クリエイティブを意識しないデザイナーがつくり出す理想的空間
渡邉 浩行氏:ヴェーズワークス

クリエイターという職業はない

渡邉氏

「毎晩でも飲みに行きたところなんですが、稼ぎがわるいもんで……」と、奥行きのある事務所の大きな本棚の前で、その中年男性から意外な言葉が出た。西洋人を思わせる幅狭のアタマを強調させる短髪、白いモノが混じった口ヒゲ、淡いグリーンのハーフフレーム。この“ちょいワル”の風貌を、ひときわ丁寧な口調とレンズ越しの見開かれた円らな瞳が“ちょいワル”を打ち消す。冒頭のセリフが冗談なのかどうかはさて置き、彼の言葉から嫌味は感じ取れない。
「自分で『クリエイターです』って言うの、好きじゃないです。他人が勝手に思う分には、あえて否定しませんが……。そもそも『クリエイター』や『クリエイティブ』っていう職業や職務は存在しませんから」。こんな勝気な言葉でさえも逆に好感を覚えてしまう。
「それに、クリエイティブに対する熱い思い入れとかも私にはないんです」。さすがにこのセリフはと思いきや、彼が言うと模範的発言に聞こえる。
「だた、理屈抜きにこの仕事が好きなんですよ。あれこれ想像しながら絵を描くのホンマ好きなんです」。クリエイターと一括されることに違和感を持つこの男性は、自分の職業が「デザイナー」であることに人一倍の喜びを感じている。

カタログの中だけにしか存在しない空間

事務所風景

システムキッチンや一戸建て住宅のカタログのページいっぱいを使って掲載される住まいの空間。大きな窓からは日の光が、濃淡をつけながらフローリングの床と部屋の顔を形成する個性的なインテリアをやさしく照らす。そんな理想的な生活空間をデザインし、さらにカタログやポスターのグラフィックデザインまでを手がけるのが、渡邉浩行氏だ。
「私がデザインする空間はカタログの中だけにしか存在しません。その実在しない空間を写真で見せて、『この家に住みたい』『このキッチンが欲しい』と思わせるのが私の仕事なんです」。
彼がデザインした、いや、設計した図面をもとに大工が施工し、彼が描いたイラストをもとにスタイリストがインテリアを揃え、そして彼がイメージした質感をもとにカメラマンが撮影する。その擬似的な空間にリアリティを持たせるために、彼はそこに住む家族構成、それぞれのキャラクター、その生活スタイルまで細かく想定する。それがより細かく、より具体的なほど、よりリアリティのある空間ができあがる。
「思い描いたとおりの写真があがってきたときは、『ヤッター!』と思いますね」。自分の内にあるイメージを、撮影に携わるすべての人と共有することが醍醐味なのだという。

人生の舵を取った、ある教師

子どものころから絵を描いたり、モノをつくったりするのが大好きだった渡邉氏は、建築家をめざし大学受験に挑むが2度失敗。しかし建築家への夢を諦めきれず建築系の専門学校へ進み、そこで一人の教師と出会う。
「教師らしくないというか、放任主義というか、学生のやりたりようにさせてくれるんです。??細かい情報や知識がなくても、一瞬で物ごとの本質を見抜く力に長けた方でした。まるで司馬遼太郎の小説に出てくる坂本龍馬のように」と、渡邉氏は当時を振り返る。
よほどその教師に惚れたのか、2年で修了するはずの学生生活に渡邉氏は3年を費やす。卒業制作の際もその教師に師事し、自由奔放に描いた絵が優秀設計に選ばれる。建物の図面が大半を占めるなか、渡邉氏は“祭りの日までの高揚感”という形ないものを8枚の紙で表現した。「どうしてもワクワクする気持ちを絵で表現したかったんです。??厳密に言うとそれは設計図でも何でもない代物なんですが(笑)」。さらに就職も、その教師が斡旋してくれた。だが、勧めてくれたのは建築事務所ではなくデザイン事務所だった。
「私は建築家になるつもりでしたが、『建築家は、お前に向いてない』って、その先生のお兄さんが経営する空間デザインの事務所を紹介されたんです」。その教師にとって、渡邉氏の素質を見抜くことなどたやすかったのだ。

こんなおもしろい仕事は他にない

「空間とグラフィックの両方をしているのは私ぐらいだと思います」。こんなセリフも、渡邉氏が言えば不思議と自慢には聞こえない。
通常、グラフィックデザイナーは緻密な図面を引かない。空間デザイナーはカタログやポスターのグラフィックデザインはしない。しかし渡邉氏は、そのどちらもこなす。
建築家の目も備えた渡邉氏だからこそ、カタログに掲載された虚構の空間を目にすると「ココにこんな広いスペースは現実ではありえない」「この角度からこの部分は絶対に見えない」と、つい口に出るがそれらを手がけたデザイナーを揶揄している訳でもない。
「仕事の中身が毎回違うので、新しい発見の連続です。内容的にもこんなおもしろい仕事はありません」。彼と話していると、優越感や劣等感が存在しない世界、彼がデザインする“実在しない理想的な生活空間”に身を置いているように思えてくる。
「あれこれ想像しながら絵を描けることが私にとってはサイコーなんです」。彼は満足感に包まれている。現状に甘んじる満足感ではなく、現状に感謝する満足感だ。彼の口から放たれる言葉と、それから受ける印象との違和感、その訳が解けた気がする。

北村氏

公開日:2007年11月06日(火)
取材・文:合同会社ライトスタッフ 北村 盛康氏