頭は動いているか? 手も動いているか?
佐野 千敏氏:サノデザイン

書体の持つチカラ


佐野さん

今回の取材はサノデザインの佐野さんです−。そう聞いたときから、何だか気になっていた。「お会いしたこともお話したこともないのに、何だか佐野さんのことを知っている気がする」。その疑問は、名刺をいただいたときに解決した。「そう、ロゴマークのこの書体を見たことがあるんだ」。聞けば、パートナーと一緒にメビック扇町に入所していた2年以上前、入所企業紹介のコーナーに当時の事務所名である「サノオカダデザイン」のロゴマークを載せていたとのこと。それが記憶の奥底に眠っていたのだ。
「文字組みはデザイナーとしての僕らしさが発揮されるシーンだと思う。だから最新の書体はすごく気になるし、大好き。新しいのが出るとすぐに飛びついています」
決して饒舌ではない佐野氏だが、書体について語るときは別。ここ数年のトレンドの移り変わりから大御所企業・モリサワの新サービスまで、話はつきない。「細かい作業は苦手」と言いながらも、文字組みになると1ミリ以下のレベルで最適値を探し出す。「キユーピーの広告なんか最高ですね。あまりのきれいさに、見とれてしまいます」。

アナログなスキルの大切さは今も昔も同じ

サノデザイン事務所

丸坊主頭に割腹のいい体格、そして足元は雪駄。聞けば、27歳でデザインの仕事を始めるまでは、家業の運送会社を手伝って長距離トラックの運転手をしていたとのこと。妙に納得だ。コーヒーを振る舞ってくれる際の何だかぎこちない手つきが、「ち密な手作業は不得意なんです」という言葉に説得力を持たせる。
「パソコンがなかったらとっくにこの仕事は辞めていました。だって、まっすぐに平行な線を引いたり、1文字1文字位置を決めていったりなんていう細かな仕事は、大雑把な性格の僕には過酷すぎますよ」。そんな佐野氏にとって、パソコンの普及とデザインソフトの進歩は渡りに船だった。新たなデザイン手法をいち早く習得し、めきめきと腕を磨いていった。
「でも、今となってはわかります。当時、年下の先輩たちに怒られながら手作業をしたことがどれほど大切だったかって。文字を切ったり張ったりする作業をしたから、『美しい文字組み』というものを体で覚えることができた。枕元にメモ帳を置いて寝ていたから、今でもアイデアをすぐにスケッチして整理整頓する習慣が残っている。便利なデジタルツールはどんどん使えばいい。でも、アナログなスキルは今も昔も変わらず役に立ちますよ。クライアントとの打合せでも、サムネイルをその場で描きつつ、現場でコミュニケーションを取ることはとても大切ですからね」

商売のタネはアイデア。パソコンスキルではない

「最近の若い者は…なんて言うのは嫌い」と言いつつも、思わず口をつく後輩世代への注文。それは、世代間ギャップというより、「デザイナーの専門性や存在意義が薄らいでいるのでは?」という意識から来るものかもしれない。例えば、デザインソフトの高性能化や普及により、デザイナーへは従来にもまして高度なパソコンスキルが要求されている。クライアントから「この写真、ちょっと修正しておいて」と気軽に言われ、四苦八苦しながら作業したという経験のあるデザイナーは少なくないだろう。
「仕事は基本的に断りません。特にフリーになってからは『デザインのなんでも屋さん』になっています。でも、それに流されてクリエイティブを失ってしまっては、デザイナーとして生きていくことは絶対に無理。クライアントがいて、代理店の担当者がいて、そして自分がいる。そんな構造の中でも、『佐野千敏というフィルターを通っているからこそ生み出されているものかどうか』を常に自問自答しています。デザイナーはパソコンスキルで商売しているのではなく、アイデアで商売しているんです。逆説的ですが、パソコンのおかげでこの仕事を続けられた自分が言うんですから、あながち間違いじゃないはずですよ」

すべての評価はレスポンスが決める



「ハッピーなデザイン」
であるためのチェックリスト
主役はコピーか?
主役はヴィジュアルか?
ひとりよがりになっていないか?
アイディアをあきらめてプレゼンしていないか?
アイディアがちゃんとカタチになったか?
自分らしさはでている?
考えすぎていないか?
紙、印刷、納得いった?
楽しんで仕事した?
レスポンスはあったか?

佐野氏は自らが手掛けるデザインに対して、「いいデザイン」よりは「ハッピーなデザイン」でありたいと考えている。そして目指すべき「ハッピーなデザイン」であるかどうかを計る10個のチェック項目があるという。そこにはもちろん、「自分らしさはでているか?」という項目もある。しかしもっとも大切なのは、「レスポンスはあったか?」というものだ。
「僕は広告のデザイナー。使命は、クライアントの狙いに沿った広告を作り、レスポンスを得ることです」
そのため、打合せ段階では細部にわたってクライアントの意向をくみ取ろうとする。出稿後は、担当者へ反応をたずね、自分なりに評価点や改善点を考える。「コミュニケーションを深めて本音を掘り下げていかないと、結局はレスポンスの段階で満足にはたどり着かない」とも。
ちなみに、10項目すべてを満たせた仕事はあるのだろうか?

「ありません。きっとこれからもない。でも、いつまでもそれを追い求め続けるのが、デザイナーっていう仕事なのかもしれませんね」

公開日:2007年04月17日(火)
取材・文:株式会社ビルダーブーフ 松本 守永氏