仕事の大小に関わらず、納得のいく仕事がしたい
森口 耕次氏:AUN CREATIVE FIRM

デザインの“部分”ではなく“全部”に関わりたい。そんな思いから、宇宙の始まりと終わりを表す“阿吽”という言葉から名付けたというAUN CREATIVE FIRM。その屋号通り、デザイナーという枠を越えて、本づくりに関わったり、フードイベント「編集ピザ」を手掛けるなど肩書きにこだわらない活動を行う森口氏。障がい者施設や建築設計事務所などさまざまな業種を経て、デザイナーという仕事に辿り着いたという異色の経歴から、今後の展望にいたるまでのお話をうかがった。

まわり道を経て辿りついたデザインという仕事

大学卒業後、障がいを持つ人々の自立を支援する作業所の指導員に。その後も、求人広告の制作会社、建築設計事務所、工務店などさまざまな業種を経験した。しかし、どの仕事でもさまざまな壁にぶつかり、葛藤する日々が続いた。
「新卒で初めて経験したのが福祉業界だったんです。が、22歳の若者が明らかに自分より年上の障がいを持つ方に対して、ものごとを上から指示するというのが、気持ち的に重くなってきたんですね。彼らは人生の先輩ですし、自分が社会人経験ゼロなのに仕事の仕方を教えるって難しいぞ、と。建築設計事務所で働いたときは、建築基準法を暗記したり、構造計算をしたりするのが、実はものすごく苦手だってことに入ってから気付いたり(笑)」

「そこで思ったのは、それまでの僕は『おまえはこれに向いてるんじゃないか』って他人が薦める方向に動いていたんですよ。自分がなりたいと思っている仕事より、他人から指摘された向き不向きに沿ったほうが、毎日ハッピーになれる『天職』を見つけやすいのではないか、と。でもやっぱりそれではダメでした。ハッピーを感じなかった。自分が心の底から性(さが)としてやりたいことを仕事にしよう、と。そこで、それまでやってきたことに見切りをつけて、作品集をつくって就職活動をしました。その時点で29歳。1社拾ってくれたところがあって、ようやくデザイナーとしてスタートできたんです」

森口氏

すべて自分でやりたい、そんな思いから名付けた屋号

29歳のスタートから、今年でデザイナー歴10年目。AUN CREATIVE FIRMを立ち上げたのは2010年のこと。独立前に勤めていたのは、大手企業やメジャーな媒体の仕事も手掛ける事務所だった。しかし、クライアントの顔を見ながら直接やりとりするのではなく、あいだに上司や広告代理店の営業マンなど多くの人間が介在する複雑な仕事のありように、次第に違和感を感じて独立を考えるようになったという。

「お客さんと直接やりとりして、納得いく仕事がしたいなあ、と。AUNというのは“阿吽”のことで、“あ”から“ん”までという意味。神社にいる狛犬って、片方だけ口が開いてて、片方が閉じているでしょう。あれは、ここには世界の全部があるということなんだそうです。僕は文章を書いたりもするし、写真を撮ったりもするし、デザインもするのでクリエイティブの個人事務所ということでFIRMにしたんですよ。全部を自分でやりたいし、そのほうがおもしろいし、お客さんにとってもトータルで相談できる方がいいだろうと」


『いばらきさん』

独立後、森口氏にとってエポックとなったのは、『いばらきさん』という地域情報紙だった。家族とともに大阪・茨木市に移り住んだことで、「デザインの力で、地域のために何かできたら」と立ち上げから関わることに。茨木の特産物、グルメ、文化、歴史など、自分自身がこの町をよく知りたい、溶け込みたいという思いとともに号を重ねることに。創刊号は印刷費のみを補助金で賄い、ギャラは出ないという決して恵まれているとはいえないスタートだったが、媒体は多くの人の目にふれることになり、結果的に多くの仕事へつながっていくことに。

「表紙は中身に登場したものを、目次代わりに全部コラージュしています。一見特徴が無さげな『ベッドタウン』でも、探せばいろんなモノやコトがあるんだよ、ということを見せようと思って(笑)。今は4号を制作中で、茨木のアートというテーマでつくっています」

本づくりへの思いと、よりよい未来をつくるために

昨年は初めて“本づくり”という仕事に携わり、大きなやりがいと手応えを感じたそう。『マイクロ・ライブラリー図鑑 -全国に広がる個人図書館の活動と514のスポット一覧』(まちライブラリー文庫)、『本で人をつなぐ まちライブラリーのつくりかた』(学芸出版社)という2冊の本はデザインのみならず、編集や校正という作業にも関わった。

「僕、本が大好きで。デザインだけではなくて、企画段階からトータルに本づくりに関わりたい。この2冊は、磯井純充さんという人が提唱する“まちライブラリー”という、まちの空いてる場所とか、お店の一角に図書館をつくろうという試みを書籍化したもの。本、そして私設図書館を通して世代や職業を超えた交流が生まれたり、まちおこしにつながったり……いろんな可能性や事例を紹介しています」


『マイクロ・ライブラリー図鑑』&『まちライブラリーのつくりかた』

「本づくりを経験したことで、いつか自分でも出版社をやってみたいと思うようになりました。本がいちばん人のメッセージが伝わるし、いちばん保存がきく媒体だなぁと。ウェブは世界中ですぐにでも見ることができるけれども、他社製自社製問わず『サーバー』という機械と通信を使う以上、実は保存性に優れていない媒体ではないかと思うんです」

プライベートでは4年前に子どもが生まれたことで、衣食住の安全性といったことを今まで以上に真剣に考えるようになった。大量生産、大量消費の世の中で、企業のためのデザインをすることに矛盾を感じ、理想と経済の狭間で揺れ動くことも。自分自身が共感を感じるものやことのために仕事をしたい、という思いがより強くなったという。

「たとえば、大手メーカーのパッケージをデザインするとします。当然ギャラもいいだろうし、多くの人に見てもらえる仕事だから嬉しいと思う反面、添加物などがたくさん入った商品に関わることが、自分や家族の未来に本当にいいことなのかどうか、ということを深く考えるようになりました。そういう意味で、自分の中でできるだけ整合性がとれるような仕事をしていく、というのが今後の目標でもありますね」

公開日:2015年02月06日(金)
取材・文:underson 野崎 泉氏