(株)きびもく・NPO法人チュラキューブ 中川悠氏

「編集力」で社会課題を解決に向ける“イシューキュレーター”

少子高齢化、労働人口減少の時代を迎える日本社会。さらに環境、教育、福祉、医療など、一筋縄で解決できない課題が、複雑に絡み合う。株式会社きびもく・NPO法人チュラキューブ代表・中川悠氏は、そんな現代社会が抱える課題に向き合い、“編集の力”で解決に向けて活動する“イシューキュレーター”。イシューキュレーターとは「issue(問題点・事柄)」と「curator(管理者・企画者)」を組み合わせた中川氏の造語。20代のころから持っていたという「世の中をもっとよくしたい」という気持ちが、培ってきた編集力と社会課題を結びつけた。中川氏の胸の内に秘めた想いと活動の内容、将来の展望についてお話をうかがった。

中川氏

「編集」と「社会貢献」を結びつける。

株式会社きびもく・NPO法人チュラキューブの設立は2007年。もともと雑誌の編集をしていた中川氏が、パンフレットや情報紙などのデザイン・編集制作会社として、株式会社きびもくをスタートさせた。
「立ち上げた頃から制作の仕事だけではなく、行政と連携したビジネスマッチングや学生の人材育成プロジェクトなど、社会貢献要素をふくむ事業に興味があり、着目していました。少しずつ進める中で、社会貢献性のある編集プロダクションとして認知してもらえるようになり、仕事の幅が広がっていきました」という中川氏。親族が精神病院の医師・院長であり、父親は身体障がい者のための義手・義足の研究者という環境で育った中川氏は、思い通りにならないことのもどかしさ、つらさの中で前向きに生きようとする人たちを、幼少時から目の当たりにしてきた。さらに学生時代には演劇に取り組み、多角的なものの見方を学んだ。編集やメディアの道を進もうとはしたものの、「陽の当たりにくいところに手を差し伸べたい」という気持ちは自然と大きくなり、結果、福祉・まちづくり・地域活性化などの“社会課題”と“編集”を結びつけるという新しい事業を生み出した。以来、編集・企画・デザイン力を生かしながら、NPO法人チュラキューブとの両輪で、障がい者支援事業、地域コミュニティ、地域産業活性化事業などに取り組んでいる。

新しい発想で生まれた都心の障がい者福祉カフェ。


GIVE & GIFT

拠点は大阪市中央区。北浜、堺筋本町に近いビルの1階にカフェを、2階に厨房を、3階に作業場と編集・デザインオフィスを構える。2014年9月、この場所に福祉施設を設立するために移転してきた。現在、カフェの厨房と作業場は、障がい者のための就労継続支援B型事業所、就労移行支援事業所として、精神障がい者、知的障がい者、身体障がい者を受け入れている。
「障がい者のみなさんの工賃の低さは、社会問題の一つになっています。そこで、多くのビジネスマンが集まる都心のオフィス街にカフェを作って福祉施設にすれば、工賃が少しでも向上するのではないか。そう考えて作った施設です。福祉施設というと郊外に作られることが多いのですが、あえて都心に作ることによって、工賃向上だけでなく、他にもメリットがたくさんあると考えました。例えばオフィス街の職場に電車に乗って通勤してもらうことは、就労への訓練になります。またオフィス街のランチタイムは平日の11時から13時ごろと働きやすい時間であり、街が静まる週末は休むことができます。メニューはできるだけ冷凍できるものにすることで、その日の作業量が客数によって左右されにくくしています。そうすることで厨房での作業負担も少なく、食材のムダも減らせます。このようにちょっとした発想の転換が、いくつもの課題の解決になるんです」
あえて障がい者施設であることは前面に出さず、あくまでも都心のおしゃれなカフェとしての存在。利用者が明るく働く姿を見ることが、何よりも嬉しいと語る中川氏。
「施設では厨房での調理だけでなく、清掃や事務補助などいろいろな仕事を経験していきます。マナーや身だしなみについても指導します。そんな中、ご家族の方から、自分でできることが増えた、使えなかった道具が使えるようになった、あいさつができるようになったなど、嬉しい言葉をいただきます。カフェのお客さま、施設の利用者、そのご家族、そしてわたしたち。ここに来るみんなが幸せでいられる場所。店名の“GIVE & GIFT”には、そんな意味が込められています。


利用者は調理をはじめとしてさまざまな仕事を経験する


一汁三菜の健康定食や、バターチキンカレーが人気のメニュー

多彩な活動に共通する
「発想の転換」と「未来への継続性」

その他、チュラキューブが関わるプロジェクトは、コミュニティ支援、食育支援、ものづくり支援など多岐にわたる。
その一つ、神戸市の六甲アイランドでは、高度成長期に生まれたニュータウンの世代格差を埋めるべくコミュニティ支援に関わった。住民の有志や学生を募り、月に一度“ピクニック”と称する手軽なイベントを行い、子育て世代、高齢者世代のコミュニケーションの場を作った。2013年からのおよそ3年間にわたる活動は、住民が自発的に運営できるまでに育ったという。
また、電鉄会社との協働事業である大阪湾の漁港と周辺地域について伝えるウェブマガジンでは、自ら取材に赴き、漁港が抱える課題点と、そこで生きる人々の魅力を発信しつづけている。
さらにグランフロント大阪・飲食店街での食育プロジェクト、AR技術を使った東大阪市の工場見学ツアー、障がい者福祉施設職員に向けた授産商品のパッケージデザインプロジェクトなど、携わるプロジェクトの内容は多彩。しかし、切り口と視点を変えることで課題を解決すること、それが無理なく未来に継続していく活動であるという“軸”は一貫している。それが中川氏の言う「編集の力」なのだろう。
「チュラキューブが関わる一つ一つの相談案件には、共通した問題点、不足部分があることに気づきます。それは、世の中の流れについての理解不足、新しいアイデアの発想力不足、そして横のつながりの不足。その不足部分を分析し、そこを埋めるためにはどんなアクションが必要かを考えていかないと、未来は生まれてこない。どんな人たちと、どう組み立てれば課題が解決され、そこに関わる人への幸せが増えるのか。それはまさに編集の要素が大きいですね」


「PIC六甲アイランド」のまちづくりピクニック

恩を与え、恩を贈って日本中に笑顔を増やしたい

「福祉活動と編集プロダクションとしてのデザイン・編集の制作業務を合わせると、常に20件ほどのプロジェクトを進行させている」という中川氏。社会貢献というと、その“本気度”と“利益の追求”が、どうしても天秤にかけられがちだ。最後に、経営者としての姿勢をたずねてみた。
「社員のみなさんには、お金を追いかけるなといつも話しています。それより人に優しくしなさいと。市場経済は飽和状態、消費社会も限界を迎える中、社会にあふれる課題の解決は簡単ではありません。しかし、その本質を見つめ、さまざまな分野のプロフェッショナルと手を組むことで、解決の糸口が見えてくる。その中で経済もうまく回すことができるはずだと信じています。私はあくまでも一人の“イシューキュレーター”として活動したい。利益を追いかけるだけではいい結果につながりません。恩を与え、恩を贈る。これからもGIVE & GIFTの心を持って活動していきたいですね」。
「チュラキューブ」の名前の由来は“美しいものが集まる箱”、社名「きびもく」の由来は“きびきびもくもく働くこと”。その通り、中川氏の関わるプロジェクトは、きびきびもくもくと地道に活動した結果、そのコミュニティに美しい笑顔を生みだしている。その発想力と行動力で、日本中にもっともっと美しい箱を増やしてほしい。終始おだやかに語る中川氏の姿に、そう願うばかりだ。

クリエイターズファイル Vol.372

公開

2016年02月25日(木)

取材・文

株式会社ランデザイン 岩村彩氏

取材チーム

パラボラデザイン 吉永幸善氏

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