目的なく立ち寄れる場が、街を豊かにする。
クリエイティブサロン Vol.126 中川和彦氏

「本屋ですが、ベストセラーはおいてません。」をキャッチフレーズに、今年でオープンから11年目に入った「スタンダードブックストア」。高感度な本と雑貨のセレクトはもちろん、未購入の本を併設のカフェに持ち込んで吟味できる斬新なスタイルも話題に。

本を軸とした多彩なカルチャーイベントも盛況で、文化発信地としての存在感を放ち続けている。大阪を拠点とするローカル・カルチャーマガジン『IN/SECTS』を発行し、中川氏とは旧知の間柄である松村貴樹氏を聞き手に迎え、“本”を媒介とした魅力的な場づくりについて語っていただいた。

中川和彦氏

売上至上主義から提案型へと商いを転換

時代を映すカルチャーの発信地として、大阪で唯一無二の存在感を放つ「スタンダードブックストア」。オーナーの中川氏は根っからのサブカル好きかと思いきや、意外にも原点は、かつて大阪・難波の高島屋内にあった大型書店だったという。

「父親がデパートのなかで始めた、120坪くらいの本屋を引き継いだんですね。景気の良い頃で、しかも抜群の立地にあるから、いまでは考えられないですけど、毎月1億くらいの売上がありました。当時はとにかく回転率重視、タレント本であろうと、売れるなら置くというスタンスでしたね」

その後、2006年に中川氏は新たな試みとして、「スタンダードブックストア」をアメリカ村にオープンする。物件との縁もあって、高島屋時代よりさらに大規模な270坪の店だった(その後、2011年に茶屋町、2014年にあべの支店もオープン)。しかし、店づくりのコンセプトは以前の売上至上主義から一転、「誰もが目的なくふらっと立ち寄ることができて、自分を取り戻せる場」だった。

「目的ありきの場所しかなかったら、街は行き詰まってしまう。本屋がすばらしいのは、買わんでも怒られへんし、もっと大事なのは、お客さんが罪の意識を感じなくていいところ(笑)。服屋なら接客してもらったのにそのまま出てきたら、悪いことしたなあ、っていういやーな感じがあるやん。本屋はそれがない、唯一の商いじゃないかと思ってるんです。たとえば、街中にある公園や広場、外国でいえば教会のような……。なんとなく人が集まってきて、息抜きができる。そんな場ができないかと、日々考えてますね」

“何も起こらない”場所にある自由と豊かさ

その背景には、中川氏がアメリカで出会った書店、あるいは本のある場所に漂っている自由な空気への憧れがあった。なかでも近年、強い印象を受けたのは、カルフォルニア州のビッグ・サーにある「ヘンリー・ミラー*1 メモリアルライブラリー」*2だったという。
ミラーの文学にまつわる資料を閲覧することも無論できるが、そこでどう過ごすかは基本的に訪れる人次第。パティ・スミス*3やジャック・ケルアック*4といった伝説的人物が訪れた痕跡も。ヒッピー文化の流れを汲む場所でもあり、旅人を大らかに受け入れる、自由な空気感が漂っていた。

ライブラリー内観
ヘンリー・ミラーメモリアルライブラリー

「僕らもワインと食べ物を買ってきて、日がな1日、ここで過ごしていました。商売としては成り立たないので、ドネーション(寄付)で成り立っているんですけどね。本もあるし、ステージもあってライブもできるし、何もせずに、ただここにいるだけでもいい。日本にもこういうところがあったらいいなあ、って。ここでTシャツを買ったんやけど、“where nothing happens”って書いてある。何も起こらないところですよ、でも、わかるでしょう?あらゆることが起こるんですよ……というメッセージが込められているんですね」

未購入の本もカフェ持ち込みOKにした真意

未購入の本も併設のカフェに持ち込んでOKというスタンダードブックストア独特のスタイルは、 当時全米最大の書店チェーン「バーンズ・アンド・ノーブル」*5といった書店を参考にしたという。版元などから賛否両論はあるものの、本の汚れや破損は想像以上にほとんどないのが現状とか。実験的かつ、懐の深い試みとして現在も継続中だ。

「『本が売れないのは、ああいう本屋があるせい』ってもし言われたとしたら、そんな理由ちゃうやろ、とは思いますね。雑誌がダメになったのも、ネットのせいじゃない。ちらっと見ただけでああこの程度か、って思われるような本や雑誌をつくるなという話なんですよ。家のなかでも、皆さんがコーヒーを飲みながら本がゆっくり読める場所って、どれくらいあるのかなと考えたりします。家族がテレビを観ていたりするでしょうし、日常から離れたところで、ゆっくり本にふれられる機会があるといい。その日は買わなかったとしても、心のどこかにずっと引っかかっていて、うちの店じゃなくても、いつかどこかで購入する布石となるかもしれないから」

スタンダードブックストア店内

人と人をつなぎ、もっと地域とつながりたい

ここ数年、京都の「誠光社」、東京の「Title」、福岡の「ブックスキューブリック」など独立系の書店が注目を集めるようになり、トークイベントなどで店主と話す機会も多いという中川氏。彼らのように、規模は小さくとも主張や個性のある店を持つことに憧れる若者も増えているという。

「身の丈にあった、20坪くらいの本屋をやろうと思う若い人がいて、それが成功しているっていうのはとても大事なこと。コンビニってだいたい30坪くらいやん。それを至近距離であんなにバカみたいにつくるんやったら、そのうちの1軒でも本屋にしたら、街がどれだけ潤うかと思うよね」

一方、自分は彼らのようにディープかつマニアックに本の世界を追求していくというよりは、「人と人のコミュニケーションを誘発するようなことをやってみたい」という思いが年々強くなっているとか。

「この2人が会ったら絶対なんかおもろいことになりそうとか、人と人を結びつけるのがすごく好きなんですね。本がすごいのは、どんな奴とでも絡んでいけるところ。書道家であろうと、弁護士であろうと、どんなジャンルでも本ってあるわけですよ。たとえばコーヒーの焙煎をしてる人がいたとしたら、コーヒーの本を集めたイベントができる。こんな商売はなかなかないと思う。なかなか、儲かりはしないんやけどね(笑)」

本が売れない時代に、書店が担う役割とは

最近は、住まいのある大阪・富田林をはじめとする、「地域」というテーマに意識が向いているという中川氏。前述のような個性派書店がもてはやされる反面、どこの街にも必ず1軒はあったような小さな本屋さんが消えていく現実への問題意識もある。その地域で暮らす人たちの人生に、書店がどれだけ関わることができるのか? 本が売れない時代に書店が新たな役割を見出すには、そんなところにもヒントがあるのかもれない。

たとえば、サンフランシスコで訪れた「アドビブックス」*6では、常連客の一人が撮り続けた街の人たちのポートレイトが、1冊の本にまとめられ、販売されていることに感銘を受けたという。気負うことなく、それでいてクリエイティブに地域と書店が関わる、自然なありようがそこにあった。

「本屋って、もっとみんなが関わるべきなんちゃうかなあって。本屋が自分の街にあったほうがいいと思って、欲しい本があって別に急いでいなければ、Amazonで買わずにその店に注文したりとか。地域の人がもっと、本屋を利用し倒すような仕組みづくりができたらなあと。それこそ、まだ何も始まっていないような気がしてるんですよね」

中川氏と松村氏

イベント概要

本のある場所の魅力
クリエイティブサロン Vol.126 中川和彦氏

書店が本を出版したり、書店を作った人の本が売れていたり、出版業界の不況とは裏腹に、インディペンデントな書店への憧れや人気は、高まりを見せています。そこで、書店を作るためには具体的に何が必要か。また、現在の書店の状況について、みなさんと共に話をしたいと思います。

開催日:2017年05月30日(火)

中川和彦氏(なかがわ かずひこ)

スタンダードブックストア

スタンダードブックストア店主。1961年大阪生まれ。2006年に『本屋ですが、ベストセラーはおいてません。』をキャッチフレーズに、カフェを併設する本と雑貨の店・スタンダードブックストアオープン。本は扱うが本屋を営んでいる意識は希薄で人が集まり、人と人が直接触れ合う場を提供したいと考え、ジャンル問わず様々なゲストを招いてイベントを数多く開催。

http://www.standardbookstore.com/

中川和彦氏

公開:
取材・文:野崎泉氏(underson

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。