思い出の中にずっとそっと居るものを
中西 カツミ氏:CA-RIN WORKS

中西氏

絵は人なり。中西さんと話していると、こんな言葉が浮かんでくる。本来は、文章を見れば書き手の人柄が分かることを意味する「文は人なり」という諺だが、「書く」が「描く」に変わり、対象が絵描きになったとしても意味合いはしかり。穏やかで居心地の良い中西さんの人柄がイラストたちからも伝わってくる。

「あれ!?」という驚きが心をくすぐる

作品
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CA-RIN WORKSの中西カツミさんは現在、ポスターやパンフレット、小冊子など広告媒体を中心にイラストを描いている。キャラクターを立ててビジュアル展開することも多く、よく知るところで言うと、街角で見かけるシュークリーム店「enfant」や自然食系の販売業者「Oisix」の広告イラストを担当してきた。
「もちろん案件によっていろんなテイストを描きますが、優しいタッチやどこか懐かしい風合いが得意ですね。最近はたんに優しい、可愛いというよりはちょっとした“ひねり”を足すようにしています」。
例えば、昨年末に制作した卓上カレンダー。2月はバレンタインにちなんでハートの風船を携えたネコの宅配業者が愛を届けにやってくるというもの。横には「Cat’s delivery service」という一文が添えられている。ネコの宅配業者と言えば、言わずと知れた某有名企業を誰もが連想するだろう。となれば、もちろんネコの毛の色はクロ…のはずだが…。
「そこを、あえてシロに。『あれ?!』っていう、ちょっとした意外性が面白いなと思って。絵を見た人が、何か楽しい気持ちになってもらいたいんです」
と中西さんは陽気な表情で語る。確かに、見つけた時の「あっ!」という高揚感はなんとも嬉しいものがあり、こういったちょっとしたユーモラスがイラストに親近感を感じさせるのだろう。

イラストレーターへと踏み出した、最初の一歩

取材風景

元々、専門学校でイラストを学んだ後、広告会社でグラフィックデザインの仕事に就いた中西さん。当時は、営業担当者から指示されるままにデザインを行う仕事に従事し、クライアントの反応が直接見えない状態が続いた。
しかし、転機が訪れたのは入社後、初めて自身で開いたイラスト展でのこと。会場を訪れる人たちの姿、聞かされる言葉に胸が躍った。「何より、ダイレクトに反応が返ってくることがすごく楽しかったんです。あのワクワクする感覚は今でも自分の中に残っていて、何年経っても忘れられません。お客さんとの関わり方を考えると、会社のように営業担当を通して間接的に関わるより、直接お客さんと話合えるフリーランスの方が自分らしいなと思いました」。
しかし生活の安定を考えると、なかなかフリーランスへの転身を即決できる人は少ない。中西さんも現職のまま安定した生活を守るべきか、イラストレーターとして自分らしく働くべきか、二つを天秤にかけ半年間自問自答を繰り返した。そして悩んだ末「やっぱりお客さんに対してダイレクトに喜びを届けたいと退社を決意したという。
現在も、その固い決心は変わらない。大阪市北区は浮田町にある「juen delicafe」のキャラクターはその思いを実現した仕事の一つだ。
「元々顔見知りだった店舗オーナーから依頼を受け、店のオリジナルキャラクターを制作しました。オーナーはこだわりを持った方で、お互いにあぁでもないこうでもないとアイデアを出しながら一緒に作り上げていった感じです。直接お客さんと向き合い、相手の思いに真正面から取り組むもの作りっていいなと実感しました」。
また、こうして直接お客さんの思いを感じることで、代理店からの受注の際も、「商品を手に取るお客さんの気持ちを大切にしたい」との思いが増すのだという。

イラストは普通の世界とは違う時間軸で動いている

こうして独立後、一つひとつの出会いを育み、実績を積み重ねてきた中西さんだが、30歳を過ぎた頃、一時だけ自らの殻に閉じこもるような時期があった。それまで臆することなく人の集まる場に足を運び、誰とでも親しくなってきたはずが、急に何をするにも物怖じし外へ足が向かなくなってしまったのだ。お陰で仕事のチャンスも減り、自身では当時を振り返り「氷河期」と称す。
人によってはなんとか打開しようともがく人もあるだろう。しかし中西さんは違った。
「今はアウトプットではなくインプットの時期だと割り切り、もともと興味のあったWebの知識を身に着けたり、イラストやデザインのスキルアップに時間を費やしたりと、外へ広げるのではなく内へ深める作業に専念しました。そのお陰か、仕事で依頼を受けたときも一つひとつのイラストがその時どういう役割を果たすのかをより意識して描けるようになりました」。
またその時期に以前から興味のあった革細工を習得し、奥様が作ったフェルト雑貨や自らがデザインするTシャツと共に、手のぬくもりを感じるクラフト雑貨を販売するWebサイト「ca-rin」を開設した。このサイトについて中西さんは、「ココロの日記に大切な想い出を一つ一つ大事に綴っていくように、毎日が積み重なっていったらどんなに素晴らしいだろう。そしていつか、誰かの“懐かしい風景”の中にca-rin(の商品)があったらどんなにステキだろう」と自らの思いを綴っている。
「僕の中で、一つのものをずっと長く使い続けたいっていう思いがあって。多少高価なものでも、その分長く使えるし、長く使っていたら自然と愛着が湧くると思うんです。だから、そういうものを、心を込めて作っていきたいなと思っています」

どの雑貨たちも中西さん夫妻が心を込めて作った風景が目に浮かぶ。そしてそれらはお客さんの手元に届いた後、また新たなストーリーを紡ぎだすのだろう。
さらに、このもの作りへの姿勢はイラストに対しても同じだと言う。
「数年前に個展でイラストを買ってくれた人が、『今も部屋に飾っています』と声をかけてくれることがあります。やっぱりすごく嬉しいですね。流行を考えると、昔のものって古ぼけた印象になるのでしょうが、僕は、イラストは違う時間軸で動いていると考えていて、時が経つにつれ作品が劣化するというよりは、むしろ逆に味が出ているんじゃないかと思っています」

中西さんの描くイラストは、人々の日常に溶け込み、生活に中にそっと穏やかな彩りを添え続ける。そうしてイラスト自身も深く優しい味わいを醸し出すのだ。
そしてそれは描き手である中西さんも同じこと。イラストを通して人々に幸せを届け、今後もさらに愛される絵描きへと歩み続けることだろう。

公開日:2013年02月27日(水)
取材・文:竹田亮子 竹田 亮子氏
取材班:株式会社スマイルヴィジョン 林 智子氏