I- LABO Vol.1 介護業界を変えるデザインの力

クリエイティブの力で介護業界に新しいビジネスを

2017年8月、メビック扇町で新たなシリーズ企画がスタートした。その名も「I-LABOクリエイターのためのイノベーション創出研究会」。クリエイターが、さまざまな領域で活躍する専門家と交流を深め、その分野の現状や課題を知ることで、自身が持つ創造力や表現力、課題解決力を生かし、イノベーション創出の可能性を探るという企画だ。
記念すべき第1回目のスピーカーは、IT業界から介護の世界に参入し、「レクリエーション介護士」という資格と教育制度を生み出したBCC株式会社代表・伊藤一彦氏。研究会では、はじめに伊藤氏のこれまでの経緯、介護現場で起こっている様々な課題についてお聞きした後、意見交換の時間には「介護現場で求められるクリエイティブの力」「介護分野におけるクリエイターのビジネスチャンス」などについて、参加者と熱い語り合いが繰り広げられた。さらに、ゲストスピーカーとして、アッシュデザインオフィス代表で空間デザイナーの山中広幸氏をお招きし、手がけられた介護施設の内装についてもお話を伺った。

IT業界から介護業界に参入するまで

学生時代から独立を視野に入れつつ大手電機メーカーに就職した伊藤氏は、2002年に27歳で大手IT企業の営業アウトソーシングを主な事業とする「営業創造株式会社」を設立した。そして創業10周年の2012年、「スマイル・プラス株式会社」をM&Aで買収した。これが「介護レクリエーション」との出会いだ。2016年、スマイル・プラス株式会社は、営業創造株式会社と合併し「BCC株式会社」が発足。現在は約120名の社員を持つ会社へと成長し、そのうちおよそ20名が、スマイル・プラスとして介護レクリエーション事業を運営しているという。

伊藤氏の話題提供

「介護レクリエーション」と出会うまで

みなさんは「介護レクリエーション」という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか。一般的に「介護」という言葉を聞いて思い浮かべることは、食事や入浴、排泄のお世話のことでしょう。けれど一日のうちでそれらに費やす時間はそれほど長くありません。介護レクリエーションとは、高齢者が余暇の時間を「生きる喜び」や「楽しみ」を感じながら有意義に過ごしていただくための様々な活動の総称です。
2012年、あるきっかけで『介護レク広場』というウェブサイトを運営していたスマイル・プラス株式会社を買収することになりました。これが私の「介護レクリエーション」との出会いです。元々デザイン会社が母体となっていたそのサイトは、高齢者向けのぬり絵や計算問題などを無料提供していて、現在でも会員数とスポンサー企業数を伸ばしています。

介護施設200カ所のヒアリング調査から生まれた「レクリエーション介護士」資格

買収後、私は介護レクリエーションの現状について知ることから始めました。調査をすると、介護現場で働く多くの人たちがレクレーションのやり方について悩んでいることが分かりました。その基礎知識がないままに、日々の業務としてこなさなければならないという実情が浮かんできたのです。そこで、介護レクリエーションについて体系的に学べるような教育プログラムと認定資格を作れないかと考えました。資格は能力の証明にもなり、業務への自信にもつながるからです。
経済産業省から委託を受け、介護レクリエーションの現状を調査するために関東・関西200事業所の介護施設を訪問し、ヒアリング調査を実施しました。そこで施設関係者などから聞き取った悩みや要望を反映して生まれたのが「レクリエーション介護士」の資格制度です。おかげさまで多くの関係者から評価をいただき、2017年の時点で全国約1万7000人の方が資格を取得され、そのうちの約7割の方が資格を生かして現場で仕事をされています。
私たちスマイル・プラスの理念は「“人を支える人”を支える」。団塊の世代が75歳を過ぎる2025年には介護に関わる人材が全国で約80万人不足すると言われています。しかし、介護の現場は気力・体力ともに重労働。離職率も低くはありません。そこで、現場で働く人たちがさらに働きやすく、また介護を受ける人たちの生活の質がさらに向上するようなお手伝いができないかと、さらなる事業として、レクリエーション介護士と現場をつなぐ求人サイト「介護レクワーク」、介護レクリエーションの人材派遣サービスもスタートさせました。

生涯楽しみを持って生きることができる社会に

どの世代の人たちにとっても、趣味や余暇を楽しむ時間は大切です。旅行や買い物、映画や芸術の鑑賞、園芸や料理など、私たちは日常に多くの楽しみを持って生きています。しかし、介護が必要な身体になると、これまで楽しんでいた多くのことができなくなってしまいます。その楽しみはあきらめなればならないのでしょうか。生涯楽しみを持って生きることは難しいのでしょうか。
現在スマイル・プラスでは「介護レクリエーションを通じて地域で高齢者を支える社会の実現」をめざし、多くの企業の協力の下、様々なサービスを創出しています。たとえば、文具メーカーとは「介護レクグッズ」の開発、化粧品メーカーとは「化粧療法プログラム」の企画、手芸用品メーカーと「手芸レクプログラム」の開発などです。大阪市内の商店街と連携した「介護レクカフェプロジェクト」も実施しています。私も時々現場にうかがって、高齢者の方々とレクリエーションを楽しむのですが、好きなことをされている時のみなさんの表情はとてもいいものです。

クリエイターが生み出すビジネスモデルの可能性

一連のスマイル・プラスの事業が成長しつつある理由として、私は、それぞれの事業の対象とする顧客が異なるからではないかと考えています。「レクリエーション介護士」資格の事業については、介護現場で働く人などの“個人”が、「介護レク広場」の事業については “スポンサー企業”が、人材派遣・求人の事業については“介護施設”が顧客となっています。このように、立場の異なるいろいろな人・組織が少しずつお金出してくださっていることが、強いビジネスとなっている理由ではないかと思うのです。みなさんも、ご自身が持っているスキルを生かして、ぜひ新しいビジネスモデルを作って下さい。まずは介護現場に行ってみて下さい。御社のビジネスにつながる何かが見つかるかもしれません。

山中氏の話題提供

クリエイティブの力が介護現場に生かされた実例として

今回、私が手がけたのは、吹田市の社会福祉法人燦愛が運営する「ハピネスさんあい」という、特別養護老人ホームです。施設内のカフェや従業員のための休憩室、仮眠室、ご利用者様のためのシアタールームなどの内装をデザインしました。こちらの理事長様は、現場の職員の方々をとても大切にされていて、「働きやすい環境を整えたい」との理事長様の想いが根底にありました。デザインにあたっては、色調やレイアウト、素材などはもちろん、廊下の幅や家具の高さなど細部にまで工夫をしました。ご利用者様はもちろん、職員の方、ご家族の方など、多くの関係者に喜んでいただけるものができたと思っています。インテリアや内装デザインでも介護現場に貢献できることがたくさんあると実感しました。まさにクリエイティブの力を介護現場に生かすことができたという分かりやすい例になったかと思います。

意見交換会

A氏(ロボット&プロダクトデザイン):私は大阪市内でロボットとプロダクトのデザインを中心に事業を行っています。私の故郷も高齢化が進む地方都市にあり、数年前、高齢者向けに使用されることをイメージした「コミュニケーションロボット」を開発しました。賞をいただいたりもしたのですが、事業化までには至りませんでした。ロボットは様々な分野で開発が進んでいますが、資金や販路の問題もあり、必要な人に届けられないという現状があります。介護現場へのロボット導入について、どう考えられますか。

伊藤氏:コミュニケーションロボットの分野は、介護現場でも注目されているものの一つです。しかし実用化と普及に向けて大きく二つの問題があると私は考えています。一つは資金の問題ですね。ロボットは個人で購入するには、とても高価なものです。では誰が顧客となりうるのか。そこを解決しなければなりません。もう一つ、介護現場にロボットが普及しない理由として、介護職員の方々が導入に反対するという事実があります。「入浴とは人の手で行うべき」だと考えている方が未だに多いからです。職員の理解をどう深めていくかも、一つのポイントだと思います。

B氏(ウェブプロモーション、アプリ開発):現在、訪問介護やデイサービスを提供する医療法人に向けた送迎車両の運行管理システムを提案しています。現場では、高齢者を送迎するための車両の運行管理がますます煩雑になり、その医療法人では常に30〜40台の車が動き回っている状態です。突然呼び出されたり、キャンセルされたり、また送迎先の状況や高齢者の健康状態などの情報が届かないために起こるトラブルが多発し、運転手の方々が対応に苦労されているという話も聞きます。ただシステム化にあたっては費用の問題もあり、機材の初期費用とランニングコストがかかるので、なかなか進まないのが現状です。介護現場の様々な場面でのシステム化について、どう考えられますか。

伊藤氏:日本では、ビジネス現場であたりまえに使われているIT技術が、医療や介護業界においては導入が遅れているという現状があります。介護現場では、ほとんどの施設で未だに“紙”のカルテが使われている状況です。これでは同じ法人内であっても情報共有ができません。介護現場の情報システムについては、ビジネスの入り込む余地がたくさんあるように思います。また介護輸送車両については、現在、日本の法律では「道路運送法」で特別に認められているという状況です。この法律の隙間のようなところに、何かビジネスチャンスが隠れているのではないかとも感じています。

C氏(漫画プロダクション):今日の伊藤さんのお話を聞いて、介護業界の未来が明るく感じられました。レクリエーション介護士という仕事についての質問です。その資格を取得して専業で働いていらっしゃる方はどのくらいいらっしゃるのでしょうか。生活するに十分な収入になるものなのでしょうか。

伊藤氏:レクリエーション介護士1級の資格を持ち、専業で生活している人の数は、まだそれほど多くはありません。先ほど申し上げた1万7000人の資格取得者というのは2級取得者で、多くの方がボランティアに近い形または、ご家庭のサブ収入のような形で仕事をされています。ただ、専業でされている方に共通することは、レクレーション介護士になる前からプロの技術を持ち、相応の収入を得ていた方々だということです。一つの道を究めて来られた方たちが、介護の現場でも活躍されているのです。

D氏(グラフィックデザイン):現在、家族に介護現場にお世話になっている者がいて、とても身近な話としてお聞きしました。先ほど、「このままでは将来、介護に関わる人材が圧倒的に不足する」という話がありましたが、30年後、私たちが高齢となる頃の日本において、高齢者はどのような状況に置かれると伊藤さんは考えられますか。

伊藤氏:厳しい話ですが、2025年以降になると高齢者の中でも差別化が生まれざるを得ないと、私は考えています。セーフティーネットとして介護保険制度は機能しているでしょう。しかし30年後は、今以上に高齢者向けサービスが多様化し、経済状態によって、受けられるサービスに格差が生まれるのではないかと懸念しています。もう一つ言えることは、今後「高齢者」の定義が変わってくるかもしれません。現在でも、70歳を過ぎてもお元気な方がたくさんいらっしゃいます。健康寿命を伸ばし、介護が不要な状態でいることは、今後ますます大切になってくると思います。

E氏(イラストレーション・グラフィックデザイン):今後、超高齢化社会を迎える中、地域コミュニティで高齢者を支えるしくみづくりに興味を持っています。具体的には、地域の高齢者と子どもをつなげるようなことはできないだろうかと考えています。高齢者の知恵・知見を子どもたちに伝え、子どもたちからは元気を与えるというようなしくみを、ビジネスとして構築することは可能だと思われますか。

伊藤氏:そのプロジェクトに対して、誰が資金を提供してくれるかということがカギになると思います。参加する高齢者や子どもたちからお金はいただけませんね。それならば、先ほどお話した企業との連携事例と同様に、「その場所に人を集めたい」また、「サービスや商品を利用してもらいたい」と考える企業や団体に参画してもらう必要があると思います。ビジネスとして成り立つかどうかは、そこがポイントとなるのではないでしょうか。

エピローグ

伊藤氏は、徹底した現場主義。自ら施設に赴き、高齢者とともにレクリエーションを楽しみ、現場で働く職員に話を聞き、交流を深めながらビジネスへとつなげてきた。話の中で何度も出てきた「高齢者のみなさんは、本当に楽しそうな表情をされるのですよ」という言葉。そう語る伊藤氏も、本当に幸せそうな表情だ。「自分も何かできることで高齢者を笑顔にしたい」。参加クリエイターたちは、そんな伊藤氏見て、そう考えたはずだ。意見交換会では、自身の両親や親族についての経験談、また特技や趣味を介護現場に役立てることはできないかという相談など、多くの言葉が飛び出した。
人は順番に歳をとる。決して人ごとではない。今回、参加クリエイターたちは「イノベーションの創出」を超え、それぞれの経験や想いを巡らせながら、一人の人間として「老い」の問題について向き合った。そのことこそが、次の発想や革新につながる。多くの可能性を感じた研究会となった。

イベント概要

I-LABO - クリエイターのためのイノベーション創出研究会 Vol.1
介護業界を変えるデザインの力

介護現場では、ご高齢者のQOL(生活の質)の向上のために介護レクリエーションが日々おこなわれています。しかし、介護スタッフは日々忙しく、介護レクの準備は大きな負担となっています。

そこで、介護レクに使えるデザイナーが描く塗り絵などの素材を無料で提供する「介護レク広場」というWEBサイトを構築してきました。開設から5年で、広告宣伝費を使わず、検索エンジンや口コミだけで、のべ7万人を超える会員を集める人気サイトになりました。

さらに、会員からの要望で「レクリエーション介護士」という資格を構築し、わずか3年で1万5千人を超える人気資格となっています。

日本の高齢化社会における課題の解決に向けて、デザインができることは数多くあります。本研究会では、その可能性について、みなさんとともに考えていきたいと思います。

開催日時

2017年08月18日(金)19:00〜21:00

会場

メビック扇町

伊藤一彦氏(BCC株式会社 代表取締役社長)

1974年大阪生まれ。1998年大阪市立大学を卒業後、日本電気(NEC)入社。ベンチャー企業を経て、2002年営業創造を設立。2012年スマイル・プラスをグループに迎える。持ち株会社制を経て、2016年にグループ全社を統合し、BCC株式会社 代表取締役社長に就任。経営の傍ら中小企業診断士として公的機関での中小企業支援をおこなう。
著書:【新訂3版】バランス・スコアカードの創り方(同友館、共著)、ベンチャーキャピタルからの資金調達〈第3版〉(中央経済社、共著)

ゲストスピーカー 山中広幸氏(HDO/ache design office 代表)

2007年にアッシュデザインオフィスを設立。大阪を拠点に全国の店舗設計デザインを中心に、空間に関するあらゆるジャンルをトータルにデザイン。カタチや目新しさにとらわれるのではなく、顧客の意向をくみ取り、アッシュデザインのフィルターを通すことで『デザインの力』により、空間と人、人と人をつなぐ、より良い空間づくりに取り組む。伊藤氏がアドバイスした、介護施設の中にある地域カフェ「さんカフェ」のデザインを手がけるなど幅広い活動を展開中。

公開

2017年09月26日(火)

取材・文

株式会社ランデザイン 岩村彩氏

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