遊びの中から探る21世紀の「文化住宅」のあり方。
クリエイティブサロン Vol.125 前田裕紀氏

「前田文化」とは茨木市の住宅街に佇む’60年代に建てられた文化住宅の物件名であり、建物を利用しさまざまな活用の提案と実践をおこなう団体の名称。「前田文化」の管理人であり、数々のプロジェクトの生みの親である前田裕紀氏と、ローカルカルチャーマガジン『IN/SECTS』代表の松村貴樹氏を交えてのトークは、ゆるい語り口と一見、遊びと思わせる活動の中に、文化住宅を自分たちの手で生まれ変わらせ、新たな価値を探る、そんな姿勢が伝わってくる内容となった。

前田裕紀氏

ここは何をするところ?「前田文化」の活動からみるコンセプトとは。

そもそも文化住宅とは、1950~60年代の高度成長期に関西で多く建てられたもの。各部屋に専用の台所とトイレを備えた集合住宅はその豊かさから「文化住宅」と呼ばれた。しかし50年の時を経て老朽化が進んで多くは解体され、駐車場やマンションのような面白みもない姿に変えられるか、空き部屋だらけの状態で放置されているという。前田裕紀氏が祖父の管理する「前田文化」を引き継いだのは、高い志しというよりは、「ここで何かできたらという軽い気持ちから」だったという。

まずは昨年10月におこなわれた前田文化×劇団子供鉅人による「文化住宅解体公演」のダイジェスト映像からスタート。これは参加者が部屋をまわり、各室で繰り広げられる住人のエピソードを元にした芝居を見た後に全員で解体作業をするというもの。2014年からはじまった活動はこのように解体そのものをイベントにしたり、逆につくる過程もワークショップ化するなど、この3年間で実にさまざまな取り組みをしてきた。どれもがどこかヘンで面白い、そんな「前田文化クロニクル」をスライドで紹介していく。

前田文化前での集合写真
[パフォーマンス]101号室↔道路間の開通セレモニー(2014年2月9日)

それは101号室から「アパート新幹線まえだ」を引きずり出した日に端を発する。建物に新しい入口をつくろうと101号室の壁をぶち抜き、なかから新幹線のオブジェが飛び出してくるパフォーマンスをおこなった。なぜ新幹線か?「以前の入口から道路へのアクセスが30秒なのに対して、新入口からは3秒ですむ。1/10に短縮された入り口の開通、スピードの象徴=新幹線です」(前田氏)。一見くだらないと思えることを改めて問い直す、言わば意味がありそうなことや需要がありそうなものこそ、実は無意味なんじゃないかというカウンター。そのためにひとがおおよそやらないだろうと思うようなことを真剣に取り組む、これこそ前田文化が貫くコンセプトといえるもの。

次々繰り出される企画で何か面白そうな匂いがする場所に。

元力士の芸人が壁を解体する「お相撲さん、壁を壊してください」「密室風呂桶制作6時間ライブ」「大寒波小屋の制作と凍死者の監視」と、タイトルを列挙するだけでも興味をそそられる。それ以降も「飛ばない鳥人間コンテスト・REDBULL FLUGTAG KOBE 2015出場」に未来のラーメン屋台型飛行機を製作して参加したり、「前田の髪型コンペ公開カット」ともはや建物とは関係のない領域まで。「畑を耕して野菜を育てたり、ピザ窯をつくったり。リノベにまつわることはひと通りやってみました」と前田氏。とはいえピザ窯も風呂同様に「ジャマになったから壊した」と躊躇なく、めざすものがそんなフツーではないことは明白だ。かとおもえば空き部屋対策活動も。建物の上下のフロアを使い、ここを「ピンホールカメラのスタジオ」として使う提案や、「誰かが滞在し続ける」=住人になる、という企画も。これは空き部屋に数日間滞在し、「毎日素振り1000回」といった前田氏から出された課題をこなす地獄の内容。

こうやって一連の活動を見ていくと、笑いのなかに通常のリノベにまつわるイベントへの批評性が忍ばされていのがわかる。ある学生寮のリノベプロジェクトでは、ワークショップの終わりと休憩の時間を告げるための鳩時計を製作したが、時間のメリハリがなく、なんとなく進行し、なんとなく満足して終わるワークショップに対しての警鐘ともとれる。批評性の最たるものが『サイレント・トークライブ in 前田文化』。ここでは「創造文化都市に文化住宅は必要か」という抽象的なテーマに対して、都市政策科准教授、キュレーター、建築家、ロボット工学教室主宰者といかにもな架空のゲストスピーカーを立て、キャラ設定に全力を注ぎ込み、当日はひたすら「沈黙」という前代未聞のイベントだ。

イベント告知イメージ

キラーコンテンツは「餅つき大会」?! 近隣にとって関係性はいかに。

「もう一度文化住宅の良さに気づいてもらえれば」との思いで活動してきたが、当初近隣からは、お世辞にも好意的な評価は向けられていなかったという。それが3年で少しずつ変わった。「年末に餅つき大会をはじめて、それが今や恒例行事に。餅つき大会は力があります。これをすることで、1年間無茶なことやっていてもリセットできる(笑)」(前田氏)。とはいえここでも2階から吊り下げられた人が餅をついたり、解体公演後に臼を超高速で転がすスロープをつくったり。「餅に“G”がかかると、縁起物になるような気がして」と言う前田氏に対して、「相当バカなピタゴラスイッチですね」と終始ツッコミ続ける松村氏。

最近では近所の子どもが集まって、秘密基地をつくるかのように遊ぶこともあるという。例の「新幹線ドア」を24時間開け放して、工具や廃材なども置いていたら、放課後、子どもたちが集まって自分たちで2階建ての小屋を建てた。「これはよくあるDIYワークショップではなく、自然派生的にはじまったもの。実に正しく美しい、ものづくりのカタチです」(前田氏)。壊されるのを待つばかりの文化住宅がその活動を通して、多くの人やことを巻き込んでいく魅力溢れる場所に変わっていく。

町との関わりといえば、これまでの活動が行政の知るところとなり、茨木市主催の「茨木音楽祭」で子ども向けワークショップの依頼があった。これまでもさおり織り機を自分たちで製作し、デイサービスに安く提供するという活動をしていたが、これを受けて「茨木神社で布を織る」というワークショップを開催。全長4m×8m、高さ4mの巨大織り機を大人が動かし、参加者の子どもが横糸を持って左右に走ることで、一枚の布が織られていく。6時間かけて織られた布は「こどもの日」にちなみ、大きな目をつけ、鯉のぼりとしてメイン会場に展示された。

餅つき大会に集まる人々
第2回餅つき大会 in 前田文化(2016年1月10日)

アートか?  悪ふざけか? そのボーダーにある面白さ。

前田氏にとっては「大家として生計を立てるのが最終目標」だという。「だけどマンションに建て替えたり、駐車場にするような安易な方法はとりたくない」。そのゴールに向かって選択肢をつくるためには、いろいろやってみないとわからないと試行錯誤して、気がつけば4年。「試行錯誤もはなはなだしい(笑)」(松村氏)。

ちなみに松村氏と知りあうきっかけとなったのは前田氏が制作していた『月刊シュミレーション』。これは全ページ「シミュレーションすること」がテーマの雑誌。「彼のやっていることは基本実験ですよね、雑誌をつくるというふりをしてボケる。そして今は文化住宅をリノベするふりしてボケてる。メディアが変わっただけ。でもこちらのほうが肉体的で、彼に合っている気がします」(松村氏)。

前田文化の活動をどうとらえるか。批評性を持ったアートプロジェクトか、文化住宅という廃れいく建物の記憶に対してのリノベというテーマの実験か、はたまた壮大な悪ふざけか。前田氏はたいそうな文脈で語られることを慎重に避けている。だからこそ「くだらない」と思われる部分に徹底的にこだわる。「アートプロジェクトやリノベが下敷きにはありますが、なるべくフリとしてしっかりつくって、少しズラせば面白くなるのではと思っていて」(前田氏)。

壊すでもなく、つくるだけでもない。彼らの興味の対象は刻々と変化し、「風呂なし」がウィークポイントと思えばつくるし、逆にそれが魅力だと思い至れば、潔く壊す。そうやって毎週日曜におこなわれる行為の積み重ねが、やがて文脈となり文化となる。「まわりの文化住宅の大家さんにも、こういう事例があることを見てもらいたい」

文化住宅が時代の流れの中で変化する姿を伝えていきたい。

「いつも不安だし本当に大変と思いながら、でもやっちゃう(笑)」。そんな前田氏が次にやりたいこととしてあげたのは、発掘調査。「遺跡や埋蔵金がでなくても、この土地の地層が楽しめる。40年前にどんな人が住んでいたのか、つねづね考えてはいたけれど、さらに遡って100年前、1000年前、この土地にはどんな人が住んでいたのかを調べるプロジェクトにしたいなと思って」。

解体した1階スペースの活用方法についても「今1階は一辺15mの長方形になっていて、それってピッチャーマウンドからキャッチャーまでの距離とほぼ一緒。なのでカフェスペースの横で、セミプロクラスのピッチャーに投球してもらって、一日中飛び交う球筋見ながら、コーヒーやお酒を楽しめる空間をつくるとか」とふざけたプランを画策中。

ほんの50年ほど前、この場所が持っていたエネルギーに満ち溢れた風景を再現する、それが文化住宅を昭和の時代から受け継いだ自分たちの使命だと考えている前田文化によって、まだまだ面白い実験は続いていくようだ。

前田氏と松村氏

イベント概要

前田文化住宅
クリエイティブサロン Vol.125 前田裕紀氏

大阪府茨木市の住宅街にある前田文化住宅。何の変哲もない文化住宅が、8年ほど前から様子が変化し、昨年には、解体を演劇公演にしたその名も「解体公演」なる舞台を成功させました。全国でも希有な活動を行う前田文化住宅をぜひこの機会に知ってもらいたいと思います。また、そのアイデアについて、みなさまとお話しできればと思います。

開催日:2017年05月29日(月)

前田裕紀氏(まえだ ゆうき)

前田文化住宅

大阪府茨木市生まれ。九州の大学を経て東京の会社に入社。祖父の体調不良を理由に帰阪。以来、前田文化住宅の管理人をしながら、雑誌制作などをおこない、現在、内装の職人として働きつつ、前田文化住宅のプロジェクトを続ける。

http://maedabunka.com/

前田裕紀氏

公開:
取材・文:町田佳子氏

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。