信頼を育む“ひっかかりクリエイション”
白波瀬博文氏:メイクイットプロジェクト

白波瀬博文氏

デザイナーへの夢を抱いた20代の頃、数々の企業やブランド広告を手掛けるデザイン事務所ドラフトのアートディレクター・宮田識氏の存在を知った白波瀬博文氏。なかでもパッケージデザインから店舗デザイン、果ては経営にまで関与したモスバーガーの事例に大きな影響を受けた。「いつかは自分も、相手から信頼し任せてもらえる関係を築きたい。表面上のデザインに留まらず、関わる限りは深くしっかりと根本の部分にまで関わっていきたいと思いました」。これが白波瀬氏のクライアントに対する、またクリエイター仲間に対するコミュニケーションの原点なのかもしれない。

徹底した“ユーザー視点”が
クライアントからの信頼に繋がる

メイクイットプロジェクトは、コーポレートサイト(企業が自社の情報を発信するためのWebサイト)やネットショップなどを、構築から運営アドバイスまでトータルで行うWeb制作会社である。クライアントの多くはB to C事業を展開する企業であり、代表を務める白波瀬氏は“ユーザー視点”に立った訴求力のあるデザインと提案力を強みとする。「インターネットを利用するユーザーにとって面白く使いやすいWebサイトであることがサイトへの信頼、愛着に繋がり、ひいてはクライアントである企業の利益に発展します」。
そのため検索エンジンのヒット率を高めるSEO対策についても「検索エンジンに好かれることを意識するがあまり、ユーザーの存在を無視してはいけない」とあくまでユーザーとの親和性を重視する。「Webサイトへの集客を考えるなら、独自性のあるコンテンツを充実させ、コアなファンを獲得することです。他社にはない、特出した魅力をコンテンツによって発信し、さらにブログやFacebook、Twitterといったコミュニティツールによってファンとの親密度を高めます」。
現在携わる案件の一つ、タキシードのレンタルサイトではクライアントの「タキシード文化を身近に感じてほしい」との思いを発信すべく、独自性のあるコンテンツを企画中だ。例えば、タキシードを着用した新郎本人によるコメントを掲載し、よりリアルな魅力を発信するという。また、当初は新郎をメインユーザーに想定したWebサイトだったが、ユーザーを分析するアクセス解析によって新郎新婦の“お父さん世代”となる60~70代男性が一定の割合を占めることが分かると、結婚式で両家の父親が着用するモーニング専用のコンテンツを追加した。最近では若い女性ユーザーにも着眼し、女性目線のコンテンツも検討しているそうだ。
「結婚を控えたユーザーの視点に立ち、結婚式に向けてどういう情報が欲しいのか? 新郎のタキシードを選ぶ上で何が大事なのか? を考えながらWebサイトを見つめると自ずと必要な要素が見えてきます」。
現在も中小企業を中心にさまざまな案件に携わっており、ユーザー心理への深い理解と、柔軟な発想力によって需要度の高いコンテンツを積極的に提案している。


【制作事例】

クリエイターとしての社会貢献

「要は誰のためのデザインか? 誰のためのWebサイトか? 誰のために仕事をするか? ということです。僕は、Web制作は、デザインからコンテンツ企画まで全てがユーザーの利益のためだと思っています」と白波瀬氏。なぜ氏がここまで“ユーザー視点”にこだわるかというと、社会貢献への意識からだそう。
「以前、仕事を通じて何か社会貢献活動できないかと考えた時期があります。その時は、クリエイターという職業ではボランティアのように直接的に社会貢献するのは難しいと諦めました。しかし、よく考えるとWebサイト制作によってクライアントさんの想いを実現しお役に立つことができれば、相手を喜ばせる社会貢献になるのでないか? と考えるようになったのです。そのためにはユーザーから支持を得ることが必要不可欠。“クライアント視線”の考えや情報発信のスタイルではユーザーが欲するものを提供できません。“ユーザー視線”にならない限りクライアントさんの思いを実現することは出来ないし、僕自身の社会貢献にもならないという考えに至ったのです」。
だからこそ、ときにはクライアントとの打ち合わせにおいて「それはユーザーから求められません」とアドバイスすることもあるのだとか。「例えばユーザーが問合せしやすいようWebサイトには問合せフォームを設けるよう提案します。が、そうなるとユーザーの情報を求めるがあまり過剰に記入項目を設けるケースが多いのです。それではユーザーが記入しづらく、かえって問合せが減ってしまいます。記入項目は名前、問合せ内容、連絡先と必要最小限度で十分なのです」。こうした“ユーザー視点”に立った率直な意見は、クライアントからの信頼にも繋がっている。

根底から深く繋がることへの確信

現在、こうして活躍する白波瀬氏にとって一つの転機となったのが2013年のメビック扇町クリエイティブクラスターへの登録。これを機にイベントやセミナーに積極的に参加するようになった。なかでも「情熱の学校」のエサキヨシノリ氏が講師を務めるクリエイター向けのセミナーにはたびたび足を運んだ。その一つが、クライアントに対するプロデュース力を向上させる「プロデュース力アップ講座」である。
「当時僕はインターネットの普及と共に年々増加するWebデザイナーの中でどう差別化を図るか、自身の軸となる部分を模索していました。自分の持ち味は? 金額設定は? またクライアントは大手企業、中小企業、どちらに照準を合わせるのか? 自分なりの考えはありつつも相談できるネットワークが乏しく、本当にこれでいいのか迷っていました」。
だからこそ、エサキ氏の言葉に「お前は間違っていない。このまま突き進め!」と強く背中を押された気がした。特に印象的だったのは、後日参加したワークショップで聞いた“ひっかかりクリエイション”という一言。自らの仕事のコンセプトを言語化し明確にするというテーマのもと、参加クリエイターが自身のコンセプトを説明しエサキ氏がそれを一言で言い表すというものだ。
「僕のコンセプトは、たんに商品やサービスに携わるのではなく、その根底にあるクライアントさんの熱意や喜び、時には抱えている悩みまでもしっかりと引っ張り上げて、それをデザインや企画に落とし込み表現するということ。エサキさんの言葉はズバリそれを言い表していました。自分がしたかったことはこれや! と確信し、気持ちがスッキリしました」。
これを機に軸となるものが定まり、クライアントへの対応にも迷いがなくなった。相手のひっかかっている部分を意識することで目先の事象や問題点に惑わされず、その奥に潜む本質を掴めるようになったという。

またセミナーと同時に、月一回程度のペースで開催される企業とクリエイターの交流会にも毎回欠かさず参加した。もちろんこれまでも人との繋がりを求め、数々の集まりに顔を出したことはあったものの、営業意欲ばかりが先行する上辺だけの会話に馴染めず、仕事はおろか個人的な付き合いに発展することもなかったと言う。
「だからメビック扇町の交流会では、仕事に結びつかなくてもいいのでとにかくいろんな人と出逢って楽しくしゃべろうと思いました。企業の方に向かって営業モード全開で仕事をとりにいくというよりは、他のクリエイターさんたちと仲良くなりたいという気持ちの方が強かったですね」。この構えないスタンスがかえって白波瀬氏の欲のない誠実な人柄を物語ったのだろう。回を重ねるたびに顔馴染みが増え、どんどんネットワークが広がった。
「とにかく動けば、自ずと繋がります」と白波瀬氏。約半年間欠かさず参加したお陰で、今では多岐に亘るネットワークを築き、仕事の幅も広がりつつある。


【制作事例】

繋がりを求める側から提供する側へ

現在、メイクイットプロジェクトにはこのネットワークを通じてさまざまな仕事が舞い込んでくる。「交流会の場に同業者が少なかったこともラッキーだったと思っています。その分ライバルが少ないわけですから」と言いつつも、「大阪府下で活躍するWebデザイナーはもっと大勢いるはずですが、こういった交流の場にはなかなか出てこないのでしょう」と残念さをにじませる。
この思いも手伝って、今春からはメビック扇町のコーディネーターとしてクリエイターのネットワーク作りに励んでいる。
「クリエイティブ事務所を訪問し事業内容やこれまでの経緯を伺い、クリエイター同士、もしくは企業とクリエイターを繋げる役割です。活動し始めて約半年、実際やってみると自分が思っていた以上に面白くて。たくさんの出逢いを重ねるうちに『あの人とこの人を繋げて何か企画できひんかな?』とか『この人を紹介したら面白いことになるんちゃうかな?』と考えるようになりました。最近ではコーディネーター業が板についてきたのか、もう活動のことで頭がいっぱいです」。
こうした多くのクリエイターとの出逢いに触発され、今後は自身のWebデザイナー業と並行して意外な夢も描いている。
「以前からフリーのクリエイターを集めたコワーキング施設の運営に興味を持っています。一つのスペースを共有し仲間と一緒に仕事ができたらきっと面白いものが生まれると思うのです。他にもクリエイターの発表の場となるメディアサイトも立ち上げたい。コアなユーザーをターゲットに馬鹿げた実験をしてみたり、変わった趣味を持つ人にスポットを当てて“情熱大陸”ならぬ“変人大陸”という企画を組んだり」。一見すると方向性がバラバラのように見えて、実はいずれも「繋がりの場の提供」という一つの向きを指し示していることに気付く。
繋がりを求める側から提供する側へ。新たなステージが白波瀬氏の活躍を待っている。

取材風景

公開日:2015年01月07日(水)
取材・文:竹田亮子 竹田 亮子氏
取材班:360 清水 友人氏、graphic design studio Einsatz 吉田 透氏