相手の気持ちにそっと寄り添うデザインを
小路好美氏:デザインとイラストときかく


「デザインとイラストときかく」小路好美さん

ショップのチラシやパンフレットから商品のラベルやパッケージまで、幅広く手がける「デザインとイラストときかく」の小路好美さん。「どんなに小さな物も、そのひとつひとつが情報や思いを伝える大切なツール」という思いから、いつもクライアントの気持ちのそばに寄り添い、感性をフル稼動させてイラストや文章で形にしてきた。そんな小路さんのモノづくりのルーツや今後の目標を伺った。

ビジュアルと言葉を組み合わせる魅力

小路さんがデザインに興味を持ったのは、嵯峨美術短期大学で水彩画を学んでいたときのこと。「通学路の梅田駅で河北秀也さんの『いいちこ』のポスターを見るたびに、『こんな仕事がしたい』と思っていて。ビジュアルと言葉を組み合わせるのがすごく魅力的でした」

卒業後はデザイン事務所に就職し、働きながらデザインのノウハウをゼロから習得。転職した広告代理店では、クライアントとの打ち合わせから広告デザイン、納品まですべてひとりで担当した。「お客さんと直接かかわって作る楽しさを知ったのもこの頃。打ち合わせよりその方の趣味の話を聞いている時間のほうが長かった(笑)。『この人と仕事したいな』と思ったら、『どんなことに感動するんだろう?』と、相手のことがすごく知りたくなるんです」
4年間、広告代理店で経験を積み、出産を機に27歳で退職。そのときにはすでに「落ち着いたらフリーで活動しよう」と決めていた。「せっかくやりたい仕事に就けたのに、まだ家庭に埋もれてしまうのは嫌、という気持ちがどこかにあったんでしょうね。なんの根拠もないけれど、『できる』という気持ちがあったから諦めたくなかったんです」
お子さんが保育園に入園したタイミングでフリーとして始動。NTTから職業別電話帳を取り寄せ、大阪市内のデザイン会社などに片っぱしから電話営業をかけた。「何社ぐらいかけたか覚えてないです。さんざん断られて心が折れそうになることもありましたけど、まったく知らない相手なので『別になにを思われてもいいわ』と開き直っていました」
と笑顔で話す。バイタリティあふれる営業活動が実り、少しずつ仕事が舞い込むように。家庭と仕事を両立させながら、着々と実績を積み重ねていった。

道標になった洋菓子店との出会い

転機は2001年。友人の妹夫婦が運営する洋菓子店のチラシやロゴ、宣材グッズの制作を任された。「どんなテイストにしたいのかを聞いて宣材グッズを作りました。だけど、実際に店へ足を運ぶと『なんか違うな』とか『こうしたらもっとよくなるのに』と感じることも多かった。当時はそれが“ブランディング”だとは思ってなかったし、それが仕事につながるなんていう発想もありませんでした」

お客さんに店のイメージを伝えるためには、一貫した形で関わったほうがいいのではないか。その思いを胸に、洋菓子店が10周年を迎えたときはイベントポスターから記念品のマグカップの制作まで関わった。それが次のステージへの足がかりになった。
ある日、偶然手に取った近所の和菓子店の折り込みチラシ。テレビ番組でも紹介されるほど味に定評のある店で、小路さんもその店のファンだった。同じ頃、ある情報誌で偶然目にしたその和菓子屋店主のインタビュー記事。そこに綴られていたのは、「最寄り駅からちょっと隠れたところに店を構えたのは、おいしいと言ってくれるお客さんにわざわざ買いに来てもらいたいから」という店主のこだわりだった。それを読んで「この人と絶対に仕事がしたい!」という気持ちが爆発。小路さんはついに行動を起こした。店主に直接会ってほしいと交渉したのだ。


洋菓子店の10周年記念に制作したマグカップ。デザインはもちろん、パッケージも手がけた。制作は依頼主とのコミュニケーションがヒントになることが多い。

相手の気持ちに寄り添って創る

最初のアタックでは断られて撃沈。それでも諦めず、2年後の和菓子店開店10周年の機会に再び連絡した。「きっと何かイベントをするはず。この機会を逃したらもう後はないという気持ちでした」。店主は小路さんのことを覚えていた。思い焦がれて2年、制作物を手に取って見てもらう絶好の機会。その結果、「10周年のチラシをお願いしたい」と依頼された。
「私の作品を見たとたん『こんなんがやりたいと思っていたんです』と言っていただけたんです」
このチャンスをもぎ取り、小路さんはチラシだけでなく10周年記念イベントのグッズも手がけることに。その後もパッケージやパンフレットの受注を経て、現在は季刊誌のデザインも任されている。発行は年4回。基本的に商品以外の情報、素材に関する豆知識やスタッフのユニークな日常を描いた四コマ漫画や店主のコラムもあり、読み応えあるバラエティに富んだ内容に仕上がっている。「商品の宣伝はもちろん必要ですが、魅力はそれだけではないはず。店の姿勢や店主のお人柄、スタッフさんのキャラクターも伝えることが必要だと思います。これだけの濃い内容になったのも、店主からの要望も含め、仕事以外のいろんな話を聞くことができたおかげです」

店主との出会いが縁で、和菓子店の若い店主らで結成された「大阪府生菓子青年クラブ」とのつながりもできた。「話をするうちに、和菓子店の方々も洋菓子店のようにパッケージなどのデザインに興味を持っている方が多いことを知りました。和菓子業界でも代替わりが進み、若い人たちが増えたことも影響しているのかもしれません。これからも『店として、こういう風に歩んでいきたい』という気持ちを側で手伝わせていただけたら」

“この人と仕事がしたいと思ったら、相手のことがすごく知りたくなる”。表面だけではわからない相手の本質にまで寄り添い、信頼関係を築いていく。そんな姿勢に、小路さんのモノづくりの原点がある。

発想の鍵である「しょうじ紙」と大切な仲間

発想の鍵となっているのが、「しょうじ紙」という独自で制作しているフリーペーパー。日常生活や仕事で感じたあらゆることを、イラストと文章で感性豊かに綴られている。誕生したのは、「大阪府生菓子青年クラブ」の研修旅行へ同行し、岐阜県中津川で開催された「菓子祭り」へ訪れたときの思い出をまとめたのがきっかけ。

「皆さんからたくさん刺激をもらえてすごく楽しかったので、その気持ちを伝えたくて形にしました」。しょうじ紙を配ったことで「こんなテイストでお願いしたい」と仕事も舞い込むようになり、今では欠かせない営業ツールの役目も果たす。


制作のバイブルにもなっている自作の「しょうじ紙」。

仕事場を構える大阪府南河内郡のシェアハウスも制作する上で大きな刺激に。緑に囲まれた一軒家で、小路さんのほかに間借りしているのはサウンドデザイナーとして活動する2人の男性。「業種は違うけれど、お互いモノ作りをしているのでいいところも悪いところもズバズバと言い合えて信頼できます」

仲間たちの影響で、新しくロードバイクも始めた。「彼らのいいところは、女性だからとか年齢を理由に、そこまでしなくていいやん、と決して言わないこと。私の求めることに応え、根気よく付き合ってくれます」。今では淡路島一周、大台ケ原ヒルクライムを完走するほどのハマりよう。「シェアハウスの仲間は、仕事だけでなく、生き方を学ばせてくれる大切な仲間です」とにっこり。
仕事にも趣味にも素晴らしいフットワークとバイタリティを発揮する小路さんに、彼女の生き様を見た気がした。


ロードバイクを始めたことで、シェアハウスで出会った仲間の大切さを改めて感じたという。

公開日:2015年10月30日(金)
取材・文:中野純子 中野純子氏
取材班:yellowgroove サトウノリコ*氏、有限会社ガラモンド 和田匡弘氏