あらゆる感覚が交差し、混ざり、拡散することでアートは生まれる。
林聡氏:(株)ノマル

「アート」「デザイン」「サウンド」。
ジャンルを超えたクリエイティブ。

林氏

林聡さんが現代美術作家とのコラボレーションによる版画作品や作品集の企画・編集・出版を行う「版画工房ノマルエディション」を立ち上げたのは26年前。今やノマルは、デザイン・編集セクション、現代アートギャラリー、音楽セクションなど活動の幅を広げながら「デザイン」「アート」「サウンド」を超えてボーダレスなモノ創りを追求している。その中で作家とのコラボレーションで作品を創造し、アートディレクターとして広告やプロダクトのデザインを手がけ、音楽までもプロデュースする林さん。これだけ聞くと“いろいろやっている人”のように聞こえるかもしれない。しかしすべてのワークを俯瞰してみると、実はたったひとつのことに取り組んでいるのではないか—。そう思えるほどに、林さんはすべてのアートに一貫した姿勢で向き合っている。

作家と共にコンセプトを追求し、作品を生み出す。

「コラボレーション」という言葉はノマル、そして林さんを語る上で欠かせないキーワードだ。林さんが学生の頃、日本では自画・自刻・自刷の文化が根強く残っていたが、欧米では作家が持つコンセプトを軸に多くの人とコラボをしながら、新しい発想やアイデアを生み出すという版画制作と出版が一体化した版画工房がたくさんあった。当時、アメリカで現代アートが流行していたこともあり、巨大な版画やマルティプルが次々に発表され制作の現場から出版・流通していく状況に刺激を受けた林さんは「これを日本でもやってみたい」という強い想いに駆られる。そして多くの幸福な出会いを経て1989年に「ノマルエディション」を設立。林さんの他は刷師と営業、わずか3名でのスタートだった。
ノマルエディションでは単に作家に技術を提供するのではなく、作家が持つコンセプトを軸にコラボレーションしながら作品を創造していく。アメリカのようなコラボレーションの形を実現させたものの、まだまだ業界の土壌が育っていない日本では思うように行かず、資金はすぐに底を突いた。だがモノ創りにおいて“共に感じる”という作家との関係性は、この時代に培われたと振り返る。

1人では辿り着けない着地点へと導く
コラボレーション。

作家とのコラボレーション、と言うが作品に他人が関与することで方向性がずれたり、作家の想い通りにできなくなることはないのだろうか。「よくうちの画廊で発表する作品は“ノマル独特”と言われることもありますが、作家の意向やコンセプトからぶれることはありません。そこは大切にしています」。コラボレーションすることで、予想もしなかった着地点に辿り着く。それがコラボレーションの醍醐味であり、純粋にアートを愛し、作家を心から尊敬する林さんだからこそ“ノマルらしく”ありながらも本質から外れることのないモノ創りを成し得るのだろう。表現の具現化には工業技術や新しいマテリアルのアッセンブルも必要で、そこから作品の幅も拡大するのだと話す。
また、作家と会話をしながらコンセプトを研ぎすませていく作業は、瞬発的なアイデアやインスピレーションを必要とするが、その一方で林さんは「作品と作家」「作品と社会」などさまざまな関係性の距離感を冷静に測っている。たとえばオフィスや商業施設、店舗などいわゆる美術館やギャラリーではない場所に設置する「パブリック・アート」(コミッションワーク)の場合、クライアントの意向は無視できない。クライアントの求めるものを作家の魅力やコンセプトを損なうことなく生み出していく。代表的な作品には、中西信洋によるJR新青森駅前広場のモニュメントや名和晃平による竹中工務店東京本店メインエントランスのオブジェなどがある。


「Air Cell」名和晃平 竹中工務店東京本店メインエントランス

五感を超えた感覚が交差・拡散する地点
—「SENSES COMPLEX」という考え方。

ノマルとコラボレーションするアーティストの作品は版画、彫刻、絵画、写真、インスタレーションなど多岐にわたる。どんなクリエイティブも視覚や聴覚だけでなくあらゆる感覚が混ざり合い、関連し合っているという考えから、林さんはノマルのコンセプトを「SENSES COMPLEX」とした。「音楽をただ聴くのと、お香を焚いて香りに包まれながら聴くのとでは全然違うんですよ。絵を見るのもそう。聴覚だけ、視覚だけの問題じゃない。だからモニュメントをつくるにしても、どう見えるかということだけではなくて、総合的に考える必要があるんです」。表現したい核となるものはひとつだとしても、さまざまなSENSEが交差することで創造の可能性は無限に拡がっていく。それがノマルのモノ創りの原点となっている。
また、ノマルはさまざまなアーティストとコラボレーションをしているが、共通点はあまりない。「あえて言うならモノ創りに対する許容力」と林さん。マネージャー兼クリエイティブディレクターの今中規子さんは言う。「林は作家に突然電話して突拍子もないアイデアを言ったりして、横で聞いていて“とんでもない!”ってことがよくあるんですが、作家の方は結構おもしろがって乗り気だったりするんです(笑)」
今や多くの参加者を抱えるZBOのプロジェクトもそんな“とんでもない”思いつきから始まった。たまたまゴミ箱にしようとAmazonで買ったバケツに何かを感じた林さんは現代美術家の藤本由紀夫氏に電話をかけた。「このバケツにオルゴールを使ってなにかしませんか?」。突然過ぎるオファーだったが「このバケツは気になっていたんです」と話はどんどん広がり、バケツのオルゴールを使ったオーケストラを発足することに。団員を募り、一人ひとりがオルゴールのセットされた作品を持ち、90作品すべてが揃うことでオーケストラが完成するという前代未聞のプロジェクトがスタートした。記念すべき第一回目のコンサートは2013年10月、ノマルのギャラリーにて開催され、この活動は現在も続行中だ。さらに、林さんは5年ほど前から音楽ユニット.es(ドットエス)のプロデュースやオーディオブランド“FACTORY HOUSE”も手がけ、音楽イベントやCD制作、さらに音楽と他のアートを融合させた企画展など精力的に活動している。

ZBO - Yukio Fujimoto +.es 1st Concert at Gallery Nomart on Oct 12, 2013

日本の素晴らしいアートが
もっと身近になる世の中をつくりたい。

話は前後するが、ノマルの出発点となった出来事のひとつに版画工房と共に1999年のギャラリーオープンがある。元々心斎橋に出版物を展示する小さなショールームであったが、現在の深江橋の画廊に移り、作品を並べるだけではなく、コンセプトや作品の本質をより提示できる空間となった。絵画、写真、彫刻、映像、インスタレーションなど年間を通じて単独の展覧会はもちろん、あらゆるアートがジャンルの壁を超えて融合するまさに「SENSES COMPLEX」を体現するイベントが話題を呼び、国内はもちろん海外からも多くの人が訪れる。創る側も受け取る側も、その核にあるのは「SENSES COMPLEX」というわけだ。
現代アートというと、難解なイメージがあるが、林さんはそのことに強く反発する。「アートに難解なんてことはありえない。どう捉えるのも自由だし、決まった答えはない。アートも音楽も、地下にいてはだめなんです。日本の現代アートももっと一般化すべき。ノマルの活動を通して、こういうふうに音楽やアートが普通にある世の中になってほしいんです」


NOMART 25周年記念イベント vol.2「Speaking Sculpture:今村源 / 中原浩大 / 名和晃平/ 藤本由紀夫」展 2014年9月

これまでの25年、そしてこの先の25年。

“この先、もっといろんなことをやっていきたい”という林さんだが、最も大切にしているのはやはりいい作品をこの世に生み出すことだ。林さんの考える「いいもの」のキーワードのひとつはピュアアート。ピュアにすればするほど作品としての質は高くなる。何かに迎合したような作品ではなく、全身全霊でつきつめたアートを生み出し、それを本当に求めている人にコレクションしてほしい。そうすることで経済と文化が一体化する。それが林さんの一番の願いだ。昨年の創立25周年に50歳を迎えた林さん。ノマルを立ち上げた25歳のときと変わらぬ情熱と愛を持ってアートに向き合う姿は仕事というよりもはや使命のように見える。次の25年も私たちの想像を遥かに超える“コラボレーション”を見せてくれるだろう。

取材風景

公開日:2015年07月16日(木)
取材・文:N.Plus 和谷尚美氏
取材班:株式会社Meta-Design-Development 鷺本晴香氏、yellowgroove サトウノリコ*氏、有限会社ブルーム 松木のんこ氏