BIMの普及が建築主と設計者の関係性を変革していく
クリエイティブサロン Vol.45 鈴木裕二氏

様々なジャンルからゲストスピーカーとしてクリエイターを招いて、活動内容やマインドをお聞きし、ゲストと参加者がコミュニケーションを深める場として、定期開催されている「クリエイティブサロン」。45回目となる今回は、長年、構造設計分野の一級建築士として活躍され、今業界で注目される設計手法「BIM=Building Information Modeling(通称:ビム)」で日本の先駆者的存在である鈴木裕二氏がゲスト。2011年5月、メビック扇町において「BIM LABO」の立ち上げにも尽力し、BIMの研究、普及活動を続ける鈴木氏の話は、「そもそもBIMとはいったい何なのか? 何ができるのか?」という疑問の解消からスタートした。

鈴木裕二氏

世界から見た建築業界におけるBIMの普及状況と危機感

家やビルを建てる時、オフィスをつくる時…多くの発注者・施主が思うのは、「設計段階でもっと具体的に建物の状況や機能が分かるようにならないだろうか」ということだろう。鈴木氏が7年前から取り組んでいるBIMは、そうした課題を解決する設計手法であり、建築分野ではこれまでの設計手法を大きく変えるものだと言われている。
具体的には、2D、3Dの図面を複合的に捉えて構成でき、視覚的に再現が可能。また設計・監理・維持管理まで一貫して行えるのも画期的だ。一般によく比較される3DCGとは異なり、壁や鉄骨等の部材に関する情報(色、質感、型番、価格、耐久性等の性能)まで、あらゆるデータを入力できることから、平面、立体での建物の形・構造の視覚化はもちろん、様々な環境による影響を予測するシミュレーションまで、多彩なアウトプットを実現するのだ。
「BIMという言葉を簡単に定義すると“建物を、情報として、コンピューターの中につくる”ということになります。BIMは現在、アメリカやシンガポール、韓国では国が率先して採用していますが、日本はようやく今年から本格的に検討段階に入った状況で、海外に比べてはるかに遅れています」
簡単な解説の後、論より証拠と実際の平面図を題材にそこから情報を一般の人が読み取ることの難しさが提示され、続いてBIMソフトを使った場合どうなるのかというレクチャーが行われた。

サロン開催風景
従来のAUTO CADで作成した平面図での情報の読み取りがいかに一般の人にとって難しいかの説明に一同納得

BIMを通して設計図面の中の建物、生活環境をバーチャルに体感する

「私たち「BIM LABO」メンバーが定義しているのは、BIMを用いた設計で『隠さない、全部見せる、歩いて見て回る』ということです」と鈴木氏の言葉と共にサロンに設置されたモニターの画面が動き出す。

〜豪奢な邸宅の 平面図、そこから立体的な3D図面へ。画面は、俯瞰から視線が降りてくる、やがて、その場に立つ人の視点に変化。ものの数秒で玄関から、吹き抜けのロビーを抜け、リビング、キッチンへと〜。
画面に映し出されたのは、まさに空を飛ぶ鳥の目、敷地を歩く人の目で見た図面の世界だった。
「BIMでつくった設計図面では、俯瞰から、真下から、あるいは断面図にして構造物の中の視点にも立てる。さらに生活者の視点で、廊下を歩けば何が見えるのか、窓からの風景は、壁の色やテクスチャーは…と、あらゆる面から建物の中を生活者・利用者の視点で見ることができます。そこから見えてくるのは、デザインの良さ・悪さだけでなく、利便性や瑕疵(かし)といった、実際に建築が始まって現場に立たないと分からないことばかりです」との鈴木氏の解説により、改めてBIMがもたらす革新的な世界への理解は深まっていった。
「建築分野では、設計変更は必ずあるというのが定説であり、実情です。実際に建物ができてからオーナーに計変更をさせられることも少なくありません。もちろん、設計者のミスやオーナーの認識不足もあります。そうした問題は、BIMで設計し、施工することによって事前に防げますし、色々なミスや不備を前もって知ることができます。このことは欧米の調査機関でも明らかにされており、マレーシアで設計変更による200万ドルの損失を防げたという例もあります」

BIMでつくった設計図面
BIMではあらゆる角度、視点から建物を見て、体験することで、デザインだけでなく様々な問題点も“見える化”できる

高度なシミュレーション・解析性能で、暮らす環境、建物の強さを予測

BIMの持つもう一つの特性として、鈴木氏が解説してくれたのは、BIMを使った様々なシミュレーション。流体解析等、用途に応じた様々なアプリケーションを導入することにより、建物に対する風の流れや部屋の1日の気温変化、建物に負荷がかかった時の構造変化や強度等を即座に“見える化”できることは、会場に訪れた人たちの驚きだった。
「これらは今までもシミュレーションできました。ですが、非常に難しく、専門的な知識が必要だったんです。BIMでは操作方法さえ理解すれば、簡単かつスピーディに誰でもシミュレーションや解析ができます。究極的に言えば、今までは構造の専門家しかできなかったことが、ある程度の知識を持った人間にも簡単にできるようになるというメリットがあるんですね」
すでに24時間365日の太陽の軌道データ、日照データ、外気温データは存在しており、指定の1日の太陽の動きと光と影の変化は、即座にシミュレーションできる。鈴木氏が所属するBIM LABOが、BIMを使った仮想コンペで神戸市長賞を受賞した「Build Live Kobe 2011」での風向・風量シミュレーションは20数時間を要したというが、今では同様のことがものの数分でできてしまうほどに進化しているという。
この機能を使えば、将来的には、震災や津波時の被害予想もできるなど、より安全・安心を加味した設計が実現する可能性が広がっている。技術者不足やプラグインツールの精度向上、環境データ・気候データ等のデータ入力は誰がするのか?という普及に向けた課題はまだまだあるが、BIMによって火災時の建物への影響、建物に対する風の流れ、室内の換気の良さ、室内温度等を、生活環境と照らし合わせながら事前に知ることができるのは、施主・発注者や設計者にとって大きなメリットだ。

BIMを使ったシミュレーション画面
研究者のような専門知識やプログラミング技能がなくても、建物データとアプリケーションさえ整えば各種シミュレーションが簡単

BIM、そしてBIMを使える設計者が変える建築の未来、業界の形

「今、大手ゼネコンや大手設計事務所では、発注者・施主と設計者がBIMを使った設計図面を、テレビ画面で共有しながら交渉を進めていく例が増えています。こうしたスタイルは業界のスタンダードとなっていくことは間違いありません。しかし、この状況の中、私たち「BIM LABO」は危機感を覚えています。それは資金力や人員の多い大手にはBIM技術者が居ても、中小の設計会社、工務店にはまだまだ少ないという現状があるからです。このままでは、中小企業や個人の設計者が生き残っていけません。だからこそ、私たちのBIM普及活動にはまだまだ終わりがありません」
と鈴木氏の言葉の通り、BIMが主流となれば、その場で設計を変更できる、その場で問題を解決でき、効率化できる、加えて今後はその場で予算を計算できるという3つのメリットから、遅れているとはいえ、日本でも導入が加速するのは当然。BIMのメリットに多くの設計者や業界企業がいち早く気づき、大手、中小、個人問わずどんな立場の人でもすぐに導入が進められるよう取り組む鈴木氏たちの活動は、そこにこそ本質があると言えるだろう。
「BIMの普及により、私たちがめざすのは、今回のサロンのテーマにも掲げた『建築を取り戻す』ということです。“いったい誰に取り戻すのか?”というとまず発注者や施主、そして次に設計者ですね。誰にでも分かりやすい図面、情報で、両者がすべての情報を共有しながら、理想の家、建築物をお互いの信頼の基に創り上げていく。それがBIMによって築かれた理想の未来です」
まだまだ課題が多いという現状もあるが、鈴木氏たち「BIM LABO」メンバーたちが普及に力を入れるBIMがもたらす、建築、業界の変革に大きな期待が寄せられる。

イベント概要

建築を取り戻す
クリエイティブサロン Vol.45 鈴木裕二氏

設計図を見てどんな建物か理解できますか、きれいなパースを見てその建物の使い勝手を想像できるでしょうか?
BIM(Building Information Modelingビム)というコンピュータの中で建物を建てる設計手法があります。このBIMを使って設計をおこなえば、建物の中を歩き、光や温かさをシミュレーションし、さらに計画して建てて壊すまでをコンピュータの中で誰でも体験できます。
BIMによって建築主の手に建築を取り戻す。そんな実例をお話しします。

開催日:2014年6月17日(火)

鈴木裕二氏(すずき ゆうじ)

建材メーカ勤務後1991年兵庫県西宮市に一級建築士事務所アド設計を設立。構造設計一級建築士として建築(構造)設計と、「アドメニュー」「addCad」などのAutoCADアプリケーションの開発を業務とする。2011年5月メビック扇町にてBIM LABO結成に参加、BIM による設計をすすめている。おもな著書に「徹底解説AutoCAD LT」シリーズ、「AutoCAD大事典」(いずれもエクスナレッジ刊)など。Webでは「実務者のためのCAD読本」を連載中。

鈴木裕二氏

2023年にご逝去されました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

公開:
取材・文:北川学氏(文士舎

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。