クリエイターたちをパワフルにプロデュース
阪上 寿満子氏:(有)ピースリーピース

初対面なのに会っていきなり「カルピス飲む?」と、ざっくばらんに振る舞う阪上寿満子さん。とにかく元気でパワフル、しゃべり方も気取りのないフレンドリーな感じながら、それはどこか照れの裏返しのよう。

阪上さんはピースリーピースの代表として、テレビやラジオの番組、CM、イベントの企画や制作、プロデュースをするかたわら、イラストレーターやアニメーター、コピーライターなど約50人のクリエイターが所属する「アーティストバンク・ジャパン」を運営。才能あるクリエイターを見い出して世に送り出すという仕事をされておられます。

アンダーグラウンドの世界に憧れる女の子

阪上氏

ずっと「自分は普通の人とは違うんだ」という意識を持っていたと話す阪上さん。高校生のころ、写真家の荒木経惟さんがフィリピンで撮った写真に触発され、「アジアの国々を放浪して裏社会を取材する、みたいな訳の分からんことを言ってました」と振り返ります。

高校卒業後、大学へ進学するはずだったが試験を受けず、好きだった英語を学ぶために語学の専門学校の門を叩きます。当時は、サリーを着てビンディーを付けての「インドかぶれの女の子でした」そうで、何かと人とは違うことをやり、アンダーグラウンドの世界にあこがれていました。

「自分は天才!」と思っていた


ビバビル1Fの展覧会

「普通」には背を向け、身なりも変わっていた阪上さん。「もんぺ姿で通学したりしていました」が、先生には逆に面白い子だと目をかけられ、情報誌の「プレイガイドジャーナル」や「Lマガジン」の編集を手がけるオフィスを紹介されます。

そこは、アンダーグラウンドのにおいが立ち込める雰囲気ながら、阪上さんにとっては「アカデミックな場所でした」。とくに何をするでもなく出入りしていたある日「原稿を書いてみないか」と仕事が回ってきます。

それまで「自分は天才」と思っていた阪上さん。「私は世界一文章がうまい」と自信満々で書き上げたところ「こんな観念的な文章はダメ」と指摘され、「君には文章の才能が全くない」と一蹴されます。すっかり自信を無くしたものの、趣味で描いていたイラストの方が目に留まり「これは面白い」と褒められます。

デザイナーとして開花?

「君は文章を書くより絵やデザインの方が向いてる」と、たまたま隣にあったデザイン事務所を紹介され、アシスタントとして働くことに。「これで才能が開花する」と夢が膨らむ阪上さん。アジアを放浪する夢はすっかり忘れ、デザイナーとしての一歩を踏み出すことになりました。

ところが、その事務所の社長は借金を抱えてヤクザに追われる身。オフィスには毎日のようにヤクザが現れますが、もともとアンダーグラウンドな世界が大好きな阪上さん。イカツいヤクザに絡まれながらも「社会勉強になるわぁ」と思っていたそうです。
結局、その会社はほどなく倒産。一緒に勤めていたデザイナーが独立することになり、阪上さんも付いて行くことに。

デザイナーからコピーライターへ

阪上氏

当時、デザイナーには写植を切り貼りするなどの細かい作業が伴いました。神経を使う版下作業がたたって拒食症を患い、仕事を辞めデザイナーの道も断念します。
ずっと自宅で療養していましたが「このままではダメだ」と意を決し、洋服屋さんにアルバイトへ行きます。すると、そこで、前に広告のデザインをしていたことからDM作りを任せられたりで、また、デザインの仕事へ逆戻り。するとまた拒食症になって自宅で療養することに。

その後、家でゴロゴロしている毎日を見かねた母親に、知り合いの広告関係のプロダクションに連れて行かれます。そこではなぜかコピーライターだと思いこまれ、コピーの仕事が回ってきます。
が、いちど「才能がない」と言われた身。「自分には書けません」と断るものの「一から教えるから書け」と言われ、コピーライターとして歩み出します。

このままくすぶるのは嫌や


『あほやねん!すきやねん!』
キャラクター

その会社は、土日もなく週に一度は徹夜というハードさ。広告コピーのほか、取材やインタビューなどライティングをマルチにこなしていました。かつては「才能なし」と言われた阪上さんも、仕事に揉まれてスキルを上げていきます。
ライターとして働きつつも、デザインやイラストへの未練も捨て切れず「このままくすぶるのは嫌だ!」と、24歳で独立。「アーティストバンク」の前身を立ち上げます。

それは、「女性ライター」「女性デザイナー」「女性カメラマン」「女性イラストレーター」と、女性であることをウリにしたクリエイター集団でした。が、「女ばかり集めて何の意味があるのか」と方向転換。男女関係なく人材を集めた今の形ができ上がります。

動く絵でプレゼンに勝つ


キャンペーン用クラフトオブジェ

このアーティストバンクは、クリエイターをプロデュースしながら仕事を請け負おうというもの。大手の広告代理店へ営業に回りましたが反応は思わしくありません。影では「こんな事業はすぐに失敗する」という人も。そう言われると、がぜん燃えるのが阪上さん。でも、なかなかキッカケがつかめませんでした。

そんなある日、営業先の机の上に山と積まれた売り込みのファイルを見て「これは何とかしなければ」。そう思って考えたのが動画でした。
その当時、出たばかりのiBookを剥き出しで持って営業に行きます。イラストを動画にして見せると担当者が「おや?」と関心を寄せてくれ、それをキッカケに徐々に仕事が来るようになり、以来、今日の仕事にまでつながっているとのことです。

人を有名にするためには、会社が有名にならなければ

今では売れっ子クリエイターを数々と輩出されていますが、阪上さんは「ウチを『カッコイイ仕事をしているな』と思ってる人もおられるかも知れませんが、自分ではとてもベタでヒューマンな仕事と思っています」と言います。むしろ「生みの苦しみは相当なもの。頑張ってるわりに報われてない若い人たちに仕事が回せるようにしたい」と、実力はあってもチャンスをモノにできていないクリエイターのことが気になる様子。

「本来、『自分が、自分が』という性格なのに、気がつけば人の作品を売り込んだりプロデュースしているのが不思議です」と笑う。「実は自分のプロデュースが、いちばん出来ないことなんでしょうね」。
阪上さんのパワーの源は自分のことより人のこと。そんな人柄を慕って若いクリエイターたちが集ってきます。
「あの子もこの子も有名にしようと思えば、ピースリーピースという会社がもっと有名にならなければ」。抱える人材はわが子同然。そんな子たちを売り込むために今日も阪上さんは先頭を切って戦っています。

公開日:2008年11月12日(水)
取材・文:福 信行氏
取材班: 真柴 マキ氏