デザインは大胆に、作業は繊細に
田中 克幸氏:(株)ケイプラント

おもしろいものについつい惹かれてしまうんです

田中氏

取材を開始しようと思い、IC機能とテープ機能が備わった録音機を出した時、田中さんはそれに食いついた。「これなんですか?変わったもの使ってますねー」。2つの機能が備わったこの道具に非常に興味を持ったらしい。「おもしろい物が好きなんです」そう言いながら、ケイプラントがグラフィックデザインを手掛けたポスターやチラシなどをいくつか出してきてくれた。様々なデザインの中からまず私の目についたのはミシンのポスターだった(下のデザイン参照)。「ミシンって下から見ると格好イイですよ。布を縫い合わせる要の場所なんか特にね。複雑な作りになっているでしょ」。このデザイン案を最初にプレゼンした時、長年業務用ミシンに携わってきたメーカーの担当課長が、その視点に驚いたそうだ。そういうアングルからミシンを見るのか、と感心していると「こっちも見てください」と装丁を手がけたヤクザ近代史の本の表紙案も見せてくれた。「彼らの原点である沖仲士(おきなかし)の写真が欲しかったんですが、良いカットがなかったので自分でイラストを描いたんです。もう描きながら『こいつワルそうやな?』と思いニヤニヤしてました。ただ、社会学系書籍の表紙にはちょっと相応しくないということで採用されなかったんですけどね」。おもしろいものを見る時や語る時の、子どものような笑顔が印象的だった。

デザインする時は、まず直感に従う


ミシンのポスター

田中さんは、まずは周囲の意向を意識せずにデザインを考えるという。「世間の流行りやクライアントの考え方などは、一旦置いといて直感を大切にしたいんです。『そんなに字が大きくなくてもいいのでは?』『この写真を使うの?』というぐらい極端なものを作っておいて、そこからクライアントの求める方向へ引き返していくんです」。もちろん、お客さんへはスタンダードな案も含め3?5案ほど提案し、着地点は幅広く用意しておく。「仕事ですから、納得していただけるモノを作るためには万全を尽くしていますよ。けれど、周囲を意識して作れば小さくまとまったものはできるかも知れませんが、人の興味をそそるようなおもしろいデザインはできないと思います」。

作業はアスリートのような心境で行う

『近代ヤクザ肯定論』カバー

こんな田中さんの理想とするデザインスタイルは、映画監督の黒澤明による“悪魔のように細心に、天使のように大胆に”という言葉で現される。「新規の仕事に取り組む際は、必ず資料探しに時間をかけますね。それらを読み込んでから、初めてデザインを考え出すんですが、その時は逆に詰め込んだ知識をできるだけ忘れたつもりになっています。基礎訓練を積んだスポーツ選手が、公式戦に臨むような心境でデザインに取りかかるので、“脳内体育会系方式”と、自分では呼んでいるんです」と笑った。また「グラフィックデザインは、あくまでも情報伝達のツール」とも語る。「読まなくても見るだけで情報が“分かる”ように誌面をタイポグラフィーで構成することは可能ですから。大切なのは読みたくない人になりきって発想すること。ポスターやチラシなんかも、見たくない人を一瞬でどうひきつけるかが勝負ですからね」。細心の情報設計に基づくことで、むしろより大胆な発想をデザインに表現できる、というのが田中さんの信念だった。

瞬時に脳に働きかける力強いデザインを手がけたい

ケイプラントオフィス

大胆さとち密さを兼ね備えた田中さんがデザインに初めて関わったのは、大学時代のコンサートや演劇のチラシ製作。「自分の作った一枚の版下が何千枚にもなって、多くの人に見てもらえるということがうれしかったんですよ」。この感動が忘れられず、卒業後はデザイン事務所に勤務した。「デザイナーとして特別な勉強もしてこなかったので、働きながら学んでいるという感じでした」。20代のころは様々なデザインを見て勉強し、中でもグラフィックデザイナーの田中一光の作品などが尊敬の対象だったという。「不思議に思わせたり興味を持たせるなど、瞬時に感情を沸き起こさせる力があるデザインに惹かれていました」。そういう「力」のある作品への憧れが、今もデザインを考える時の思考に大きく影響しているようだ。

グラフィックデザインの復権を願う

『認知症』ポスター

現在は、ポスターやチラシ、広報誌のフォーマットや本の装丁など幅広く仕事を手がけている。しかしこれからは、今以上に視覚による訴求の比重が大きいデザインにもっと力を入れていきたい考えだ。「バブル崩壊後はグラフィックデザインの位置づけが低くなっていると思うんです。実際にカタログやポスターなどでも、予算や納期を切り詰めているため、商品説明などを文字だけで読ませる物が多くなっている気がします」。一部の有名なデザイナーが引っ張りダコになっている現象について問うと、「クライアントが有名なデザイナーならともかく安心、という考え方なのでは?その反面、最近は早くて安ければクオリティーを気にしないクライアントも多いんじゃないですか」。クライアントの要望が、大きく2極化してきてしまっているという。今はもう、そのように安易な割り切りが、発注側と作り手側それぞれにかなり浸透しているのだろうか。しかし、おもしろいデザインには、一瞬で脳に働きかけるという強みがある。「グラフィックデザインの再評価には、洗練された『個性』が必要になってくるのだと思います。クライアントも『おもしろい』と思ったデザインなら、必ず興味を持ってくれますよ。そのためには、自分がいいと思うものを磨き続けないと」。田中さんがグラフィックデザインの復権を果たしてくれることが楽しみだ。

渡辺氏

公開日:2007年10月09日(火)
取材・文:渡辺 真一氏