クリエイティブサロン Vol.134 石川武志氏

自己分析と踏み出す勇気、
肩書に左右されないセルフブランディング術

専門学校の教員として20年、そのかたわらで多くのプロジェクトに関わってきた石川武志氏。セルフブランディングをテーマに、これまで経験してきた教育・人とのつながり・プロジェクトを紹介しつつ、リアルな体験をもとに「肩書きなどに左右されない、自分自身の価値を生み出す方法」について語った。

石川武志氏

「石川武志」とはいったい何者か?

ある人から見れば専門学校の先生、また別の人から見れば「アジアのアートイベント」をやっている人、または「納豆をつくって復興支援している人」という具合に、さまざまなフィールドで八面六臂の活躍をする人、それが今回の主役、石川武志氏だ。1977年生まれの40歳。今年3月まで卒業した専門学校で約20年、教員として勤めてきた。「いったい何者?」「どこにいるのかわからない」と同時に「どこにでもいる」。これは石川さんがかれこれ10年ほど言われ続けていること。つまりは肩書はわからないけど、よく知られている人ということ。実際のところはどうなのだろう。

今年4月からは、京都に拠点を構えるゲームスタジオ「株式会社Skeleton Crew Studio」で新しく船出した。一応ディレクターという肩書だが、「やれることは何でもやる役目」と自己紹介。ほかにも「710TV project」でのカラフル納豆開発、ダンボールプロダクト「PAKI」の開発に関わり、「ASIAN CREATIVE NETWORK」や「UNKNOWN ASIA」の実行委員を勤め 、京都のインディケームイベント「Bit Summit」の運営にも携わる。大阪デザイン振興プラザのディレクターに加えて、今年からはMebicのエリアサポーターにも就任。たしかに初対面の人からすれば「何者?」である。

もともとは「絵を描きたい少年」だったという。「小学校の頃から絵を描くのが好きで、絵描きになるのが将来の夢だった」。現在も自分のベースは「絵を描く人」であり、17年ほど地元高槻のギャラリーで毎年個展を続けている。

今必要なのは、「自分」という肩書磨き。

セルフブランディングについて語るにあたり、今までの活動を総括するキーワード、「応援」と「懐疑心」の相反する2つを上げた。「実は16年前、学校での4年のアシスタント期間が終了した時点で、一度辞めているんです。このまま学校という組織にいると、なんとなく流されてしまうのではという恐怖心もあって」。理由は「足りないものがたくさんある」「学校の肩書が大きすぎる」「なんとなく(若気の至り)」というもの。そして足りないものとは、「実力」「実績」「コネクション」だと分析。

結局辞めてはみたものの、その1年は仕事がなかった。そこに復職の話があった。立場が変われば視点も変わる。「この一年で考えたのは“自分という肩書磨き”をしなければということ。学校という肩書の大きさをさらに広げ、この肩書も借りながら自分を成長させよう、それが貢献にも繋がると考えました」。一度学校を辞めた時に自身のメンターだと語る、イラストレーターの荒井良二氏と話す機会があり、思い切って聞いてみた。「不安なことないですか?」と。意外にも「毎日ある」という答えが返ってきた。「荒井さんぐらい実力があって有名な人でもそうなのだから、自分が不安を抱えてるのは当然と開き直れた。そして不安を解消するために何もしていないことにも気がついた」

ではどうするか。「実力はつけるしかない、人とのつながりに関しては、はじめての人にどんどん会う。実績、これもやるしかない。答えはシンプル。動いて人に合えばなにか変わるはず」。まずは手の届く地元の応援からと、学生時代から通っていたJR高槻駅そばのギャラリーの搬入などを手伝うことで、作品を見るだけではわからない、つくり手の想いやつくる工程の話などいろんな話が聞けた。頻繁に出入りするようになれば、おのずと出会いが増える、自分が動くことで何かが返ってくる、そんな循環が生まれた。さらには関西の面白いクリエイターとつながるきっかけを求めて、どんどんイベントなどへ出かけた。それは今も続いている。


カラフル納豆

動いて手伝う→そこでしか得られない体験→経験値UP!

今回のトークショーでは、節目節目に石川氏が出逢った知り合いがビデオメッセージ型式で登場した。そこで語られるのは石川氏のフットワークの軽さや柔軟性、そして人を巻き込む力。たとえばSNSの走りであるmixiでも、今までなかったつながりが生まれる。海外研修ではじめてLAに行くとき、マイミクから現地の知り合いを紹介してもらったが、その2人もネットだけのつながり、今までにない関係性が生まれゆく時代の流れで、はじめての人に会う警戒心や懐疑心もなくなっていった。「自分に何もない段階においては、動いて手伝うことしかない。そうすることでしか得られない体験がある。その結果、経験値も溜まっていく」

年代を区切って振り返ると、25~30歳の間は、そうやって遮二無二走り続けた。結果、人とのつながりもでき、職場の仕事においても自分の視点が持てるようになる。ただ自分でなにか事を起こすところまでは至っていなかった、次なる段階、30~35歳では学校内でイラストレーション学科に加え、特殊メイク学科の学科長も兼任するという、専門分野外での新しいアクションに挑戦。ここでも新たな出会いが増えた。

そして今後のデザインには、プレゼン力や企画力が必要だと世間的に言われだした頃、立ち上げたのが「710TV project」。2010年の8月から始動し、当初は「ゆるい感じのまま」のプロジェクトだったが、2011年3月11日、東日本大震災が発生。そこで諦めない納豆「never give up 納豆」をつくることを決意。メーカーを探し、その商品「カラフル納豆」を販売し、その一部を義援金と寄付するしくみをつくりあげた。


UNKNOWN ASIA ART EXCHANGE OSAKA 2017

応援したい人が大勢いると、ジャンルレスにならざるを得ない。

ここ数年の活動として目立つのは、アジアのクリエイターに関するプロジェクトだ。ひとつは「ASIAN CREATIVE NETWORK」(ACN)。「これはアジアの息吹を感じて、一緒に活動していくことで豊かな未来をつくれたらと、立ち上げられたもので、アワードの創設やフォーラムを開設して、活動の幅を広げていきました」

もうひとつが2015年からFM802のアートプロジェクト「digmeout」とACNが共同で企画した「UNKNOWN ASIA」。これは国内、アジア各地から次世代クリエイターが集う新感覚のアートフェアで、当初120組から始まった参加アーティストも今年は200組に達するという。「なぜ私がこういうアジアの活動をしているのかというと、働きだして少し経った頃、国際芸術文化振興会の『日本ビジュアルアート展』に入選・入賞した経験からです。ここではじめての海外展示を体験し、多くのアーティストとの出会いがあり、それが刺激になりました」。バブル後は不況でコンペが激減し、アーティストがパワーをぶつける場所がなくなった。かつて自分が体験した、そんな場所を提供したいとプロジェクトに関わっているという。

学校では新設されたフィギュア造形学科の学科長にも就任。またそれより少し前からハリウッドで活躍する片桐裕司氏に彫刻セミナーの開催場所を提供したところ、造形関係の人よりゲーム会社や3DCGデザイナーが大勢押し寄せた。「そこから講師を見つけたり、現在の会社の代表もそのセミナーに参加していたりと、多くの出会いのきっかけになりました」

最後に冒頭で掲げたキーワードを振り返った。「ぼくは応援したい人。応援したい人が大勢いると、自分の肩書ではフォローできない人もでてくる。そうなると気持ちはジャンルレスにならざるを得ない」。だから肩書に左右されないようにしていく。「これができるからこの人を応援したいというより、この人が面白いから何か一緒にしたい。そのときに何ができるか、というアプローチをとることが多い」。懐疑心を持たず接することで、跳ね返ってくるものがあり、結果それが自分の価値になる。自己分析と踏み出す勇気、そして柔軟に対応していくなかで、見出した自分だけの価値。そしてここすらまたまだ道の途中、なのである。

イベントの様子

イベント概要

クリエイティブサロン Vol.134 石川武志氏
肩書きに左右されない自分の価値の作り方
- 教育・カラフル納豆・ACN・UNKNOWN ASIA -

20年間、教員職に従事していました。そして、多くのプロジェクトにも関わってきました。それはひとえに、教育者としての危機感や足りないものをどのように補うかという問いに対する自分なりのノウハウを得る方法だったのだと思います。現在まで長年自分が経験してきた教育・人との繋がり・プロジェクトを紹介しつつ、肩書きなどに左右されない自分自身の価値を生み出す方法について、実体験をもとにお話ししたいと思います。

開催日時

2017年08月31日(木)19:30〜21:00

会場

メビック扇町

石川武志氏(いしかわ たけし)

株式会社SkeltonCrewStudio・ディレクター。20年間、大阪デザイナー専門学校で教職員として学科・学校運営に従事し、2017年より株式会社SkeletonCrewStudioに参画、大阪デザイン振興プラザ・ディレクター、メビック扇町・エリアサポーター。また、プロジェクトとしてカラフル納豆開発、ダンボールプロダクトPAKI開発メンバー、ASIAN CREATIVE NETWORK、UNKNOWNASIA実行委員会、ODCC幹事・人材育成等の部会長など様々な経験を持ち、1999年から毎年個展を開催、その他、グループ展・企画展への参加も継続的に行なっている。
株式会社SkeletonCrewStudio

公開

2017年09月26日(火)

取材・文

町田佳子 町田佳子氏

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