クリエイティブサロン Vol.135 村上登志彦氏

誰かのために、自分を磨く。商業カメラマンという仕事

135回目のクリエイティブサロンのゲストは、カメラマンの村上登志彦氏。2007年に「wheel」という屋号で独立してから10年。広告写真の最前線で活躍する村上氏だが、実はカメラ好きの青年だったわけではない。カメラマンの世界へ飛び込んだ駆け出しの頃。そして、師事した大御所カメラマン・奥脇孝一氏との出会いなど、これまでの軌跡を赤裸々に披露。カメラマンを目指す学生や現役プロカメラマンなどが集まった会場は、村上氏の真摯な言葉に引き込まれた。

村上登志彦氏

きっかけは偶然の出会い
カメラの世界が人生を変えた

サロンの始まりを告げる一言は「村上登志彦。商業カメラマンです」という自己紹介。その肩書き通り、写真を生業としているが、カメラマンを目指したのは偶然だった。高校卒業後、着物を仕立てる京都の会社で、いわゆる丁稚奉公として2年ほど住み込みで勤務するが、そのときの師匠が病床に臥してしまう…。やむなく地元の大阪に戻り、アルバイトを転々とする日々を送っていた。

そんなある日のこと。「たまたま開いたバイト情報誌に『カメラアシスタント募集! プロフェッショナルへまっしぐら!』と書かれた求人を見つけたんです(笑)。インスタントカメラすら触ったことがなかったんですが、興味を引かれて応募しました」と当時を振り返る。応募したのは、プロカメラマンへアシスタント派遣を行う企業「8oz」。面接の結果、運よく採用されたものの、もちろんカメラに関しては全くの素人。荷物持ちや撮影商品管理からのスタートだった。

「とても大変でしたが、ツボにハマったというんでしょうか。全てが新鮮でおもしろかったですね」。勤務した約2年間に、A~Dまである社内ランクのうちトップのAランクへ。その仕事ぶりが買われ、出入りするカメラマンから指名で呼ばれることも増えた。しかし、着実に成果を上げていく一方で、決定的に不足している部分も見えてきたと語る。「このまま辞めてもカメラマンになるのは難しいと思ったんです。地力は付きましたが、撮影現場だけお手伝いするアシスタントとして働くだけでは仕事全体の流れがつかめない。それに、仕事を発注してくれる側との繋がりもできないんです」。東京に出るか、誰かに師事するか。今後進むべき道について考え出した。

一流カメラマンの元で学んだ8年
今も生きる大切な言葉

1999年から、NY.ADC金賞、APAアワード広告部門優秀賞などを受賞する大御所カメラマン・奥脇孝一氏に師事することになる。「仕事で知り合ったスタイリストの方の紹介で、奥脇さんの事務所の引っ越しを手伝ったのが出会いでしたね。その際に顔を覚えていただき、人手が必要なときに声を掛けてもらえるようになりました。あるとき奥脇さんとお酒を飲む機会があり、今後のキャリアの悩みを相談したんです。すると後日、専属でいらっしゃった先輩アシスタントからうちで働かないか?と声を掛けていただいて」。そこから8年、奥脇氏の元で専属アシスタントとして働きながら、一流の仕事を間近で学ぶ日々が始まった。

今でも敬愛する奥脇氏について、「厳しいと思う時もありましたが、色々なことを教えてもらって、モノにしていただいた感覚です」と感慨深げに回想する。そんな師の言葉から、印象に残るものをいくつか教えてくれた。「まず覚えているのは『四角い物を四角く撮れるようになれ』と言われたことですね。真正面から撮影するのは、簡単なようで難しい。少しでもズレるとパースが付いて水平垂直が崩れてしまうんです。これを練習することで、丁寧な仕事が身に付きました」。そのほかにはこんな言葉も。「『カメラマンは何でも撮れないといけない。全部繋がってるんや』と言われました。例えば、家族団欒を再現したセットでモデルを撮影する場合、まず人物が撮れないとダメ。そして、カットの中のインテリアや料理も上手く構成し撮れないといけないんです。カメラマンは被写体の特徴を表現したり、より良く撮るのが仕事。それは被写体をよく“見る”ことだと思うんです」。

その後、2007年に独立。これまでに携わった仕事の一部が、スライドとともに披露された。家電、人物、不動産、展覧会図録、お菓子や料理など…、その被写体はまさに多種多様。何かに特化している訳ではなく、あらゆる撮影をこなすスタンスには、奥脇氏の影響が垣間見える。なかでも最近の面白かった仕事として紹介されたのが、温泉旅館の日常をスナップのように切り取った写真たち。「ディレクターからは特にこれを撮影して欲しいという指示はなく、館内や周辺地域を動き回って自由に撮影させていただきました。こういった写真も普段から被写体を“見る”ことが出来ていないとクライアントやディレクターに納得してもらえる写真は撮れないと思うんです」と力を込める。


携わってきた仕事の一例。あらゆる被写体をオールマイティに撮影することが分かる。その経験が写真のディティールに表れ、さらにクオリティを高めていく

質問から浮かび上がった
これまでと現在、そして仕事への思い

サロン開始直後に参加者全員へ質問シートが配布され、多くの質問が寄せられた。後半に設けられた質疑応答から、いくつかのQ&Aを紹介しよう。

Q. フィルムからデジタルに変わって、苛立ったことはありますか?
A.「これは無いですね。手段が増えたと思っています。一発勝負のフィルムではアガリに対する不安がありましたが、デジタルになって後から考える時間ができました。なので、できる限りのレタッチは行います」

Q. どこで、何を撮ってもいいと言われたら何を撮りますか?
A.「もしそう言われたら“?”しか浮かばないかも知れません…。やはり何らかの制限があるからこそ、どう撮るか試行錯誤する。その結果いい仕事ができると思います」

Q.「8oz」時代に仕事が上達したのは、センス? それとも努力?
A.「勘は良かったかもしれません(笑)でも努力もしました。僕は臆病者なので同じダメ出しをされるのが嫌いなんです。なので、一度触った機材の取り扱いなどは絶対に覚えるようにしましたね。振り返ると自分でもよく勉強したなと思います」

Q. 独立してよかったことは?
A.「言い方は乱暴ですが、自分のことだけ考えればいいことですね。会社だとそうはいかないので。もちろん、仕事のときは全体のことを考えますが、自分の責任で物事を決めることができるのは楽しいです」

“誰か”の“何か”をカタチに
確かな仕事が紡ぐ信頼の和

奥脇氏の仕事を間近に感じ、自身も独立から10年。あらゆる仕事で、さまざまな被写体を撮影してきた。その経験から語られる言葉の端々には、自己紹介にもあった「商業カメラマン」という仕事に対するリアルな考えが見え隠れする。「全体のイメージを考えるアートディレクターやデザイナーには物語があり、それを表現するために写真=カメラマンを使う。場合によってはイラストレーターでもいいわけです。なので、写真は大きな仕事の中での一つの手段だと思っています」。そして、カメラマンに作家性は必要か?というテーマについては、「ある方がいいとは思います。作家性を持つにはアイデンティティが必要で、私には足りていない部分ではありますが…。けれど、商業カメラマンとして写真が好きな必要はある。スキルと感性、どちらかを特化させるのではなく、比例させないといいものは絶対に撮れないと思っています」。

また、屋号の「wheel」にも仕事に対する思いが込められている。「wheelは“輪っか”の意味。『移動する力=行動力』と『人との繋がり』をイメージして名付けたんです。師匠の元で働いていたとき、いい仕事をするところには、いい繋がりがあると実感しました。発注者としては、どんな仕事をするか分からない人に仕事をお願いできないですよね。信頼関係は仕事のうえでとても大切。これがまさにwheelなんです」。

wheelのロゴ
村上氏のスタジオの屋号「wheel」のロゴ。円を基本にしたシンプルなデザインだが、上部に入った切り込みで勢いよく回る様子を表現している

最後に紹介されたのは、趣味でもある自転車のことについて。村上氏はスポーツ自転車に乗るサイクリスト。2015年には1200kmもの距離を走破するヨーロッパの大会「パリ・ブレスト・パリ」にも出場した。これは順位を争う競技ではなく、規定時間内に完走を目指す「ブルベ」という種目で、「この大会は自分との戦い。他人と競う必要がないのが魅力なんです」と語ってくれた。この言葉は、「カメラマンとして一番大切なことは、真面目に、真摯に仕事をして、努力を怠らないこと」と話す、仕事への実直な姿勢にも通じるように感じられた。ひたむきに技術と感性を磨き、自分を必要としてくれる人へ、期待以上の仕事で応える。それが評価に繋がり、また仕事として還ってくる美しい円環。クリエイターが忘れてはいけないキホンのキを、改めて心に刻んだサロンだった。

イベント概要

クリエイティブサロン Vol.135 村上登志彦氏
カメラマンとして出来る事、考える事、感じる事。

カメラの知識など全くないまま飛び込んだこの世界、カメラマンアシスタントを経て独立し10年が過ぎました。
行動力、繋がりを大切にしたいとの思いで「wheel(ホイール)」と名付けたスタジオ名。
コロコロと変化する仕事を取り巻く環境、グルグル思考を巡らせてるうちにフランスで1200kmも自転車を転がすようになったカメラマンのお話です。

開催日時

2017年09月11日(月)19:30〜21:00

会場

メビック扇町

村上登志彦氏(むらかみ としひこ)

1974年 大阪生まれ
1997年 カメラマンアシスタント派遣会社8oz勤務
1999年 奥脇孝一氏に師事
2007年 wheel設立
【award】
2009年 ニューヨークADC BOOK DESIGN:MUSEUM,GALLERY OR LIBRARY BOOK部門 金賞
(『純粋なる形象ディーター・ラムスの時代-機能主義デザイン再考』 サントリーミュージアム天保山)
2016年 CS DESIGN AWARD 一般部門 優秀賞(APPLE+)

公開

2017年09月29日(金)

取材・文

STUDIO amu 眞田健吾氏

イベント情報はこちら

イベントカレンダー

« 前|自己分析と踏み出す勇気、
肩書に左右されないセルフブランディング術

記事一覧

ロボット技術で新しい社会を創造するには|次 »