(株)やわらぎ × (株)Meta-Design-Development

今の時代に足りないのは、ハングリーな起業家精神、船場の商人道を伝えるという使命感。

八木氏

船場の街は大阪の核として、日本のビジネス街の原点と呼んでも差し支えない誇り高きエリアである。「八木春」はこの地で創業した老舗タオル商であり、業界にもいまだ多くのOBを持つ。そんな老舗の看板におごることなく、新しいものづくりにチャレンジする八木社長は就任後、社名も「株式会社やわらぎ」へと変更し、次なる展開をみせている。商いの街として長い歴史を持つ船場の今昔、見直されるべき丁稚奉公や商いの原点、そして<船場>のブランド力をアピールし、往年の活力を呼び戻す、将来に向けての戦略などについて語っていただいた。

跡継ぎでも容赦なく鍛える老舗商人の厳しい体質。

取材風景

鷺本

3年前に社長に就任されたそうですが、ここに至る経歴などからお話いただけますか。

八木

祖父が「八木春」を創業して、私の父は次男なので長男の叔父が継いだのですが、就任1年目に交通事故で亡くなったんですよ。それで祖父が現場に戻った。うちの父親は学者で商売には関わらず、私はビジネスの世界を志し、大学卒業後は生命保険会社に入社しました。

鷺本

それはいつごろのお話ですか?

八木

バブルがはじけた直後の93年です。97〜98年には金融危機があって、私なりにいろんな経験をさせてもらいましたが、ちょうど福岡に転勤した頃、会社に対して嫌気がさしてきていたので、それならこの街で全然違う世界の仕事に就こうと、IT系の企業に転職したんです。採用2ヶ月後には取締役に抜擢されました。

鷺本

ITバブルの頃の頃ですか?

八木

まさにそうです。この世界には無限の可能性があると感じて、仕事に没頭しました。でもIT業界って浮き沈みが激しくて。会社の経営が厳しくなったタイミングで跡継ぎの話が持ち上がったので、退社して大阪に帰ったんです。

鷺本

そこでいちからタオルのことを勉強されたんですね。

八木

うちは丁稚から育ってる人たちがいっぱいるから、私が跡継ぎで入っても甘やかさない厳しい体質。当時もう35歳になっていましたが、最初の1年は荷造りからやらされました。

鷺本

いきなり経営を、ではなかった。

八木

その後、営業をやっていたんですが、時代というのもあり、頑張っても売り上げが伸びるわけでもなく、ずっと歯痒い思いをしていて。どんどん社内で孤立していったんですが、それを許さなくしたのがリーマンショック。これがなかったら、私は社長になってないですね。

商品開発、販路開拓、海外進出、常に新しいことをやり続けなければ。

八木

商品「かぶりーな」
スポーツやレジャー、アウトドアで使える多機能フードタオル「かぶりーな♪」。タオルの新しい方向性を打ち出し、人気のシリーズに。この夏には吸収性の高いマイクロファイバーシリーズも登場

就任1年目は経営を立て直すため、在庫の整理に費やしました。その一方で次の展開を考えていて。タオルは差別化が難しく、独自性を出すのが困難との思いがあったので、違った角度から提案できるフードタオル「かぶりーな♪」を開発しました。幸いメディアが取り上げてくれ、売れたのですが、この時には“ユーザーへの接近戦”という戦略を立てて、問屋のさらに先の小売業の企業への提案を考えました。

鷺本

ユーザーに近づいて、説明して使い方をイメージしてもらわないと届かないですよね。

八木

そして3年目は経営陣を刷新し、今年は7月に1階に小売りの店舗をオープンしました。これはまず利益率を上げるため。そしてさらにユーザーとの距離を縮めるため。実際店頭に立って、お客様と喜びを共有できるなど、発見は多かったですね。私が就任した頃はユーザー像がつかめず、どんな商品が喜ばれるか分からな くて、結局値段に頼るしかなかった。

鷺本

マーケットを知り、どんな商品が喜ばれているのかというのを肌感覚で分かり、値段だけではない世界も垣間見た、と。

八木

もう値段が安いだけでは買わないでしょ。やっぱりワクワクするところがないと。

鷺本

生活の質を上げたり、潤いをもたらすものという位置づけですよね。

八木

まあ国内マーケットはそのように成熟していますが、高度成長を遂げているアジアは別物ですね。去年ベトナムからインドネシア、シンガポール、台湾とまわったんですが、このマーケットはいけるという、確かな感触がありました。東京のギフトショーに出店した際に、ジャカルタでの展示会を紹介してもらったので、11月末に出店してみることにしました。

ユーザーサイドに立った提案で自社商品の価値を高める。

鷺本

そこを足がかりに海外進出ですね。今後の事業展開についてはどうお考えですか?

八木

タオルの使い方の提案をしていきたいですね。カーボンフットプリントといって、商品のライフサイクル、タオルなら原料調達から生産、流通、使用、廃棄に至るまでのプロセスにおいて、CO2の排出量を数値化する取り組みがありまして。興味があったので工業組合と組んで計算をしてみたんです。その結果、サイクルの中で、いちばん排出量が多かったのが、洗濯時。実はユーザーサイドのCO2排出量もバカにならないことが分かったんです。

鷺本

環境問題は生産側からの努力だけで終わっていて、ユーザーサイドからの取り組みって提案できていないですよね。

八木

私はここに自社の独自性とか強みが描けると思っているんです。ユーザーがどうやって使っていったらいいかを一緒になって考えられることが価値に繋がる。具体的には白タオルに和柄プリントをかけた「雑」というシリーズで、雑巾にまで使えるものを提案しています。

鷺本

原点であるタオルの商品開発も着々と進められていると。

八木

タオルは重さで取り引きするんです。だから重さを変えないように幅を短くし、丈を長くしたタオルもつくっていて。通常より細目の糸で織って、よりふんわり感を出し、薬剤を使わないバイオ加工をすることで、風合いも長持ちするし、安心して使えるものを開発中です。

商品「雑」
今年発表された新商品「雑 〜ZATSU〜」。
昔ながらのシンプルな白タオルに和柄や干支柄をプリントし、全48柄で展開。
タオルとして、そして最後は雑巾として、使い方を提案する

現代に通ずる、船場商人の教え。
箕面船場を起業する人の街に。

八木

うちの会社は78年間ずっと黒字だったんです。祖父の教えが守られ、お金の出入りに厳しかった。それは社員にも徹底されていて、丁稚の通帳を会社で預かって使わせない(笑)。

鷺本

それは素晴らしいシステムですね(笑)。

八木

その代わりに、社内預金制度とかは整備してました。それでも洋服が破れたりすると、買い替えを申請するんですが、その破れ具合を見て、「まだ使える」とお金を渡さない。船場では“始末”と言いますが、その始末が徹底していた。OBからすると祖父は、“ザ・船場商人”のような存在。丁稚を勤めて業界で活躍している人の多さなら、うちがNO.1だと思います。

鷺本

商人の掟とかつくって欲しいですね。

八木

社訓10カ条はありますよ。「利は元にあり」はご存知ですか? 三方善の元になる考え方で、お客様を大事するのは当然で、船場商人としては仕入れ先も大事だと。これは利益は上手な仕入れから生まれるということで、まず、よい品を仕入れる。しかもできるだけ有利に適正な値で買う。そこから利益が生まれると。だから仕入れ先との関係が大切なんです。

鷺本

深い言葉ですね。船場の横のつながりとか今後に関しては、どうお考えですか?

八木

私は東京育ちですが、母方の実家も船場でハンカチ屋さんを営んでおりまして、界隈に親戚も含めて知っている人が多い。だからこの街をどうするかということはよく考えます。今話が進んでいるのは、箕面船場です。ここは、船場の繊維企業が40〜50年前に移ってできた街で、全国有数の繊維卸商団地もある。そこに北大阪急行の延伸計画で駅ができる予定で。駅前開発地区のプランを練っているところです。

鷺本

これから未来の船場を考える時に、まずは箕面船場からというわけですね。

八木

私の中で商人道を伝えたいという想いもあって。船場という街は、商人が起業してできた。箕面船場も街づくりの段階でインキュベーションの意味合いもあったので、そこをもう1回見直して、少し前にあった渋谷のビットバレーじゃないけれど、箕面バレーみたいなコンセプトでできないかなと考えています。

社訓
創業者であり祖父である八木春一氏による、社訓10カ条。
「収入の範囲内の生活をして貯金せよ、とか。これを守っていたら、絶対に会社は潰れませんよ」

丁稚制度は人間性を高めること。
人を育ててこそ、企業の価値がある。

八木

船場商人の話でいうと、最近つくづく丁稚ってすごい制度だと思うんですよ。秋山木工さんといって、家具職人の丁稚制度を設けているところがあってね。

鷺本

秋山木工さんは有名ですね。

八木

全寮制で休みは盆と正月だけ。朝5時起きで夜中まで修業。その修行に耐えた者だけが、一流の職人として巣立っていく。秋山社長曰く、丁稚制度のいちばんの目的は、人間性を高めることだと。祖父の人材育成の言葉にも「できる人間を採用して働かしても企業の価値はない」とあって、できない人間を育ててこそ、企業の価値だと言っている。実は秋山社長のお兄さんも、うちに勤められていたんです。

鷺本

本家本元ですね。箕面船場で丁稚塾とかどうですか? 八木さんはおじい様がカリスマ経営者で、両親共に船場商人の家系。まさに船場の代表という強みがありますよね。

八木

祖父は会社を大きくすることは念頭になかったと思います。私が祖父にないことをするとしたら、事業を大きくすること。多くの従業員を雇って仕事する方向を目指したい。小売事業を立ち上げたのもアジアでの展開も、常に新しいことをやり続けたいと思っているからです。経世済民という言葉がありますが、私も経済が世の中を良くすると信じていますから。

(株)やわらぎ

住所

大阪市中央区南本町3-3-22

URL

http://sanpoyoshi.jp/

クロスポイント Vol.38

公開

2012年10月26日(金)

取材・文

町田佳子 町田 佳子氏

取材チーム

株式会社Meta-Design-Development 鷺本 晴香氏
クイール 松本 幸氏
清水 敬二郎氏
株式会社グライド 小久保 あきと氏

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