イベントレポート

クリエイティブ・クラスター・ミーティング Vol.33

大阪市内で活動するクリエイター同士が互いに知り合い、ノウハウを交換することを目的として開催する「クリエイティブ・クラスター・ミーティング」。10月5日のミーティングより、会場を各クリエイターの事務所に移し、様々なクリエイティブジャンルの方々にご参加いただくことになりました。

今回のミーティングは、中之島にある『graf』さんのレストラン「graf dining:food」にて。すき焼きを囲みながらの一風変わったミーティングとなりましたが、その分、緊張がほぐれ、より本音に近い皆さんの意見が聞けたのではないでしょうか。

graf

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開催日時

2009年11月19日(木)18:30〜21:30

スピーカー
  • 芦谷 正人氏「(株)DRIVE」代表

    芦谷氏

    大学卒業後、デザインマーケティング会社を経て、フリーのデザイナーとして独立。'04年に『DRIVE.inc』を設立する。主にメーカーを中心としたブライダル業界、リゾート業界などのコンサルティングやデザインを手がけている。その他、大学・専門学校の講師や現代美術作家としても活躍。

  • エサキ ヨシノリ氏「情熱の学校」校長!&情熱メイキングプロデューサー

    エサキ氏

    純日本系と外資系の広告代理店で営業に携わる中で、各種企業のコミュニケーション活動をプロデュース。'05年に独立し、中小企業のブランド力向上を目指して、“自社の想いをちゃんと伝えられる”会社を一社でも多く作り出すためのコンサルティング&セミナー事業を大阪を拠点に展開中。

  • 置田 陽介氏「graf

    置田氏

    '05年、『graf』のアート&カルチャー部門である「graf media gm」に配属。展覧会の企画・運営やグラフィックデザイン、アートディレクションなどを手がける。加えて、「graf dining:food」で使用する食材となる作物の世話をするなど、毎日休みなく活動している。その後、グラフィック部門に転属するものの、忙しい日々は変わりなし。

  • 島田 智之氏「balance

    島田氏

    大阪芸術大学工芸学科中退後、いくつかのデザインプロダクションを経て、'01年、フリーランスとして活動し始める。その後、'09年に『balance』を設立。企業のプロモーションやブランディング、広告を中心としたグラフィックデザイン、アートディレクションなどの分野で活躍中。

  • 中 直照氏「Short Cappuccino」代表

    中氏

    京阪神エルマガジン社、大新社などで雑誌「エルマガジン」、フリーペーパー「Pretty」などの編集に携わる。また、フリーライターとしても多くの雑誌で取材、執筆を担当。その後、中堅ゼネコンにて広告宣伝や販促を経験する。営業ツールやテレビCMの制作、企業ホームページの全面リニューアルなどを行い、トータルブランディングの構築に携わる。『Short Cappuccino』設立後は、これまでの仕事で培った“編集力”、“コミュニケーション力”を生かして活動中。

  • 服部 滋樹氏「graf」代表

    服部氏

    '98年に大阪・南堀江にショールーム『graf』をオープン。その後、'00年に『decorative mode no.3』を設立する。同年、中之島に移転し、『graf bld.』を設立。オリジナル家具の企画や製作、販売に加え、店舗や住宅の設計、施工、その他グラフィックデザインなど様々なジャンルに携わる。

  • 藤野 亜紀子氏

    藤野氏

    コピーライター。大学卒業後、『株式会社コピー制作室』にて田中睦子氏に師事。'07年よりフリーランスとして活動する傍ら、'09年より『株式会社アールコンシャス』のわかはら真理子氏らとライティングユニットを組み、活動を開始。現在は主にカタログやWebなどのコピーライティングを担当。好きなジャンルはファッション、インテリア。

  • 北條 佑布子氏「デザイン・エイド

    北條氏

    外国語大学在学中、OLになっている自分が想像できず、デザイン専門学校とダブルスクールに通う。卒業後、広告制作のプロダクションに入社。'07年『デザイン・エイド』を設立。CI企画開発から販売促進ツール、会社案内、パッケージなど、企業にとってキーとなるブランドイメージ作りに従事している。夢は海外で働くデザイナー。

  • 横山 道雄氏「graf

    横山氏

    『graf』にて、店舗や企業のCIやブランディング、アートディレクション、グラフィックデザインを中心に活動。主に「モロゾフグラン」の商品開発やビジュアルデザイン、ダンスカンパニー「モノクロームサーカス」のグラフィックなどを手がけている。

司会

堂野 智史「メビック扇町」所長

第1のトークテーマ
「クリエイターになったきっかけは何ですか?」

乾杯の合図でグラスを合わせた後、早速、第1のトークテーマが発表されました。クリエイターを目指すきっかけとなった出来事に、思い巡らせるスピーカーの皆さん。いったい、どんな物語が飛び出すのでしょうか。口火を切ったのは服部さんでした。

ミーティング風景

服部

学生時代は勉強が苦手だったし、人との会話や、自分を表現することもあまり得意じゃありませんでした。そんな僕が、唯一得意としていたのが絵を描くこと。母親はそれに気付いていたんでしょう。進路を決める段になったとき、「美大と言う選択肢もあるよ。そこなら人と違うことが出来るんじゃない?」とアドバイスしてくれたんです。その一言がきっかけで、クリエイターの道に進むことを決めました。でも、調べてみると美大の中にもデザイン科や美術科など様々なジャンルがあるんですよね。どこを選ぶべきなのか。そもそもいくつものカテゴリに分ける必要があるのか。疑問を感じました。そんなとき、北浜・三越のギャラリーで、ある彫刻家の個展を見る機会があったんです。その人は、彫刻家でありながら、プロダクトデザインや建築、庭の設計、舞台美術、舞台の衣装制作などさまざまなジャンルを手がけ、カテゴリを越えて活躍していました。それを見たとき、「自分のやりたいことは、こういうことだ!」と悟ったんです。

堂野

高校時代から美術館やギャラリーを訪れることは多かったんですか?

服部

そうですね。尾崎豊など一般的に好まれるメインカルチャーというものはありましたが、僕はそういったメジャーなものに、あまり興味がありませんでした。どちらかと言うとレゲエのようなサブカルチャーが好きだったんです。芸術に触れるのも同じようなもので、友達が興味を示さないようなものを好む傾向はありましたね。

堂野

では、島田さんはどうですか?

島田

僕にはきっかけと言えるようなことがあまりないですね。勢いというか流れに乗ったというか……。学生時代から雑誌を読んだり、絵を描いたりするのが好きで、クリエイターという職業に憧れがありました。そのため、芸大に進学したのですが、いまいちピンとこずに中退。いざ、就職となったとき、初めて自分は何がしたいのかを考えました。そこで思いついたのが家具作りでした。勢いでゼネコンのようなところに就職しましたが、入社してから図工が苦手なことを思い出したんです。

服部

入社してから?(笑)

島田

そうなんですよ。椅子とか作ってもガタガタになっちゃって。(笑)動きながら、同時に考えるという行為が苦手だったんですね。実際、神戸の震災後、現場監督として戸建の建築にも携わりましたが、毎日のように衣服が汚れるし、もう嫌だ〜!って。

堂野

そこから、どうやってこの業界に入ったんですか?

島田

たまたま家にMacがあって、イラストレーターでフライヤーを作ったりしていたんですよ。それが意外と楽しくて。嫌なことを続けるより、楽しいことを仕事にした方がいいかな、と。

堂野

もしMacがなかったら、今、島田さんはここにいなかったかもしれませんね。それでは、中さんはどうですか?

僕は、大学に入学したときに配られた学内誌がきっかけですね。学生が手作りした簡単な大学案内だったんですけど、その内容が面白くて自分も作ってみたいなと思ったんです。で、実際、制作サークルに入り、翌年の冊子を作りました。新入生が「面白かった」と言いに来てくれたときは感動しましたね。その後、資料請求の際に配布される本格的な大学案内を在学生が作るというプロジェクトが立ち上がり、それにも参加しました。将来はこういった制作の仕事に就きたいと、このときに思いました。

堂野

じゃあ、その後はすんなりこの業界に?

それが、そう上手くはいかなくて……。(笑)結局、全く制作に関係のない印刷会社に就職し、営業として働き始めました。その後、雑誌社に営業する機会があり、実際に「ぴあ」と「L magazine」とお仕事ができることになったんです。そうして、いざ雑誌の世界に近づくと、本格的に雑誌編集の仕事をしたいという気持ちがムクムクと頭をもたげてきて……。編集や制作の仕事に挑戦しようと考えていたとき、たまたま「L magazine」で編集者の募集があったんです。試しに応募してみたら幸運なことに採用されました。それが28歳のときでした。おそらくこの業界に入ったのは、かなり遅い方だと思います。

ミーティング風景

堂野

クリエイターとは少し違うかもしれませんが、エサキさんがこの業界に入ったきっかけって何だったんですか?

エサキ

不自由な状態から抜け出すための手段、とでも言うんでしょうか。高校くらいまでは、僕、すごく人気者だったんですよ。それこそ全校生徒が僕を知っているくらいに。でも、大学に入った瞬間、すべてが上手くいかなくなった。そんな状態から抜け出すため、いろいろと試行錯誤しました。華やかな世界に入れば、少しは状況が変わるかもしれないと代理店に就職しましたが、なかなか事態は好転しません。それもそのはず。どれだけ上を目指しても、結局は誰かが作ったルールの中で泳いでいただけだったんですから。それに気付いたとき、独立するしかないと思ったんです。

横山

僕は、父親がスペースシャトルの絵を描いてくれたことかな。今思えば、それほどでもなかったのかもしれませんが、当時の僕には、それが物凄く上手に見えたんです。「親父すごいっ! 僕もこんなの描きたい!」って。兄も小さな頃から絵が好きで、よくノートにマンガを描いたりしていました。それを見ながら、自分も真似したりしてましたね。ベースとなったのはそんな家庭環境だったのかな、と。

置田

僕、学生時代はすごく真面目だったんですよ。小学校のときは特にそうで、人や周りの状況に合わせるのがすごく上手かった。流れで中学、高校と成長し、何の疑問もなく4年制大学に入学しましたが、そこでようやく自分のアイデンティティについて考え始めたんです。「真面目にしなきゃ」って強迫観念が、親元を離れたことで外れたんでしょうね。もっと自分らしい生き方があるんじゃないかって思いはじめて……。そのうち、このままダラダラと大学生活を過ごし、どこかの企業の会社員になるのって違うんじゃないかと思うようになりました。自分らしく、自由に生きる道。それを突き詰めていった結果がクリエイターという職業だったんです。

藤野

私はコピーライターという職業に憧れて、クリエイターを目指し始めたので、きっかけと言えるようなものをはっきりと覚えていないんですが、小さい頃の習慣が生かされているということに、なってみてから気付きましたね。たとえば、父親に言われて4歳の頃から毎日、日記を書き続けていたり、子どもの頃から商品の裏書に目を通すのが趣味だったり……。そういった習慣の積み重ねが、私を自然とコピーライターという職業へ導いてくれたのかな、と思います。

堂野

芦谷さんはどうですか?

芦谷

僕、手塚治虫の熱狂的なファンで漫画家になろうと思っていた時期があったんですよ。手塚治虫のプロフィールを覚えたり、写真を生徒手帳に入れてたりね。今思えば、それがデザイナーになるきっかけではあったかな。ただ、仕事としてデザインを考え始めたのは、ごく最近のことなんですよね。大阪を中心に展開する「K2」っていう美容院があるんですけど、そこの社長が10年前に1億借金して店舗を作ったんです。その店舗のブランドデザインを任されたんですが、社長は見積書に目も通さず、500万をドンと突き出して言ったんです。「これで任せた!」って。(笑)さすがに丸投げされるとは思ってなかったんで、このときばかりは物凄いプレッシャーでしたね。1億の借金を取り返さなきゃいけないわけですから。それまでは、ただ単に好きってだけでデザイナーをやってましたが、この仕事を請けてから、デザイナーとしてのあり方を現実的なものとして考えるようになりました。

北條

子どもの頃から創作活動や絵を描くことが好きだったんですが、それがなぜなのかを考えたところ、母親が誉めてくれたからだってことに気づきました。弟がいたんですけど、やっぱり女親って男の子を可愛がる傾向にあるんですよね。絵を描くようになったのは、母親の気を引くためってのが大きかったですね。

堂野

デザイナーを目指したのは、同じ時期だったんですか?

北條

いえ、その頃はまだ描くのが好きって程度で仕事にまでは結びつけていませんでした。母親に「ツアコンなんて向いてるんじゃない」と言われてその気になってその職業を目指していたくらいですから。(笑)そのまま外語大学に進学しましたが、4回生になり、就職説明会に参加するようになって「なんか違うなぁ」と感じるようになりました。と言うのも、自分がOLになっている図がまったく想像できなかったんですよ。その時、周りの環境で自分がやりたいと思い込んでいることと、本当にやりたいことは違うって気付いたんです。じゃあ、「何がしたいの?」って自問自答したとき、私にはデザインしかないな、って。

北條さんをオーラスにして終えた第1のトークテーマ。クリエイターを目指したきっかけとともに、皆さんの子ども時代を垣間見ることができました。続いて第2のトークテーマに移ります。

ミーティング風景

第2のトークテーマ
「皆さんがクリエイターとして最も大事にしていることは何ですか?」

芦谷

僕は仲間ですね。仕事量が増えてきたら、1人じゃとても手が回りませんから。極端な話、お客さんは変えようと思えば変えれますけど、信頼できる仲間ってのは簡単に変えが聞きませんからね。1人じゃモチベーションもあがりませんし。

島田

1個に絞るのは難しいですけど、僕の場合は、モチベーションかなと思います。どんな仕事も、モチベーションを高く持って行くことでこなせると思っているので。

堂野

モチベーションを高める方法って、どんな方法なんですか?

島田

着地点を理想より高いところに置くことじゃないですか。皆が思う予想を超えたいと思うこと。

堂野

仕事をしていると、いくらモチベーションを高く保とうと思っても中弛みしたり、失敗したりするでしょ。トラブルに巻き込まれることも少なくないと思いますが、そんなときはどうするんですか?

島田

これ以上ないってくらい一生懸命頑張って、それでも無理な場合は、潔く諦めますね。(笑)後は自分1人で考えるのでなく、協力してもらっている人と話をしたりします。新しい意見を聞くと、物事に対する見方も変わってくると思うし。

堂野

いつも熱いエサキさんですが、たまにモチベーションが落ちているときを見かけます。(笑)エサキさんはそんなとき、どうやってモチベーションを上げているんですか? 話は脱線しますが、教えてください。

エサキ

基本的には、自分の腑に落ちない仕事はしないということですね。そのために独立したわけですから。じゃないと独立する意味がないと思うんですよ。確かに、若い頃はそれを難しいと感じることもありましたが、40歳を越えてからは、いろんなことをコントロールできるようになってきました。

芦谷

でも、逆の人も多くないですか? 独立したからこそ、したくない仕事ばかりしなきゃいけなくなったって話もよく聞きます。

エサキ

お金を追い過ぎるとそうなるんですよ。お金は追わなきゃいけないけれど、追い過ぎてはいけない。そんな仕事ばかりしていると、自然と同じ類の人が寄ってくるようになるんです。で、嫌な仕事ばかりしなきゃいけなくなる、と。負の連鎖ですね。それはそれで、もちろん世の中のためにはなっているので、悪いわけではありませんけど。

堂野

北條さんはどうですか? 大事にしてることって何?

北條

経験上、大切だと思うのは健康ですね。体はもちろん、心の健康も。今までは、アドレナリン全開、勢いだけで目の前の仕事を乗り越えてきたところがあったんですけど、そういう仕事の仕方って、勢いが衰えるとバッタリ何も出来なくなっちゃうんです。年齢も重ねてきたし、これからはそれじゃダメだなぁ、と。最近は、“クリエイターは夜が遅くて当たり前”と思うのをやめて、生産性を高める努力をしています。そして、仕事とプライベートにメリハリをつけていますね。部屋にこもってデザインだけやってても、いいものはできませんから。遊ぶ時間があるからこそ、視野が広がるし、考え方も豊かになるんだと思います。

芦谷

確かに、部屋にこもって仕事ばかりしているときに、トレンドの話をされても「わかるわけないやろ!」って思いますもんね。(笑)

北條

そう(笑)。例えば、買い物でもそうですけど、実際に足を運んでないと、流行なんて分かるわけがないんですよね。仕事のためにネットで検索したとしても、それは生の情報じゃないし、感じるものがないから頭の中を素通りしてしまう。でも、自主的に街を歩くようにすると、ちょっとした流行の変化に気付けたりするんです。そんな些細なことが次の仕事に繋がることもありますしね。

それってすごく大切なことですけど、クリエイターの人って、意外とそういうとこ抜けてたりしますよね。僕も編集をやっていたときはそうでした。会社員が飲みに出かける5、6時に東通りから事務所に戻って、会社員が帰宅する10時頃にまた東通りに取材に行くとか、ザラでしたもん。取材はしてるから東通りの情報は頭に入ってくるんだけど、実際の活気を目にしていないから、実感が沸かないんですよね。

芦谷

僕も某大手住宅メーカーの仕事をしてたときに、事務所で徹夜が続いてね、“幸せ家庭”って……、わかるわけないやろっ! って突っ込みました。(笑)机の上でしか寝てへんわ、みたいな。

堂野

コミュニケーションツールを作っているはずのクリエイターが、コミュニケーション下手ってことはよくありますよね。では、置田さんはどうですか?

置田

自分の考えをしっかりと持つことですかね。周りの意見に流されないこと。

横山

僕は、どんな仕事でも相手がどういうリアクションをするのか、どう反応するのかを先読みするようにしています。それを想像できないことには、自分のアイデアを受け入れてもらうどころか、デザイン自体組めないと思うんで。老舗の会社とやり取りすることも多いので、こちらのイメージを伝えるのってすごく難しいんですけど、それが逆に面白いんです。

堂野

トリは服部さんにお願いしましょうか。クリエイターとして大切なことって何でしょう。

服部

常に、いろんな情報を吸収するスポンジのような体を作っておくことかな。人間の感覚って放っておくとどんどん閉じていくでしょう。ただでさえ人間の脳は大半が使われていないと言うし。意識して感覚を開いておく努力をしなきゃいけないんだと思いますね。

ミーティング風景

第3のトークテーマ
「アート(アーティスト)とデザイン(デザイナー)の関係性とは?」

堂野

次のテーマはコレにしましょう。

そう言って、堂野さんが捲ったスケッチブックには、「アート(アーティスト)とデザイン(デザイナー)」という文字が書かれていました。「アートとデザインは、いつも対立概念のように取られがちだが、実は密接に関係し合っているのではないか」とは堂野さんの談。皆さんの意見はどうでしょう。

堂野

藤野さんは、コピーライターの視点でこの関係性をどう認識していますか?

藤野

私はメビックに入って、クリエイターに求められるものを見聞きしているうちに2つの関係性について考えるようになりました。クリエイターとして、ということで話を聞いていても、「それってアートでは?」と感じることがあったり。何がデザインで、何がアートなのかって境界は、まだはっきりとわからないんですけど。

横山

僕の場合、「アートやね」って評価をもらうと、「そうじゃない」って反論したくなりますね。自分では客観的に考えて良いと思ったものを出したのに、相手には独りよがりなものを作ったように取られているのかな、と気になってしまうので。

服部

その「アートやね」って言う概念自体が、趣味的って言う話なのかな。

堂野

僕は素人なんでよくわかりませんが、昔は、普通の商業デザインと言われるポスターが、アーティスティックなものだったなんてことが、ザラにあったような気がするんですよね。それだけで作品になるようなものが多かった気がする。そういう時代を見てくると、今のようにアートは自己表現で、デザインはビジネスみたいな形で分けることの方が理解できないなぁ、と。

北條

例えば、有名なデザイナーの方たちが、個人で作品を作っている場合があるじゃないですか。あれはデザインなのか、アートなのかと問われたら、私はアートだろうと思いますけどね。

服部

確実に言えるのは、デザインは時代を捉えるもので、アートはそれに捉われないもののことを言うんじゃないかな。

堂野

置田さんは、どうですか?

置田

ずっとデザインの仕事をしていましたが、『graf』に入ってからは現代アートのギャラリー部門にも携わるようになりました。現代アートの巨匠に会う機会もあり、デザイン、アートの両方から刺激を受けられるようになったんです。その立場から、僕が思うのは、デザインは相手が存在するもので、アートは自分から一方的に発信するものなんじゃないかな、と。さっき北條さんが言ったように、デザイナーの人が自分の作品を出すものに関してはアートなんだと思いますね。

島田

デザインは、大喜利みたいなものかなと思っています。お題に合わせたピースを、どれだけうまいこと当てはめられるか。逆にルールがないのがアートなんじゃないかな。

ミーティング風景

第4のトークテーマ
「クリエイターとしての自分自身の価値の高め方」

堂野

自分の価値は自分で高めなきゃいけないと思うんですが、皆さんはどのようにして自身の価値を高めていますか?

エサキ

人の1/10のスピードで、人の100倍のパフォーマンスをするというのが僕の持論なんですけど、それを行動に移すには、人が見ていないところで努力をする必要があると思っています。スポットライトに当たるのは、僕ではなくてクライアントさんですから。僕は、その方たちをスターにするために、究極の黒子に徹しているんです。あとは、自分自身をこれでもかってほどに分析することでしょうか。僕も若い頃にいろいろと悩んだことがあって、自分自身を見つめなおしたことがあるんですが、そのおかげで自分はどの時間からどの時間までの間がいちばんパフォーマンスを発揮できるのか把握していますし、どの状態、どの環境に自分をおけば、クライアントとのやり取りがスムーズに行くのかも分かっています。もちろん、まだまだ知らないこともありますし、学ぶべきことはたくさんありますが、現時点での自分を把握することはその先に進むためにも大切なことだと思いますね。

仕事の面白さを追求することですね。どんなつまらない仕事も、面白くするにはどうすればいいかを考えることで、モノの見方が変わってきたりします。そのことで自分の価値が高まっているかと言われると自信はないですが、少しでも自分自身に得るものがあればいいな、とは思っています。

芦谷

確かに、人が面白そうに何かをやってると、周りも釣られてのってきたりしますもんねぇ。

堂野

藤野さんはどうですか?

藤野

折れない心を持ち続けること、ですかねぇ。仕事で凹んでしまうこともありますが、その中でも自分の信念を貫いていくことができたらな、と。それを続けていくことが、結果的に「自分の価値を高める」ことにつながっていくといいな、と思いますね。

堂野

横山さん、置田さん、『graf』のお2人はどうですか? 自分で価値を高めなくても、『graf』という大きな看板があるから、勝手に自分の価値が上がっていくなんて側面もあるんじゃないかと思いますが?

横山

あまり『graf』を意識してはいないですね。逆にそれを意識してしまうことで、『graf』らしさを出さなきゃいけないみたいな制約ができたりするんで。僕の場合は、マイナスな発言をあまりしないことですね。どんな場面でも「できます」と言って自分を追い込むようにしています。そうすることで、自分のクオリティが上がっていくと思うので。

置田

僕は、誰が相手でも自分を偽らず、真摯に付き合うことを心がけています。自分らしさを最大限に出せるようになればいいかな、と。それでクライアントが僕を好きになってくれたら万々歳ですし。

島田

僕も横山さんと同じですが、できることばっかりやらないことですね。多少、無理めなオーダーも受けるようにしています。そういうことに挑戦し、乗り越えることで価値はおのずと高まっていくと思いますね。

堂野

無理めなオーダーというのは、量的に? それとも質的に?

島田

両方です。ハードル高いなぁと思っても「できます」と答えるようにしています。

芦谷

情報発信を積極的にすることかなぁ。誰でも初対面の人と会うときって緊張すると思うんですけど、あらかじめその人に関する情報があれば、少しは会いやすくなると思うんですよね。特に僕らの仕事ってモノを売っているわけではないですから、分かり辛いところも多いじゃないですか。会って納得してもらわなきゃ、仕事の発注もこないわけだし。情報発信は大事なのかな、と。ひいてはそれが僕自身の価値を高めることにもなるんじゃないかな。

堂野

最後は服部さんに締めてもらいましょうか。

服部

価値の高め方というなら、人と出会うこと以外にないでしょうね。どれだけ知らない人と出会えるか。飲み屋に出かけて、1人で飲みに来ている女性に話しかけるなんてことも、よくしますよ。その瞬間、その場、その空間の出会いを大切にし、一瞬一瞬を楽しむ。そうすることで知識が増えるし、ボキャブラリーも引き出しも増えるでしょ。

堂野

服部さんが言われたことは、すべてに通じることだと思いますね。人間が成長するのは、人との関わり合いの中でしかない、と。

ミーティング風景

すき焼きをつつきながら進んだ今回のミーティング。予定終了時刻を大幅に過ぎていましたが、皆さんドリンク片手に熱心に話し込んでいました。ミーティング終了後も、時間の許す限り交流会が続き、笑いの絶えない、楽しい時間が過ぎていきました。

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