見極める力とサービス精神。それが、デザイナーとDJの共通点。
山本隆一郎氏:マテリアート

山本氏

夕方まではディレクターやデザイナーとして働き、夜は、クラブのDJやイベントのオーガナイザーとして幅広い人脈を築く。それが今回取材した、マテリアート代表・山本隆一郎さんの日常だ。かたや寡黙にデスクに向かっていることが多いデザイナーと、大勢の人と時間を共有するDJを両立させること。それはデザインという仕事にも、反映されているのだろうか?

フリーランスが集まってクロスメディアな展開を。

マテリアートは、WEBデザインからWEBシステムやソリューションの開発、印刷メディアの制作に映像やサウンドによるイベントの企画運営、商品企画やパッケージ制作まで手がける会社だ。「デザインできるものはなんでもやります」と山本さん。
社内のメンバーは2人とも大学時代の友人で、それぞれフリーランスで仕事をしていたが、「一緒にやればクロスメディアな展開もできる」と山本さんが声をかけて設立された。学生時代から続く信頼関係がベースになっているという。

大学時代は印刷会社でアルバイトをしていた。当時、まだ普及していなかった3Dグラフィックからチラシまでデザインを経験後、プロダクトデザイナーとしてメーカーに就職。ここではプロダクトだけでなく、WEBの制作も担当する。さらにデザイン事務所への転職を経て独立。まだ20代半ばで、フリーランスとして出発した。

独立当初は知り合いから入ってくる仕事だけだったが、その後、自身が通っていた美容院が顧客となり、現在に至るまでの永い付き合いとなる。「そこは一時期、3年間で全国に40店舗ほど出店しておられて、紙媒体からWEBまで任されました」。そのような膨大な仕事の中で培われた山本さんの仕事は、イメージの的確さや仕上げのスピードに定評がある。「自分ではそんなふうに思ったことはないのですが、強いていうならクライアントの癖をつかむのは早いかもしれませんね。それと効率化については常に考えています。提携作業はまとめて、一括処理できるソフトを使ったり。またすべて自分で抱え込まず、得意な人に振っていくとか。時間をかけるところと効率化できるところは、整理して進めています」。

取材風景

クラブには、バカなことを本気でやる面白さがある。

さて山本さんのもうひとつの顔、クラブでのDJやVJ、イベントのオーガナイザーについて。「VJは10年くらいやってますね。学生時代からクラブに通っていて、その頃から映像はつくっていたので、軽くやってみる?という感じで」。これまでも石野卓球やm-flo、ダレン・エマーソン(元UnderWorld)といったビッグネームのVJをしたこともある。

仕事をしながら1ヶ月に6本、多い時は月15本のイベントをこなしたことも。告知にはTwitterやFacebook、LINE、mixiとSNSを駆使し、サブカル系イベントでは300人も集客した実績も持つ。10月下旬には国内でも最大規模のバル「アメホリバル」のイベント制作に参加することになっている。

とはいえ、こんな風に仕事に繋がることはさほど多くはなく、山本さんにとって“クラブ活動”は、あくまでも「趣味とか遊びの延長」だという。「一緒にイベントをするのもクリエイターが多いので、そのつながりで頼まれて映像やフライヤーをつくることもありますが、あくまでも結果としてついてくる感じで、それが目的なわけじゃない。ギャラもたまにもらえますけど、飲み食いでなくなってしまう程度です(笑)」。

ではなぜ多忙な中、時間をつくってまでクラブ活動に励むのだろうか? 「やっぱり、クラブでしか生まれない“横のつながり”が、自分にとって刺激的だからですかね。それとバカなことを、本気でやるのは面白いからかな。イベントのひとつに“大人の本気シリーズ”っていうのもがあって、外にクラブをつくろうって、まだ桜も咲いてない時期に炬燵を運び出して、みんなでゲームしたり。30時間ぶっ続けでバーベキューしたり。そういうバカなことを真剣にやるのが楽しいんです」。

DJをする山本さん

名刺交換からはじまる関係では得られない
共通の興味から広がる「濃い関係」。

クラブで生まれる“横のつながり”−−クラブでは、普段の仕事では会えないタイプの人たちと知り合えるという。「以前うちでアルバイトしてもらった人も、クラブで知り合った。もちろん楽しいというのが一番にあるんですが、そういう出会いやつながりの場としても使えるかなと。クラブって、音楽やゲーム、アニメとか、なんかしらオタクだったり、とんがっている人が集まる場所だと思うんです。デザイナーだってデザインオタクだったりするわけでしょ。そこでオタク同士、互いの手の内を見せあうという楽しさがあります」。若い世代と対等に話すことができるとも。「この仕事してると18〜20歳くらいの子と、直接話す機会ってないじゃないですか。でもクラブだと、ここで知り合って、一緒にゲー厶センターやマクドナルドに行って、その子たちが今一番興味を持っていることを聞けたり、自分がつくっているもの見せてどう思うか聞いたり、本音で話ができる。しゃべり口調や、今流行ってることも参考になるし」。マーケティングでは得られない、リアルな生の声が仕事にフィードバックされることもある。

「もともとオタク的なものは詳しくなかったんですけど、聞くだけタダですし(笑)。知らない間に自分の引き出しもどんどん増えていく感じです。あの人って、こんなオタクだったんだとか知るのも面白い」。誰の話も否定することなく面白がって聞ける山本さんのバックグラウンドに興味が湧いた。「“人に干渉しない”という親の教えが影響しているのかも。うちの親って子どもにも、好きなことならやればいい、受験もやりたければやればどうぞという人で。ぼくからすると危機感はハンパなかったです(笑)。何でも自分で考えてやるという性格も、そこからきているのかも」。

デザイナーとDJ、共通するのは「ツカミ」の大切さ。

最後にWEBのデザインをつくるうえで、山本さんがこだわっていることを聞いてみた。「仕組みとか目線の持っていき方とか、こだわりは人それぞれだと思うのですが、ぼくは“ツカミ”が大切だと思います。サイトを訪れた人をとどまらせる力というのは。それがすべてというわけではないですが、うちでつくる場合は、そこにあった仕掛けを何かひとつ用意しておきます。そこから先は使い勝手が重要だと思うんですけど。伝えたいことの優先順位をハッキリさせて、そこをトガらせて見せるようには考えています」。

そして「ツカミ」が大切なのは、クラブのDJも同じだという。DJはフロアを盛り上げるために、その場にいる絶対数のお客さんの好みを瞬時にかぎ分けて選曲することが求められる。お洒落なサウンドが求められているのか、曲に合わせて歌えるような、みんなが知っているような曲がいいのか。それはクラブの個性や雰囲気、当日のお客さんの顔を見て決めるという。最初に山本さんが自身を分析した“クライアントの癖をつかむのが早い”という判断力もフロアで場数を踏んだ成果だろうか。「分かりやすい例を出すとアニメイベントの時には、お客さんの年齢層をみて曲をかけます。自分が見ていたアニメと20代のお客さんが見てたものって、確実に違うじゃないですか」。

さらにそのサービス精神は表現方法にも通じる。「デザイナーでもDJでもアーティストと呼ばれる人は自分のカラーを持っているし、お客さんもそれを求めているから、とことんテイストを貫けばいい。でもぼくはアーティストじゃないですから、いずれの場合でも、お客さんが気持ち良くなれるものを見極めて、ほどよいタイミングで提供していきたいんです」。

公開日:2013年07月30日(火)
取材・文:町田佳子 町田 佳子氏
取材班:株式会社ファイコム 浅野 由裕氏、森口 耕次氏、UNDERLINE 徳田 優一氏