたんのパートナーとなるクリエイターを募集した。

ワークショップで作成した手紙
町で暮らす大人の姿を見つめ直そうと、町内の小学生が町の大人に向けてラブレターを書いたワークショップ。

「どんな町をめざすのか」という根源からのアプローチ。

メビック扇町でのプレゼンテーションには多数のクリエイターが参加し、興味を示した。手応えを感じた廣瀬さんと中村さんは、町へのバスツアーを企画。棚田の生産組合代表者、ゆずやぶどうの生産者など、さまざまな立場の町民との交流を図るツアーに、クリエイティブ関連11社が参加した。その後行われた企画書とプレゼンテーションでの審査の結果、大阪市中央区を拠点に地域のソーシャルデザインを展開するORIGAMI Lab.合同会社、大阪市福島区で編集・企画・デザインを軸に活動する株式会社ルセットの2社合同での参画が決まった。「メビック扇町で話を聞いたときに、挙げられているモデル事業は大きく二つに分けられていると理解しました。一つは農業を軸とする新ビジネス企画など“居住人口を増やす”ための事業、もう一つは農産物を活かした商品開発、農家との交流ツアーなど“経済活動をつくる”事業です。その事業を動かすために町民の“人材育成”が必要だと話されていました。そこで私たちは、まず“久米南町はどういう町をめざすのか”という根本からの検討を始めました」。と語るのは、ORIGAMI Lab.合同会社代表・檀上祐樹さん。
一方、株式会社ルセット代表・松本希子さんは「商品を作って流通させ、一時的に売り上げを出すというような短期的なものではなく、たとえば町民が技術を身につけ、楽しんで経済活動ができるなどの、長期的なまちづくりが必要だと感じました。そのためには、町民のみなさんが町のよさを自覚することが大切です。町の魅力を引き出せるのは町民ですから」と語る。二人の提案に、中村さんを含む定住促進課の職員たちも納得。「計画的かつ長期的な展開で、アプローチが明確だった」と廣瀬さんが話すように、満場一致で決まったという。

ツアー風景
町内の上籾(かみもみ)地区に暮らす女性たちが中心になって行った農村ツアー。

クリエイターと町民の想いが重なった。

檀上さんと松本さんは、町の基幹産業である「農」を中心に据え、町の暮らしのさまざまな側面に結びつけるとどんな事業となりうるか、それらを使って町をどう盛り上げていくかというアプローチで取り組んだ。「農という概念は、それを生業としてとらえると“農業”となりますが、たとえば農と教育を組み合わせると“農教育”と呼べる事業になるのではないか。同じように“農福祉”“農観光”と呼べる事業や市民活動を作り、教育・子育て・福祉を充実させながら町に経済と人を循環させるしくみを作る。そこで子どもから高齢者までが幸せに暮らせる町が実現できるのではないかと考えたのです」と檀上さん。「町民がいかに参画するか」が一番の課題だと語る。「私たちはまちづくりを牽引する立場ではなく、ここに暮らす町のみなさんとらんたんの活動に、クリエイターとして知恵をお貸しする立場。話に耳を傾け、想いを共有する姿勢が大切だと思っています。だからこそ成果物を作るだけに終わらず、町のみなさんがそれをどう使い、どんな幸せを感じるかというところまで関わりたいのです」と松本さん。熱く語る二人に中村さんとらんたんのメンバーはうなずく。

マチオモイ帖『くめなん帖』
町内に暮らす若者たちが、力を合わせて制作したマチオモイ帖『くめなん帖』。

「地域に関わる仕事では、そこに暮らす人たちと喜びや悩みを分かち合いながら、深い関係を作っていきたい。友達のような関係性の中で仕事がしたいんです」と話す檀上さんに、「話し合いを進めるほど、こんなことがしたいというアイデアが生まれてきます。町のみなさんとの関わり方、まちづくりへの考え方など、お二人の考えの根本的な部分が、この町に暮らす私たちの想いと重なることが多いからです」と中村さんは語る。
メビック扇町での出逢いは、山間の小さな町に希望の苗を植えた。行政とNPO法人らんたん、そして二人のクリエイターが描く“まちづくりの苗”は、町民をゆるやかに巻き込みながら確実に根を伸ばしている。今後も形を変えながら、堅実でかつ独創的なまちづくりが展開されるだろう。久米南町の美しい田園風景に、子どもたちの声がこだまする日が来るのを期待したい。

プロジェクトメンバー

ORIGAMI Lab.合同会社

檀上祐樹氏

http://origamilab.org/

久米南町役場

中村英之氏

http://www.town.kumenan.okayama.jp/

特定非営利活動法人らんたん

廣瀬祐治氏

明楽周氏

源田啓志氏

株式会社ルセット

松本希子氏

http://www.recete.jp/

公開:2017年4月27日(木)
取材・文:岩村彩氏(株式会社ランデザイン

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。