クリエイティブビジネスフォーラム

APA × Mebic「広告の未来」

基調講演では、広告写真専門誌『コマーシャル・フォト』編集部が発表する「日本の広告ベストテン」から、1990年~2013年の作品について編集長の川本康氏に解説していただきました。パネルディスカッションでは、基調講演を踏まえ、BOCO塚本氏の進行のもと5名のクリエイターの方々が話し合い、「広告とSPの境界」「広告の評価とは?」など、「広告」の存在意義について問う議論となりました。

なお、今回のクリエイティブビジネスフォーラムはAPA(日本広告写真家協会)とメビック扇町による共催で行いました。

基調講演「日本の広告ベスト250 1990年~2013年」
『コマーシャル・フォト』編集長 川本康氏

前史:「ロマン・夢・ファンタジー」の80年代

川本康氏

本題に入る前に、広告全盛期だった80年代についてお話いたします。2005年、弊誌が創刊500号を迎えたときに80年代から現在まで第一線で活躍する10人の広告写真家を取り上げたことがありました。それを参考に、80年代の代表的な広告と広告写真家を挙げておきます。80年代を押さえておくことで、90年代以降に何が起こったか、理解できるかと思います。
まずは高崎勝二さん。「サントリーオールド」の広告は当時は珍しかった海外ロケ、ニュージーランドで撮影を行っています。このあと、高崎さんは数多くのサントリーのお仕事をされることになります。同じく「サントリーオールド」の写真を手掛けた坂田栄一郎さんは、一枚の広告写真のためにシャッターを1800回切ったという逸話が残っています。忌野清志郎と坂本龍一の「い・け・な・いルージュマジック」は十文字美信さんの撮影。ここで使われている1万円札2000枚はすべて本物ということです。80年代の広告をひとことで表現するなら、「ロマン・夢・ファンタジーの世界」。今では考えられないような作り方、表現が可能だった時代といえるでしょう。


サントリー宣伝部+電通+浅葉克己デザイン室 AD: 浅葉克己 D: 大木理人 C: 長沢岳夫


サントリー オールド AD: 井上嗣也 C: 魚住勉


ロンドンレコード B0判ポスター 企画制作社: ビーンズ AD+D: 井上嗣也 D: 上田拓 C: 仲畑貴志 ST: 伊藤佐智子
HM: 矢の澄生

大貫卓也が牽引した90年代

「90年代はアートディレクター(AD)・大貫卓也さんの時代」といっても過言ではありません。90年代のベストテン約100本のうち、3割が大貫さんの仕事で、としまえんやラフォーレ原宿の広告を長期に渡って担当されました。としまえんの新聞広告「史上最低の遊園地」(90年)は、家族の写真があって、お母さんに「ダッサー」、お父さんに「来るんじゃなかった」というセリフを言わせ、広告のいちばん下に「今日は4月1日です」というコピー。多くのクリエイターに衝撃を与えた広告です。また、ラフォーレ原宿のグランバザールの広告(90年)は、キッチンから火災が発生しそうな写真で、パッと見ただけでは何の広告だかわかりません。「女性がラフォーレのバーゲンに駆けつけて、誰もいなくなったキッチンが火事になっちゃうよ」ということなのですが、コピーはなく、「Laforet Grand Bazar 7/20-24」の文字が入っているだけです。ほかにも、ポスターでCGを持ち込んだ作品として画期的な日清食品カップヌードルの「hungry?」のポスター(92年)、スナップのようなテイストの写真を使ったトヨタ自動車「カレン」(94年)、ゆるキャラのペプシマンを起用したペプシの広告(96年)など、さまざまな手法を広告に持ち込み、90年代の業界に大きなインパクトを与えました。


企画制作社: 博報堂 SCD: 宮崎晋 AD: 大貫卓也 D: 内田邦隆 C: 岡田直也 P: 狩野毅 ブラシ: 杖村さえ子 製版: 新製版


ラフォーレ原宿 グランバザール[ポスターB倍判2連貼] 企画制作社: 博報堂 SCD: 宮崎晋 AD: 大貫卓也 D: 内田邦隆・内山章
C: 岡田直也 P: 白鳥真太郎 I: 杖村さえ子 美術: マーブリングファインアーツ 印刷: 星光社印刷

こういった大貫さんの仕事とは対照的に、ADの葛西薫さんや副田高行さんは、広告の王道を行く作品を残しています。葛西さんは1980年代からほぼ30年間もサントリーウーロン茶の広告を担当。「中国はのんびりとしたいい国」という当時のイメージを表現した一連の作品は90年代、何度もベストテン入りしています。副田さんはシャープの企業広告(91年)や、「愛とか、勇気とか見えないものも乗せている」(93年)などのJR九州の一連の仕事が代表作です。
この時代の「若手AD」としては、90年代後半にラフォーレ原宿の広告を手がけた青木克憲さんや、ホンダ「インテグラ」(96年)で一躍有名になった佐藤可士和さんなどが挙げられます。彼らは「大貫さんに影響を受けながらも、いかに大貫さんよりインパクトの強い広告を世に送り出すか」に挑んだ世代といえます。

ベストテンの常連コピーライターとしては、大貫さんと組んだ岡田直也さんが出てきます。また、注目すべきは前田知巳さん。当時はまだ若手といえる世代で、「おじいちゃんにも、セックスを」(98年)など宝島社の仕事で90年代後半にランクイン。のちの2000年代をリードする存在になります。

フォトグラファーもコピーライターと同様、ラフォーレ原宿の広告などで大貫さんと数多くの仕事をしている白鳥真太郎さん、葛西薫さんとのコンビでサントリーウーロン茶の広告を手がける上田義彦さんなどの名が挙がります。
ほかに、この時代に特徴的な作品として、VOLVOの企業広告(90年)も紹介しておきたいと思います。コピーは「私たちの製品は、公害と、騒音と、廃棄物を生み出しています」という企業イメージとしてはマイナスな内容。ファンタジーではなく、ファクト(事実)を前面に出した広告として、インパクトを与えました。80年代の「夢・ファンタジー」とは対照的な、リアリティ志向の広告が、このころから増えてきたのではないかと思います。

スピード感、デザイン重視の2000年代

2000年代に入ると、90年代のように突出したADはいませんが、ベストテンの登場回数で見ると、葛西薫さんと佐藤可士和さんが同数でトップ。副田高行さんも安定的にお仕事をされています。その一方で、野田凪さんや佐野研二郎さんといった新しいADも登場しています。葛西さんはいずれもサントリーウーロン茶でのランクイン。佐藤さんは、一目見ただけで「佐藤さんの作品だ」とわかる域に到達しています。コピーも写真もなく、麒麟のグラフィックと「極生」の文字のみで構成された、デザイン重視の広告「キリン極生」(02年)などは、この時代の広告の大きな流れである「スピード感」が表現されています。


企画制作: 博報堂+サムライ CD: 佐藤可士和+前田知巳 AD+D: 佐藤可士和 C: 前田知巳 D: 佐野研二郎
パッケージデザイン: 佐藤可士和 ネーミング: 前田知巳

消防士が水を撒く写真が評判を呼んだ「としまえんプール」(2000年)が出世作となった佐野研二郎さんは、スピードも感じさせつつ、見る人に伝わりやすい、バランス感覚のよい作品を作っておられます。「としまえんプール」以降、数多くのタッグを組んだ瀧本幹也さんとの仕事では特にバランスのよさを感じます。同じく当時の若手で注目を浴びていた野田凪さんは、佐野さんとは対照的。教会の祭壇に巨大な女性の顔があり、長い舌がバージンロードの上を伸びている「ラフォーレ原宿」(03年)の広告のような、謎めいた写真が多い。女性のドロドロしたところを隠さず出すような、女性ならではの感性が、従来なかったアートディレクションを生み出しました。若くしてお亡くなりになったのが残念です。また、手書き文字のコピーが印象的な「キューピーハーフ」(98年〜)で知られる服部一成さんも、2000年前後から活躍が目立つようになりました。

コピーライターでは、サントリーウーロン茶の仕事を長期に渡って続けておられる安藤隆さんがランクイン。前田知巳さんも宝島社の広告で、三輪明宏を起用した「生年月日を捨てましょう」(03年)や、草原を駆ける馬群を使った「団塊は資源です」(06年)のような忘れられないコピーを生み出しています。
この時代を代表するフォトグラファーとしては、前代に引き続き上田義彦さん。新たな才能を挙げるなら、佐野さんと数多くの仕事をされている瀧本幹也さんです。じつは2000年代の前半、広告における写真の存在感が薄くなった時期があります。スピード重視、デザイン重視の風潮のなか、写真もつくりこんだものよりもリアリティや日常感といったものが求められたのでしょう。この時代、ベストテン入りした広告には「ADが自分で撮った」「起用したタレントさんが撮った写真を使った」というものがあります。デジカメが普及したことも大きいと思います。

震災を経て、広告の力でもう一度日本を活気づける

2010年のベストテンを見ると、グラフィックの力が「弱くなっているのかな」と感じました。『コマーシャル・フォト』の編集部では、月ごとのベストアドを決めて、そこから年間ベストテンを選定するのですが、2011年からWEBとグラフィックを一緒に審査するようにしました。すると、WEBのほうがたくさん選ばれる事態になり、「これでいいのか?」と議論にもなったんです。そういう経緯があったことや、震災の影響もあって、2011年度のベストテンを選出していません。2012年になると、ようやく広告写真に力が戻ってきたと感じることができるようになりました。1位はトヨタ自動車のReBORNキャンペーン広告。ビートたけしと木村拓哉を、それぞれ豊臣秀吉と織田信長の生まれ変わりとして登場させてドライブをさせるテレビと連動した企画です。3位も同じくトヨタ自動車のReBORNキャンペーンのドラえもん実写版編。9位にもトヨタ自動車のハチロクの広告がランクインしています。この年はトヨタがグラフィックにたいへん力を入れていて、一枚ものの写真にこだわった作品を出しています。翌2013年の1位もトヨタ自動車のクラウンの広告。撮影されたピンクのクラウンは、のちに商品化されました。「権力より、愛だね」のコピーは前田知巳さんの作品です。


企画制作: シンガタ+副田デザイン制作所+フューチャテクスト+電通+電通クリエーティブフォース+トレードマーク+ギークピクチュアズ CD: 佐々木宏 C: 前田知巳 AD: 副田高行・佐野研二郎(ReBORNロゴ) D: 溝江彩 CPr: 西山雅也
Pr: 西澤恵子・稲垣護 P: 上田義彦 ST: 大久保篤志・伊藤佐智子 HM: 佐藤冨太・永倉雅之・江川悦子(かつら)
印刷製版: 星光社印刷


企画制作: シンガタ+MR_DESIGN+電通+電通クリエーティブフォース+トレードマーク+ギークピクチュアズ
CD+PL+C: 佐々木宏 PL+C: 澤本嘉光 AD: 佐野研二郎 D: 村上雅士 P: 滝本幹也 CPr: 西山雅也
Pr: 俊成和作・西澤恵子・小佐野保・稲垣護 ST: 伊藤佐智子 HM: 勇見勝彦・稲垣亮弐・岡野たまえ・拓殖伊佐夫・藤原カクセイ(かつら) A: 小林康秀 アニメーション: シンエイ動画 画像処理: 栗山和弥 キャラクター管理: 藤子プロ・アサツーディ・ケイ

最後に、弊誌のベストテン登場回数を集計して「90年代からのオール・タイム・ベスト」を選んでみました。
ADはやはり大貫卓也さん。コピーライターは前田知巳さん、フォトグラファーは上田義彦さんという結果になりました。クリエイターとして忘れてはならない人があと一人、クリエイティブ・ディレクターの佐々木宏さんです。90年代から現在まで、活躍されている方です。佐々木さんはトヨタのReBORNキャンペーンを指揮されていますが、上田さんや佐野さん、前田さんといった先ほどから名前が挙がっている方々を起用されています。「広告業界の力を結集して、日本をなんとか元気にしたい」という意図を感じます。
以上、駆け足で24年間の広告を追ってきましたが、時間も尽きましたのでひとまずここで終わらせていただきます。

パネルディスカッション

パネリスト(五十音順)
  • 碓井智氏|(株)電通関西支社 コピーライター
  • 大垣ガク氏|アシタノシカク株式会社 アートディレクター
  • 奥脇孝一氏|APA正会員 フォトグラファー
  • 川本康氏|『コマーシャル・フォト』編集長
  • 竹上淳志氏|(株)博報堂関西支社 アートディレクター
コーディネーター
  • APA理事 フォトグラファー BOCO塚本氏

24年間の広告ベストテンを振り返って


BOCO塚本氏

塚本:まずは川本さんの講演を踏まえて、感想をお聞かせください。

竹上:今まで勉強してきた広告を一気に見せてもらい、ずっしりときました。

奥脇:80年代のバブルから90年代にかけての作品は、ほとんど知っています。先ほど出てきた作品の中では、サントリーの「冬のラブレター」、ジャガーの白黒の写真、JR東海の「そうだ 京都、行こう。」が好きですね。

大垣:僕が働き始めたのが98年ごろ。それよりも前の広告は新鮮で、広告が文化を作っていた、発信力があった時代だと思います。いろんな手法を試しておられた大貫卓也さんの時代は憧れますね。その後、佐藤可士和さんのスピード感の時代が来ます。景気が悪くて社会全体が不安感に覆われている状況を、デザインの力で突き抜けていったという印象があります。佐藤さんはそこからブランディングの方向へ行かれるわけですが、大貫さんなんかもいち早くセールスプロモーション(SP)に手をつけられていて、お二人のようなトップクリエイターがマス(マスコミ媒体)とSPの垣根を壊していかれたんですね。


碓井氏

碓井:今日のランキングを拝見して、「大貫卓也さんは天才だな」と率直に思いました。広告というのはチラシからマスメディアまで幅広いわけですが、ランキングを見ると「ああ、こんなに限られた人たちで世の中の広告というのは作られているのか。こんなにシンプルにこの業界はできているのか」と感じました。川本さんに質問なのですが、これから「時代をリードするのはこの人だ」というクリエイターがおられたら教えていただきたいです。

川本:最近ですと、フォトグラファーの戎康友さん。弊誌でも特集しました。46歳ぐらいの方ですが、もともとファッション写真の方です。広告の世界に来られたのはつい最近ということもあり、新鮮味があるので取り上げやすいですね。かつてはフォトグラファーしか特集はしませんでしたが、今はアートディレクターの方も取り上げていて、戎さんとよくお仕事をされている長嶋りかこさんも紹介しました。広告業界の厳しい現状を切り開いていこうという意志を持っている人を取り上げたいですね。

広告とSPの垣根について


大垣氏

塚本:ありがとうございます。碓井さんにも、マスとSPの垣根について、ふだんの仕事の中で実感されていることをお話しいただきたいと思います。

碓井:僕の会社はマス広告で食べているようなものなので、マスを大切にしなくてはいけないという状況はあります。僕はコピーライターですが、7月にマーケティング・デザインという部署に異動しまして、デジタル系の若い人たちと一緒に仕事をしています。彼らは「この仕事はマスなのかSPなのか」という議論をしませんし、区別もしていない。僕はほとんどマスしかやったことがないのですが、マスとかSPという区分けをどれだけ壊して、これからの人たちと対話ができるかが重要になってくると思います。

塚本:大垣さんの会社はブランディングを手がけておられますが、やはりマスとSPは区別していないという傾向ですか?

大垣:僕もあまりマスとかSPとかいう見方はしていないですね。むかしはワンビジュアル・ワンメッセージをガーンと投下することで届いていた時代があったんでしょうが、今はもっと目線を下ろして人々に寄り添うようなコミュニケーションが必要とされていると思います。


竹上氏

竹上:私もマスとかSPとか意識はしていません。すぐれたビジュアルとコピーがあれば、それはすべてのものに展開して人々に届くんじゃないかと思っています。

塚本:竹上さんは現在、「ひらパー」の広告を手がけておられますが、ビジュアルとコピーをクライアントに認めてもらうために何か対策などはありますか?

竹上:「ひらパー」は電鉄系なので、意外と保守的です(笑)。「ツイッターなどで話題になっていますよ」とか、何度もそういう成果をまとめて提出し、説得します。

碓井:今、マーケティングや消費者のデータというのは、クライアントさんのほうが持っています。この先、代理店のマーケティングがどう生きていくか問題ですね。それは代理店のクリエイターの生き残りにもかかわってきます。代理店の人間は、マーケターならデータの分析や着眼点、クリエイターなら言葉の力を磨いてクライアントを説得させる、あるいは任せてみようと思わせる力をつけなければいけませんね。

広告の未来は明るいか?


奥脇氏

塚本:では、広告の未来は明るいのか、みなさんにお聞きしたいのですが。

碓井:川本さんの講演でいろんな広告を見せていただいて、やはり「言葉を尽くすより、写真で見たほうが早い」と感じました。写真が弱かった時期の広告はジャーナリスティックというか弱いですね。1枚の広告でも15秒のCMでも、広告という伝達手段はスピードの速さが強み。家庭や病院の中でも広告の手法を活用すれば、もっとうまくいくかもしれない。公共の場でも活用できるかもしれない。そう考えると、まだまだ可能性は感じます。

塚本:広告の手法をもっとさまざまな分野で展開できるのではないか、ということですね。会社を経営されている立場から、広告の未来から逃げられない(笑)大垣さんはいかがですか?

大垣:社名である「アシタノシカク」の「シカク」は「視覚」のことで、明日のビジョンをつかんでいきたいという思いがあるのですが、未来のことはわからないですね。メディア環境があまりにもめまぐるしく変化していて、予測しづらいのですが、ひとつ感じるのは今は「共感型」のコミュニケーションがすごく多いということ。トヨタの企業広告「もっとよくしよう」などは、あまりにも平たくて「それでいいのかも知れないけれど、もっと何か言ってほしい」とも思います。そのうち、揺り返しというか、新しいビジュアルやコピーが来るのではないでしょうか。

奥脇:後ずさりをしたくなってきたのですが(笑)、未来の広告、未来の写真はどうなるのかと考えると、個人の個性を信じたいと思います。


川本氏

川本:私は出版業界で働いていますが、「広告の未来は明るいか」を「出版の未来は明るいか」に置き換えると、出版で培ってきた手法をほかのものに応用できるのではないかと考えています。
コミュニケーションといえば、テレビCMのナンバーワンを決める「カンヌライオンズ」が細分化され、グラフィックやSP、WEBなどの部門が増えておよそ30部門にまで膨らんでいます。コミュニケーションに関係することであれば、なんでも賞を与えようということですね。一つの広告でいくつもの部門にエントリーできるので、CMで賞を取った広告がデジタル部門でも受賞するということが起こっていて、どれだけの部門で賞を獲れるか競う傾向にあります。それと、全世界的にコミュニケーションのあり方が変わってきていて、おもしろいコミュニケーションができればいいと製作者もクライアントも感じている。今、みなさんの発言を聞いていても世界の流れと一致していると思いました。

碓井:たぶん次の新しい表現がどこから出てくるのか、予想がつかないからこそ部門が細分化するし、それぞれの部門に可能性を感じますね。

川本:今年、カンヌのチタニウム部門でグランプリを獲ったのは、日本のホンダの広告「Sound of Honda Ayrton Senna 1989」。25年前、アイルトン・セナが残した走行データをもとに、無人の鈴鹿サーキットに光の軌跡でその走りを表現し、エンジン音を加えて映像化したプロジェクトです。テクノロジーと表現力のハイブリッドが生んだ広告といえるでしょう。「ハイブリッド」は広告の未来のカギになると思います。

碓井:最先端のテクノロジーとアイルトン・セナという郷愁を誘う要素がかけ合わさって、豊かなイマジネーションを人々に与えてくれます。

大垣:なぜ現在、テクノロジーが求められているのか。目線を下ろして、体験やライブ感を提供するのが今の広告には必要とされていて、それを実現するのがテクノロジーということじゃないでしょうか。

塚本:そろそろ時間となりました。パネリストのみなさん、ありがとうございました。

会場風景

公開

2014年09月12日(金)

取材・文

プレス・サリサリコーポレーション 細山田 章子氏

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