情報の美と、印象の美。ふたつが折り合うことでデザインの完成度は高くなる。
クリエイティブサロン Vol.41 杉崎真之助氏

少人数でクリエイターを囲み、その創造の根源に迫る「クリエイティブサロン」。今回のゲストはメビック扇町とも長いおつきあいのある、グラフィックデザイナーの杉崎真之助氏。コミュニケーションデザインの仕事を精力的におこないながら、実験的なグラフィックや造形を発表するなど、活動の幅を広げ続けている杉崎氏に、デザインの本質をテーマに、お話をうかがいました。

杉崎真之助氏

グラフィックデザイナーの視点を持つことは「デザインの本質」を知ること。

関西のグラフィックデザイン界のなかで、ひときわ強烈な存在感を放つ、杉崎真之助氏。最近ではリニューアルした近鉄百貨店のショッピングバッグのデザインや中之島フェスティバルタワーのロゴマークも手がけ、文化関連からブランディングまで、コミュニケーションデザイン全般で活動している。近年は教育関連にも積極的に取り組み、母校でもある大阪芸術大学でも教鞭をとる。授業を通じて学生に「デザイナーとしての視点」を持たせ、デザインの本質を理解させるようにしているとか。たとえば一年生の課題では、“できるだけ複雑に、一筆書きで”というルールのもと、自分の顔を描かせる。「構想して一定の条件下で何かを視覚化する、これもグラフィックデザインの要素です」。またコンビニで商品を買ってこさせ、なぜそれを選んだのか=無意識の中で何を思って買ったのか、をディスカッションする。これは「無意識のコミュニケーション」を探る授業。さらに作品の制作だけでなく展示までを経験することで、環境や空間との関係性を知り、客観的な視点も身につけさせる。またグラフィックデザインの歴史の中で、大きな位置を占めてきたポスターの制作も経験させている。「ポスターの面白さは原寸になった時の人との関係性。たとえば文字を紙の端から何ミリの位置に置くかで、全然見え方が変わってくる。そういう気づきを制作プロセスから感じてもらっています」

作例

版下制作のなかで培われた、デザインの根底にある身体感覚。

次のテーマである「身体感覚の重要性」を語るにあたって杉崎氏は、自身の作品を年代順に並べて解説した。まず小学3年生の時につくった学級新聞を映し出し、「デザインなんて言葉も知らない頃のものですが、これには文字、絵、レイアウト、段組のすべてが入っています。紙面の中でデザイン=コミュニケーションを設計する仕事と捉えると、これが自分のデザインの原点」。子どもの頃は漫画家になりたかったが、今考えてみると「作品を印刷されたいという願望だった(笑)」と分析。続いて初期の作品を見せながら、当時はタイポグラフィもすべて手作業でつくっていたと語る。印画紙に文字を焼きつけ、それを紙に貼って一文字ずつ間を詰めて原稿にする作業。「こういった版下制作には原寸感覚がありました。ポスターも書籍も空間の中に存在する。見る人は紙のフレームの中で空間を意識した状態で媒体にアクセスするので、原寸という目盛りを身体感覚として備えていることは大切」。当時の仕事道具である、コンパス、ディバイダー、カラス口などを紹介しながら、「グラフィックデザナーにとって、正確な線を引くことは大切なスキルだった」と当時を振り返る。杉崎氏のデザインに大きな影響をもたらしたのは、コンピュータとの出会いだ。Macintosh SE/30のモニターに映し出された、白い画面に黒い文字、それはまるで紙と同じに見え、親近感が湧いた。Macとの出会いから創作環境は一変した。「今まで膨大な時間を費やしていた、正確な図形の描画も簡単にできる。アナログとデジタル、両方知っているからこそ、この素晴らしさもわかるんです」。さらにいうなら、版下時代に培われたデザインの身体感覚—活字が組まれた金属の塊や写植の組版まで意識し、字間、書体、手触り—を感じながら、コンピュータをデザインの手段としてではなく、手も頭もコンピュータと一体化するように表現することができるのだ。

コンピュータによって獲得した文字の自由度。
タイポグラフィこそが、グラフィックデザインの要。

スクリーンには杉崎氏が「文字の織物」と呼ぶ実験作品が映し出されていく。文字の形だけを抽出し重ねていくと、意味が消え、音を失い、そして形だけが残る。もとの字だけ見ると音や意味を喚起してしまうが、読めなくすることで、不思議と形の美しさだけが強い印象を残す。そこには未知の文字と出会ったような驚きがある。さらに文字を繰り返す。大きくする、小さくする、重ねる、裏返す。知っている文字は消失し、新しいカタチとなって現れる。デジタルだからできる実験だ。「グラフィックデザインの中でもっとも重要な要素が文字です。文字は形、大きさ、そして字の間の隙間の取り方で表情が大きく変わります」。タイポグラフィを理解するには、ふたつの大切な要素があるという。ひとつは文字の形。もう一つは言葉の意味。文字はコミュニケーションのための記号であり、日本語では表意文字の漢字と、表音文字の仮名を組合せて記述する。言葉に形を与えるのが字体、文字の声が書体、文字組は文字のしゃべり方なのだとも。デザインと日本語の関係を表す例として、スクリーンに“ドラえもん”の一コマを映し、吹き出しの文字に注目させた。この中で漢字はゴシック体、仮名には明朝系のアンチック体が使われている。読みやすさから、この組み合わせが定着したという。漢字と仮名が織りなす素晴らしい例として「一瞬も 一生も 美しく」という資生堂のコピーをスクリーンに出し、その後も道路の「止まれ」の文字、カタカナ、漢字のネオン看板が混在する道頓堀の風景を見ていきながら、日本語は複雑で面白いと語った。「日本語は表意文字である漢字と表音文字である仮名、さらにラテン文字までミックスされた独特のもの。ローマ数字、アラビア数字もあるし、カッコにもいろいろ種類がある。欧文と比較しても圧倒的に要素が多い。日本語はさまざまな文字を縦横無尽に使う、ある種ハイブリッドな感覚で成り立っています」。話を聞いていると、日本語のタイポグラフィには、無限の可能性があるように感じられた。

イベント開催風景

目に見える「情報のデザイン」と、意識下に届く「印象のデザイン」

「ゴミだと思ったアイデアがゴールドに化けたりもする。思いつきはとりあえずスケッチする」。これは、杉崎氏が学生たちにいつも言うことであり、今回事前に配られた、「デザインの呪文」という60項目からなるリストにも綴られていた言葉。これは杉崎氏がデザイン人生の中で見いだした回答であり、同時に私たちへの問い掛けにも思えた。「それ以外にも学生たちには、コンセプトから習作をつくり、ブラッシュアップする過程で、“コミュニケーションを俯瞰的に捉える”ということと、“美しく表現する”ということを勉強して欲しいと言っています」。さてコンピュータとの出会いによって、杉崎氏のデザインに対峙する姿勢が大きく変わったことは先に述べたが、さらに見えてきたのは、デザインの本質。「今まで紙の上にインクで表現されていたものが、モニターの上にデジタルで表現されることで、大切なのはコンテンツであり、“コミュニケーションデザインの本質は、情報の設計と印象の設計である”と分かりました」。だから言葉や色、配置など目に見える形で構造化された“情報”と、無意識のうちに見る人に届くメッセージ、すなわち“印象”の両方を設計することが重要だという。「デザインを決める時に意外と抜け落ちているのは、この“無意識に伝わっている”こと。無意識というのは、脳には認識されているけれど、意識には現れないもので、そこが実は大事なんじゃないかと思うんです。情報のデザインと印象のデザイン、この両方がうまく折り合うことで、コミュニケーションデザインがうまくできてくるのではないか。ぼくはそう考えています」

イベント開催風景

イベント概要

アタマに届ける理解のデザインと、ココロに届ける印象のデザイン。
クリエイティブサロン Vol.41 杉崎真之助氏

グラフィックデザインは文字を組むことから要素を組む、さらに情報やコミュニケーションを組むことへと繋がっていきます。
デザイナーの身体感覚とコミュニケーションデザインの原理を、スライドを交えてお話できれば楽しいと思っています。

開催日:2014年5月26日(月)

杉崎真之助氏(すぎさき しんのすけ)

SHINNOSKE DESIGN代表
大阪芸術大学デザイン学科教授

デザインを、感動を創造するために情報を構築するプロセスと捉え、明快で良質なコミュニケーションの実現をめざす。一貫したデザイン理念で文化関連から企業のブランディング、空間計画まで、幅広く活動。新しい試みを精力的に発表し、ドイツ、中国、香港、台湾をはじめ、国内外の美術館、大学で多くの展覧会や講演を行う。
ニューヨークADC特別賞、ニューヨークTDC優秀賞、HKDAアジアデザインアワード銀・銅賞、台湾国際グラフィックデザイン銀・銅賞、日本タイポグラフ年鑑ベストワーク賞、グッドデザイン賞の他、国際コンクールで数々の賞を獲得。AGI日本会員、JAGDA運営委員、JTA理事、DAS理事、東京TDC会員。

杉崎真之助氏

公開:
取材・文:町田佳子氏

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