自分なりのイマジネーションや創意工夫、それこそが「クリエイトする」ということ
田中 睦子氏:(株)コピー制作室

南森町に株式会社コピー制作室を立ち上げて29年。田中睦子さんは、大阪のクリエイティブ業界をひっぱってきた時代の一人だ。「仕事をするのは、生きていく営みの一部なんです。」と、物腰やわらかに語る田中さん。朝起きて歯をみがくのと同じくらい、仕事は常にそこにあるのがあたりまえだったと語る。長年の歩みと紆余曲折、仕事への想いについて、じっくりお話をうかがった。

コピーライターって何する人?という時代だったんです

田中氏

田中さんは昭和22年生まれ。いわゆる団塊の世代だ。子どものころから小説を書いたり、詩を書いたりするのが好きで、ファンタジーの世界を想像するのが好きだったという。そんな田中さんは学生のころから自然と「イメージすること」を職業にしたいと考えていた。大学卒業後、広告代理店に勤めていたお父さんの薦めもあり、コピーライターとして(株)大阪宣伝研究所に入社。ときは70年代半ば、日本が高度経済成長に沸き、人々のライフスタイルが大きく変化していった時代。それが田中さんのコピーライターとしての出発点だ。その後、2年半で退社。フリーを経て1979年に、この南森町で(株)コピー制作室を立ち上げた。以来同じ場所で、時代の流れとともに歩み続けている。

「女性が息長く続けられる仕事、ということでコピーライターの道を選んだのですが、その当時はコピーライターという職業がまだ一般的には認知されていなかったんです。コピーというもの自体がデザインに付随したサービスと思われているようなところがあって…その価値が認められていなかった時代なんですね。」

メディアのあり方が大きく変わっていった70?80年代。まさに田中さんの世代のクリエイターたちが「コピーの価値」を世の中に浸透させていったのだ。

「クリエイティブ」じゃなくてもいい、とにかく継続していくこと

田中氏

女性コピーライターとして大ベテランの田中さんは、クリエイターでありながら、二人の子育ても経験している。

「うちの会社は設立以来スタッフが女性ばかりなんです。女性の目線でものごとをとらえ、考えることを一つの特色としています。だから子育ても、仕事のハンディキャップととらえないで、それを逆手にとろうと考えました。妊娠・出産・子育ては女性がメインでする人生の大仕事でしょう。だったらそこから生まれる視点もプラスになるはずだと思ったんです」と、軽やかに微笑む田中さん。しかしその陰には、大変な努力と忍耐があったはずだ。

「子どもに手がかかった当時は、素敵な原稿を見るたびに胸がチクチクと痛みました。私もいつかこんな仕事ができたらいいなぁと。でもそんなときは、『今大切なのは目の前にある仕事。私は仕事を適確にこなす職人になろう』と自分に言い聞かせました。」

クリエイターであり、母である女性たちが味わう共通の葛藤。田中さんも同じように味わい、乗り越えてきたのだ。

「わが家はこの会社が唯一の収入源。だからやめるわけにいかなかった。常に継続です。生活をキープしてゆくということを大きなテーマにして、とにかく継続できる仕事。それを大切にしていこうと発想を切りかえたんです。だからそのころの私はこの業界にいながら、私はクリエイターじゃないと思っていました。」

ねばり強さとポジティブな発想の転換が、当時の田中さんを支えたのだろう。以来「クリエイティブ」という言葉の意味について、自然と考えるようになったという。

どんな仕事でもクリエイティブになれる

「クリエイティブという言葉って魔物でしょう?何だかその言葉の中には、肩ひじ張ったような、斬新でなければならないという意味合いを含んでいると思うのです。」考え続けてきた問いへの一つの答えを、最近はこんなふうに考えていると語る。

「クリエイターの仕事とは、いかに斬新なものを創り出すかということだけではないと思うのです。何もないところに自分のイマジネーションや創意工夫をとり込んで、何かを生み出すことそのものが『クリエイトする』ということだと思うんですね。単調に思える仕事でも、自分のかかわり方次第で、クリエイティブになれるということです。つまり、仕事に向きあう姿勢なのではないかと。それは、どんな職種についてもいえること。そういう仕事のしかたをしている人同士は、職種がちがっても共感しあえるんですね。」

大切なのは「想像力」


手がけた仕事の数々

そんな田中さんの現在の仕事は、下着や化粧品など女性向け商品のブランディングをはじめ、医薬品や工業製品のパンフレット、企業PR誌と幅広い。そして多くの仕事にかかわってきて、大切だと感じるのは「想像力」だという。

「たとえば取材先で人と話をするとき、その人の表情や空気感、言葉の選びかたなどから、その人がどういう気持ちでそれを言おうとしているのか、想像する力が大切だと思います。その人になりきるくらいの気持ちですね。それを第三者に伝わる言葉で翻訳する、それが私たちの仕事です。それには、今まで自分が見てきた世界や読んだ本、聴いた音など、全てがヒントになりますよね。」

そして最後に、最近手がけた化粧品のネーミングについて訊ねてみた。

「このネーミングのイメージはね…女性がぽつんと立っているんです。周りには空があって、星があって、月があってね。あるとき雨が降ったり、日が差したりして、とても気持ちのいい世界。自然が自分を守ってくれていて、響きあっていて…」と、子どものような目で語る田中さん。きっと頭の中に広がる世界は、時を越え、幼少の頃の空想世界と一本の「すじ」のようにつながっているのだろう。その世界はいつまでも田中さんに、少女のようなすがすがしさと、しなやかな強さをもたらしてくれる。加えて長年のたゆまぬ努力が、会社の長い歴史を支えるカギであったにちがいない。


ネーミング、プロモーションに関わった化粧品シリーズ「ametuti(アメツチ)」

公開日:2008年09月10日(水)
取材・文:株式会社ランデザイン 岩村 彩氏
取材班: 宮下 大司氏