クリエイターのつながりで、関西を元気に!
中川 悠氏:(株)チュラキューブ


代表の中川悠(はるか)さん

“チュラキューブ”とは、沖縄の言葉で「美しい」という意味を持つ“チュラ”と、「箱」や「空間」を表す“キューブ”をあわせた造語。じゃあ、何をしている会社なのかというと、すぐにはしっくりくる言葉が見つからない。2004年6月、チュラキューブは大阪の大正区でアートギャラリーとして産声をあげた。

編集者、ギャラリーオーナーを経て独立

立ち上げたのは、当時、某出版社の情報誌編集者だった中川悠さん。親戚が経営する心療内科の一角を期限付きで借りることになり、編集職の傍ら、何かできないかと考えたのがきっかけだった。
「そのとき思いついたのがアートギャラリー。雑誌の編集をしていたので、イラストレーターさんやカメラマンさんと一緒に仕事をする機会が多かったんです。彼らのようなアートを志す人たちに、手頃な価格で広いギャラリー空間を提供できたら素敵だなぁって、単純にそう思いました」
こうして誕生した“チュラキューブ”では、2年間で50以上のイベントが開催され、さまざまな出会いやつながりが生まれた。その間、中川さんにも大きな転機が訪れていた。勤めていた出版社が人件費削減の方針を固め、中川さんはじめ若手編集者はリストラの対象に。しばらくはそのままフリーの契約編集者として籍を置いたが、その後、完全に独立。

「僕が勤めていた会社からもわかるように、出版業界は縮小傾向にありました。だからこそ、退職後は別の編集部に移ったりするんじゃなく、まったく違う活路を見出さなくちゃいけないと思ったんです」

そのとき、偶然にも声をかけられたのが、公私共に仲良くしていた制作プロダクションだった。彼らはデザイナー、カメラマン、ライター、イラストレーター、映像クリエイターなど、さまざまな分野で活躍する外部ブレーンをかかえ、案件ごとにチームで取り組んでいた。ネットワークだけで成立する緩やかなつながりに、中川さんは惹かれる。

クリエイターのために会社を設立

街に元気がなくなったといわれる関西では、フリーのクリエイターが育ちにくい。仕事に恵まれないために、年齢とともにクリエイティブな活動から離れてしまうクリエイターも少なくない。

「ギャラリーのオーナー時代、そういうクリエイターさんたちを目の当たりにしながら何もできない自分がすごい悔しかったんです。みんな好きなことを続けたいだけなのに、なんで辞めなきゃいけないんだろうって」

ビジネスがないなら自分が作りだせばいい。クリエイターが充分に食べていけるだけの環境を作ればいい。1年ほど制作プロダクションに所属し、2006年9月、これまで培ったネットワークを駆使して“チュラキューブ”を起ち上げた。その後すぐ、テレビ局のイベントに関わったのを皮切りに、書籍や雑誌記事の制作、イベント企画運営など、さまざまな仕事をこなしていく。

「企業さんへのパンフレットの提案やイベント企画を考えるとき、編集者時代に身につけた企画の立て方がとても役に立ってます。どういう切り口にしたらよりおもしろくなるか、どういう見せ方にしたら見てもらえるのか。どんどんアイデアが浮かんで楽しくてたまらなくなる」

2007年にはアジアコンテンツマーケットに初参加し、数えきれないほどの行政・企業関係者に出会った。さらに、昨年秋には法人化し、障害者の雇用をサポートする団体“ハコプロ”、アジア最大級規模のショートフィルムの祭典「ショートショートフィルムフェスティバル」を運営する“INDE'S PLANET”を社内に引っ張り込んだ。中川さんの仕事の舞台とネットワークはどんどん広がっていく。

理想は、誰もが所属できる牧場のような組織


2008年2月、メビックで開催した
“100% クリエイターズ カオス”

中川さんがイメージする理想的な組織のあり方は、「個々がゆるやかにつながった牧場のようなもの」だという。きっとこれからも、中川さんの牧場には、きれいな空気やおいしい草を求めてたくさんの人が集まるのだろう。その草や空気とは、クリエイティブへの真摯な姿勢だったり、“100% クリエイターズ カオス”のようなクリエイターをネットワーキングさせるイベントだったり、中川さんの笑顔だったりするのだ。

公開日:2008年04月03日(木)
取材・文:岸良 ゆか氏