熱量と出会いが切り開く、おもしろい未来
クリエイティブサロン Vol.88 加藤洋氏

いかにすれば顧客と理想的なコミュニケーションを図り、満足度の高いサービスや商品を提供できるか? いかにすれば自分たちは幸せになれるのか?
気鋭のIT企業、株式会社TAMでWebサイトの受託、ソーシャルメディアの運用に従事しながら、社内起業家として「しゃかいか!」というWebメディアを昨年ローンチさせた加藤洋氏は「熱を持ってより良く流れるかたちを作る」というメッセージを掲げ、先の課題について語る。探検家のような好奇心と自由なマインドを擁する90分の旅が始まった。

加藤洋氏

顧客の目的を握る「PGST」という秘密兵器

まずは加藤氏が所属する株式会社TAMについての紹介から。社員は約120人、内訳は大阪(70人)、東京(50人)、シンガポール(3人)で創業23年目。千趣会、ベルメゾン、積水ハウス、京セラなどを顧客とする。入社6年目となる加藤氏はコミュニケーションプランナーとしてソーシャルメディアの運用支援・コンサルに取り組む。

加藤氏はWebやソーシャルメディアを作ることより、その前段階に注力するという。
「ソーシャルメディアのネタ集めやお客さんの中で統一されていない意見をまとめるようなワークショップ、お客さんの中にはやる気のない人もいるので役割分担を決めてモチベーションアップを図ったり。また、Facebookなどのリテラシーにばらつきがある場合は勉強会を開き、今後の運用がきちんとできるような体制を作ります」

Web系の企業の多くは制作を成果物にしがちだ、しかしTAMは「パートナー型デジタルプロダクション」というコンセプトのもと、顧客のビジネスモデルと課題を理解し、問題解決を目的とするという。いわば、売り上げを上げる、アクセス数を伸ばす、そうした結果が同社の成果物なのだ。
「『どういう方向性で何をやりましょうか?』という戦略という戦術を明確にして、あとは死ぬ気でがんばります。うちはドMというか(笑)、お客さんのために頑張るメンバーが揃っているのでそんな感じです」

そうした取り組みに就てTAM、そして加藤氏は「PGST」というフレームワークを活用する。Purpose(目的)、Goal(目標)、Strategy(戦略)、Tactics(戦術)という要素を明確にすることで事業を効率的に推進させるフレームワークだ。

加藤氏はここで「ほげほげの塾生応募数の拡大」という架空の塾の課題をサンプルに説明する。

「PGST」サンプル

「『ほげほげ塾の塾生を増やしたい』というお仕事が来た時、P(目的)に『ほげほげ塾の塾生を増やすため』、G(目標)には『更新頻度を高めてWebの更新は週に1回』といった数値目標を入れ、S(戦略)には『そのために更新しやすいWebサイトを作ります』『Webとソーシャルメディアを連携させる』という流れを書き込み、『Webサイトの更新情報をソーシャルメディアに連携する』『塾生による1週間3回程度の情報発信をしてもらう』というT(戦術)を決めます。『これなら目標を達成することができますね』という全体の流れを顧客と『握って』から仕事に入ります」

多くの場合、プロジェクトを進めるうちに「これって目的はどうだっけ?」とブレたり方向性や目的を見失いがちだ。そこでミーティングなどで随時、PGSTを明確にすることで目的がブレないようにする。

「こうしてお客さんの目的を自分たちで『握れる』だけ握って、気持ちをわかってもらう」と加藤氏。曖昧な事をPGSTによって具体的な形として捉える感覚と言おうか、この『握る』という加藤氏の言葉は感覚的によくわかる。ちなみに、このクリエィティブサロンに出演する際にもPGSTを作り、彼はG(目標)として「『よかったー』って3人に言ってもらう」と記入したとのこと。
「PGSTを作ることはTAMの中では重要なスキルです。最初はちゃんと作れなくて苦労します。これが作れるようになれば、TAMでなくても絶対に食べていけるんです」

「しゃかいか!」で、ものづくり現場を紹介、応援する

ただ、加藤氏自身がソーシャルメディアの運営やコンサルティングをやっていると、Webの文脈ではPGSTを担保することができないということになった。

そして、PGSTの内容を実現するため、「しゃかいか!」という社会貢献性の高い取り組みを作ることになった。それが「しゃかいか!」というものをやりたいと思ったきっかけだった。その前提としてTAMの社長は会社が将来を設計するためにも増収は必須と考え、さらに2030年までに社長を50人作るというビジョンを持っていた。
そうした状況の中、加藤氏は社会科見学、工場見学を通じて日本のものづくり現場を紹介、応援するソーシャルコミュニティ、「しゃかいか!」を設立。加藤氏も50人のうちの1人なのだろう。

「しゃかいか!」ウェブサイトトップ
「しゃかいか!」ウェブサイト

「しゃかいか!」では一年間で約200の工場を紹介するが、彼らが注目するのは職人が誇りを持っており、背景やストーリーがある工場。例えば加藤氏が注目するのが電動車椅子制作に携わるWHILLというベンチャー企業だ。日産自動車、ソニー、オリンパスといった企業を脱サラし、電動車椅子作りにかける人々だ。彼らとはコンテンツのみならず、東京の神保町のHASSO CAFFÈにてイベントを開催するなど、コラボレーションも実現した。

社会貢献の高いコンテンツであるが、CSRではなくあくまでも投資だと加藤氏は考えている。しかし、ビジネスモデルは確立されておらず、未だ完成していない。どのようにマネタイズしていくかはこれからの課題なのだ。
「おそらく1万ページのWebが構築できれば、広告や販売などマネタイズは不可能ではない。しかし、どれだけ純粋で居られるかが大切だと考えている」と加藤氏。TAMの社長もそうした意向を理解し、モラトリアム期間を設定、長い目で見てくれているという。

仕事を、人生を深化させる3つの考え方

また、「情報の非対称性に挑む」という考え方は、ソーシャルメディアで企業の情報をユーザーに発信する加藤氏にとってベースになっているテーマだという。
「お客さんの偉い人に『加藤さんには情報の非対称性に挑んで欲しい』といわれたことがきっかけ。概して、企業の中にある情報とユーザーやお客さんが企業に対して持つ情報が違うことが多いもの」
そのギャップを埋めない限りコミュニケーションは成立せず、結果的に無駄なコストがかかってくる。
「そこで『企業の中にある情報の形とお客さまの中にある情報の形をすり合わせる』ということが自分達が求められているのだと思っている」
人型に☆マークや□を書き込みながら加藤氏が解説。その説明は非常にポップで分かりやすい。

ホワイトボードで説明する加藤氏

また、「鶏が先か? 卵が先か?」という問いかけを交えた「螺旋的に発展する」という考え方も面白かった。成長や発展は折れ線グラフで表現しがちだが、それで捉えることはできない。事物は螺旋のような動きをしながら、発展しているという。直線的にメリットを得ることはなく、様々なトライアルや努力を重ねながら、総体的に様々な部分で状況は改善されていくという。努力を重ねても直線的に結果は見えないが、様々な取り組みを経て、気付くと1段階向上しているというのが螺旋的な発展なのだろう。

もう一つは「散逸構造を作る」という考え方。「しゃかいか!」は「エントロピーを上げる」というテーマを持っている。
「周りに影響を与える熱を持ちたい、そのために取材やイベントを行って熱を持つことで、『しゃかいか!』の周囲に空気や水のような大きな流れが出来てきて、それがあると人が来てくれる。『しゃかいか!面白いことしてますね』『元気でいいですね』と言ってもらって、興味を持ってもらえるから」

さらに、熱量の高い人と出会うことで、お互いの熱量によって新しい流れのようなものができる。こうして熱を持つことで周囲に空気や水の流れが発生し、新しい動きが派生する。大きな熱量を持つ者同士が合流することで、さらに大きな動きが発生し、周囲にまた新しい流れが起きる。いわば、人との出会いの中で生まれる可能性を化学的な現象で捉えるのが加藤氏のパラダイムだ。

「しゃかいか!」のビジネスモデルについてメビック扇町の堂野氏に尋ねられた時「さあ、どうでしょうね?」と苦笑した加藤氏だが、闇雲にビジョンを語り倒す姿勢ではなく、今後の成り行きを誠実に考えようとする姿勢に好感が持てた。GoogleしかりAppleしかり、イノベーションの多くは未知数で曖昧な状況からブレイクスルーを起こす。「しゃかいか!」がブレイクスルーを起こした時、どんな未来が開けるのか楽しみにしたい。
しかし、実際にPGSTを使ってみると、いろんなことが捗った。

会場風景

イベント概要

熱を持ってより良く流れるかたちを作る
クリエイティブサロン Vol.88 加藤洋氏

はじめまして加藤洋です。株式会社TAMでWebサイトの受託制作、ソーシャルメディアの運用支援などをしています。ほぼ1年前にしゃかいか!というWebメディアを立ち上げました。
私たちが取り組んでいるWebマーケティングの世界は技術革新が早く日々変化しています。スマートフォンなどの普及によってより身近になるWebが企業と消費者の距離を縮めるときに、ぼくたちに何ができるのか。
自分たちの足元を確かめながら、3年後、10年後にどうあるべきか。日々の取り組みやこれからについてお話できればと思います。

開催日:2015年10月08日(木)

加藤洋氏(かとうひろし)

しゃかいか! / 株式会社TAM

1975年京都生まれ 滋賀在住。しゃかいか!編集長 株式会社TAM取締役 / コミュニケーションプランナー / アートディレクター
DTPデザイン、ECサイトの立ち上げなどを経て株式会社TAM入社。数多くのWebプロジェクトに携わる。ASCIIウェブプロフェッショナルにて、「今日からできるFacebookファンページ制作&運用ガイド」を連載し出版。昨年よりはじめたWebメディア「しゃかいか!」を通じて企業と消費者の新しい関係づくりに挑む。

https://www.shakaika.jp/

加藤洋氏

公開:
取材・文:櫻井一哉氏(Solaris)

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。