

メビック扇町では、扇町・天満・南森町界隈で活動するクリエイター、デザイナー同士が互いに知り合い、顔の見える関係を築く「場」を提供するため、少人数による座談会「クリエイティブ・クラスター・ミーティング」を定期的に開催しています。
今年度は、業種や地域(扇町・天満・南森町界隈)にこだわらず、様々なジャンルの方々に集まっていただき、制作やディレクション、プロデュースにまつわる現場での経験談を中心に意見交換を行っていきます。
(今年度は、参加者、関係者のみによる非公開で開催しています)

「ひとつのプロジェクトを正しくゴールまで導くために、スタッフとクライアントの間でどう上手く立ち回るか?」。それは、クリエイターやデザイナーにとって、永遠のテーマともいえます。
特に、大きな期待と責任を負った案件の場合、クリエイターワークだけに没頭する訳にはいかず、ときには対クライアントの営業窓口となり、ときには企画・政略プランナーとなり、ときには予算管理もし、また、プロジェクトに関わる人たちのモチベーションを上げるムードメーカーとならなくてはなりません。
それらは言葉以上に難しく、実際は、経験豊富なデザイナーでさえ多くの課題を抱えています。
そこで、大阪で活躍するクリエイター、デザイナーのみなさんに集まっていただき、制作の現場における仕切りのノウハウをミーティング形式で交換していただきました。
2008年8月4日(月)18:30〜21:30

広告代理店の営業マンとして各種企業のコミュニケーション活動をプロデュース。その後、2005年に独立して大阪に「情熱の学校」を開校。ブランド力向上によって、自社の想いを世の中に伝える中小企業を1社でも多く創り出すためのコンサル&セミナー事業を展開中。

大学在学中より給与計算システムや販売管理システムの開発を手がけ、学生ベンチャーを立ち上げる。その後、外務省管轄の外国人留学受入施設のヘルプデスクなどを経てISPに就職。官公庁ウェブサイト立ち上げに携わり、ネットワーク、サーバ構築からデザインまでを行う。現在は、テクノウィーヴの代表としてメビック扇町に入所する。

大阪芸術大学芸術計画学科を中退後、東京音楽音響ビジネス専門学校学校でコンピューターミュージックを学ぶ。卒業後はさまざまなゲーム音楽を手がけるが、グラフィックデザイナーに転向。1995年、ホームページの制作を始め、2005年にプラスデザインカンパニーを設立。

大学卒業後、テレビ番組の制作プロダクションに入社。数々の人気番組を担当するが、3年後、別の制作会社へ。ディレクターとして情報番組を中心に活躍し、2004年にはABC「ムーブ!」の立ち上げに参画。その後、マグネットを設立して代表取締役に。テレビ番組の制作の傍ら、映像を使った新たなビジネスモデル構築を模索中。

高校卒業後、パッケージ製作会社で営業を経験する。その後、大手広告代理店に転職し、デザイン会社と付き合ううちデザインに興味を抱くようになる。25歳で独立し、デザイン会社を設立。日本人のデザイン意識を高めるべく、ディレクターとして活躍中。

大手繊維・アパレル専門商社のブランド事業部を経て、2006年にディズユィットを設立。2008年7月には、ファッションを中心に、高感度なライフスタイルを提案するオンラインショッピングサイト「JamooL」をオープン。同サイトを通じて、さまざまなショップやブランドとのコラボレーション、若手デザイナーの支援、オリジナルブランドの販売などを展開中。

電線メーカー営業、広告代理店営業、デジタル系教育機関広報・運営、Web制作マネージャーを経て2007年11月PSYCOMMU設立。プロモーションプランニング、クリエイティブ制作に携わる。オモロイことを形にする企業、関わる全ての人にハッピーを与えられる企業をめざし、日々勉強中。

20代の前半はバイクで全国を旅する放浪生活を続け、25歳で好きだった絵の仕事に携わろうと決意。その後、VJ(ヴィジュアルジョッキー)として全国のクラブイベントに出演。2002年に独立し、現在はWEBや映像制作のディレクター兼デザイナーとして活躍中。大阪で一番トガったデザイン事務所をめざして、日々仕事を楽しんでいる。

宝塚造形芸術大学産業デザイン学科卒業後、大手家具メーカーで商品開発に携わる。退社後、専門学校で家具製作技術を修得し、アシスタントの経験などを経て1999年に独立。家具のデザインやプロデュースを手がけながら、展覧会などにも参加。

旅行好きが高じ、旅行情報誌を制作する編集プロダクションへ入社。未経験からスタートし、現在は雑誌制作のほか企画営業にも携わる。営業も未経験ながら、取材の現場で培ったヒアリング能力と機動力を生かして奮闘中。

顧客からホームページ作成依頼を受けたあなたは、約4ヵ月を制作に費やし、いよいよ納品の日を間近に控えていました。しかし、作業に没頭するあまり、顧客に対して正式見積もりを提出していなかったことに気づき、慌てて担当者と社長に見積書を提出。しかし、先方から返ってきた言葉は、「思ったより高い。もう少し勉強してほしい」。
今後の取引を考慮すると対応できないわけではなかったものの、問題は見積書に挙げた作業費の内訳(たとえばディレクション、コーディング、フラッシュ、資料など)の意味と正当性が伝わらないことにありました。
さて、このような状況になったとき、あなたならどのように対応しますか?

現場で起こる第1の問題
見積りを忘れていたのはこちらの落ち度なので、ある程度譲歩する。
通常、まず打ち合わせの段階で先方の予算を聞いておく。
といった回答に代表されるように、見積もりを出していなかったのは本人のミスという点で、皆さんの意見がほぼ一致。しかし、自分に落ち度のない場合でも、正当なはずの作業費を理解してもらえないことがあります。そこで、みなさんの交渉術を聞いてみました。
コーディングやフラッシュなど、専門用語を並べて言葉で説明してもわかってもらえないことが多い。そんな時は関わる人の人数、時間、単価などを図解で説明します。
諸経費について説明したうえで、異なる素材やデザインの商品を想定し、複数の金額を提示して先方に選んでもらうようにしています。ここだけの話、自分が希望する金額を上から3つ目くらいに設定しておくと、選んでもらえる確率が高いかも(笑)。
わかってもらえないのは、先方とのコミュニケーション不足が原因だということもある。カメラマン、ライターなど関わる人間はみんなプロであることを事前に強調し、「いま忙しいのにがんばってくれてるみたいですよ」というようなことをさりげなく先方に伝えたり。プロに頼むからこそ、いいモノができるということを理解してもらう。
正直、作業費の内訳は二の次で、合計金額が大事。仕事を始める前に、こちらからざっくりした金額を伝えるだけのことが多いが、これまでトラブルになったことはありません。クライアントとの関係性にもよるが、経験に基づいた相場感があれば大丈夫では。
と、意見はさまざま。この後、議題は「クライアントの選び方」へ…。

納品した後で値切ってくるクライアントは嫌ですね…。でも、会社の方針や決定がどうであれ、窓口担当者がきちんと話をきいてくれる人であれば問題ないです。
はじめてのクライアントだと、同業者に評判を聞く。意外と狭い世界なので、知っている人にあたる確率が高い。評判が悪いと身構えるが、仕事を断りはしないですね。
「プロの仕事はクオリティが高いからこそ、高くつくというコンセンサスを得ることが大事」。コーディネーターのエサキさんが総括し、参加者たちの緊張がほぐれてきたところで第1の問題の議論が終了。約5分の休憩を挟み、第2の問題に臨みます。

あなたの優良顧客はMP3プレイヤーのヒットで有名なパイナップル社。新商品の携帯電話を日本で発売する同社は、あなたに平面広告のデザインを依頼した。
当初はブランドイメージ構築・訴求のためのクリエイティブを要求していたクライアントだったが、発売から3ヶ月、あまりに奇抜なデザインゆえ若年層とマニア意外には受け入れられず、売り上げは伸び悩んでいた。そんな中、クライアントが雑誌広告クリエイティブ会議で言い出したのは、ブランド訴求より販売促進への方向転換。商品のスペック詳細を掲載した広告に、キャンペーンガールなどの代案を提案されてしまいます。
こんなとき、あなたならどう立ち回りますか?

現場で起こる第2の問題
これまで構築してきたブランドイメージを手放すことのデメリットを伝え、クライアントの意思を再確認。上得意ということで、最終的にはクライアントの方針に従う。
クライアントの目的をもう一度明確にし、どちらを選んだらどうなるかシミュレーションする。ブランディングは長期的な戦略だし、キャンペーンなどの販促は短期的な戦略。いずれにしても、コミュニケーションの再構築が必須。
あまりにも方向転換が大きく、先方の短絡な思いつきかもしれない。なぜ販促なのか、キャンペーンガールなのか落ち着いて理由を聞き、今後の展開を話してもらう。
自分はアーティストではなくデザイナーなので、クライアントの意向にはとりあえず従う。与えられた条件の中で、自分らしさを発揮する。
クライアントには笑顔で賛成。どうせ変えるなら、どう変えるかを楽しむ。たとえばコピーを関西弁にしたり80年代風のヴィジュアルにしたりと、販促にしても楽しめる。
クライアントの決定であれば覆らないだろうし、だからといって自分で180℃違うものを作る自信はない。もしかしたら、ディレクションを第三者に任せるかも…
なぜ方向性が変わったかを聞いて、議論の余地があれば落としどころを見つける。べつに販促広告が悪いわけではないので、選択肢としては十分にありえる。
というように、ほとんどの方の回答が「基本的に先方の決定に従う」だった一方、
先方の意見はきちんと聞いたうえで、ブランディング広告をやめる価値があるのかどうか議論。ブランディングには長い期間が必要なので、いま捨てるのはもったいないという方向に持っていく。または、雑誌広告だけではなく、WEBなど他の媒体と絡めた新しいブランド戦略を提案する。
ブランディングと販促で広告の使い分けを提案する。
といった、ブランディング路線は譲れないという意見も。
もちろん状況や相手によって答えは変わるので、正しい解答というものはありません。
今回の質問は、みなさんがアートディレクターとしてブランディングをどう思っているかを問うたつもりでもありました。ブランドを育てるのは子育てと一緒でとても時間がかかるもの。また、アートディレクターとして、クリエイティブな部分に関しては決定権を持つ立場なんだということも理解してほしかった。クライアントだけではなく、その向こうにいるエンドユーザー、次の世代も見据えて業界を牽引していってほしいです。


外部スタッフとともに進めてきた新商品のパッケージデザイン。しかし突如、得意先の一方的理由から、その商品開発が延期、そしてプロジェクトを一旦白紙にもどすとの連絡が入った。現時点で外部スタッフを動かし作業した分を金額にすると100万円。それを支払ってほしいと得意先に求めたが、回答は「今回は泣いてくれ」。その代わり、プロジェクトが再開した際は、必ずあなたに仕事を依頼するという。
さて、この状況下で、得意先や外部クリエイターに対し、あなたがとるべきアクションは?
この質問では皆さん、実体験を元にした(?)生々しい話を過去形で聞かせてくれました。

現場で起こる第3の問題
以前、あるメーカーにWEBサイトの制作を依頼され、70%ほど完成した段階で企画が保留になったことが。すでに走り始めていたので報酬がゼロになるのはありえないと思い、スタッフが動いた分の人件費だけ請求しました。特に外部スタッフには自腹を切ってでも払わないといけないので、クライアントにはその内の半額を払ってくれと…
僕も自腹を切ってでも外部スタッフには払う。額が大きく、一度に全部払うのが苦しい場合は、プライオリティーをつけて、遠い人ほど先に補償するようにしています。同時に、クライアントには仕事が再開したときの約束はもちろん、別の案件ももらうようにしますね。
実際に経験がありますが、この場合で言うと外部スタッフには100万円をそのまま支払いました。当社とクライアントの取引であって、外部スタッフは関係ないので…。その代わり、仕事が再開したら当初の1.5倍をもらうと約束しました。
幸いなことに経験はありませんが、この場合だったら、外部スタッフに実費だけ払って人件費は泣いてもらうかも…
まさに一昨日の話です(笑)。自分のディレクターとしての信用問題にかかわるので、外部スタッフには全額支払いました…
自分にまったく落ち度がない場合、最悪でも外部のスタッフには全額払ってもらえるようクライアントに働きかけます。でも、自分にも落ち度があると感じたら、あまり強くは言えないかも…
これまでのクライアントとの付き合いによります。いい関係にある上得意なら、こちらが泣くこともありますが、過去にも同じことがあった場合、今後の付き合いを考えます。
外部スタッフに全く支払わないのはありえない。なんとかして人件費と実費を支払います。ディレクターとしてクライアントとどんなコミュニケーションが取れるのかによって変わってくると思うので…
と、ほとんど全員が自分が損をしてでも外部スタッフには支払うという意見でした。
このようなトラブルに備えて、
初めてのクライアントには、業務を始める前に受注書を提出します。相手を知らなければ知らないほど、不足の事態に備えて備考欄の項目がいっぱいになる(笑)。
という奥の手の披露も。

二度目の開催となった非公開ミーティング。今回も、時間がたつにつれ参加者の発言時間が長くなり、笑いあり、議論ありの本音トークが繰り広げられました。
実際の体験談を織り交ぜた意見交換は、リアリティ満点。数週間前、数日前に経験したばかりの生々しいエピソードが飛び出し、会場が騒然とする一幕もありました。
3時間でミーティングが終了すると、話したりない面々は連れ立って懇親会へ。深夜までお互いのディレクター・プロデューサー論に花を咲かせました。
公開:2008年09月30日
取材:プレス・サリサリコーポレーション 岸良 ゆか氏