デザイナーよ。スポンサーの扉を叩け!
大橋 陽氏:(有)ビー・ビーデザインスタジオ

クライアントの気持ち

大橋 陽さん
大橋 陽さん

ソフトでもハードでもかまわない。企業が世に送り出す商品には必ず「コンセプト」というものがある。クリエイターと呼ばれる人たちなら、耳にタコができるほど聞き慣れた言葉だ。このコンセプトを元に、商品をより魅力的に見せるための「作為」をクリエイターたちが担っているのだから、それは当然のこと。ところが、コンセプトに次々と人の手垢がついていくと、肝心な部分が見えにくくなっていく。まるでリアルとバーチャルの境界線上に浮かんでいるような、実体があるようでないような、あやふやな、ふやけたものになってしまう。

JRカード
JRカードの販促プロモーションも

デザイナーからクリエイティブの世界に飛び込んだ大橋さんは、コンセプトを肌で感じることの大切さを「今になってつくづく思う」という。「デザイナーって、プランナーや印刷会社、広告代理店から仕事をもらうのが当たり前。そんな受注体制に慣れきってしまっているんやね。でも、この体制だと、人や会社が介在しているからクライアントの気持ちがダイレクトに伝わってこないでしょ。そうすると、コンセプトにズレや温度差が出てくる。結果として、販売戦略に見合った広告づくりが難しくなってしまうんよね」

生の現場の体験

オフィス内観
ビー・ビーデザインスタジオ オフィス

印刷会社から企画会社へ、そこから制作プロダクションへ、そしてブレーンのデザイナーへと、そんなインフラが出来上がってしまっている現状のなかで、デザイナーが「クライアントの販売戦略に見合った広告づくり」を可能にするために何をすべきか、大橋さんはこう考える。「クライアントとダイレクトに向き合う機会をつくること。たとえばミーティングやブレストに参加させてもらう。現場ではクライアントの担当者が頷いたり、目線を落として考え込んだりしているわけです。そんな動作や表情を観察するだけでも、ずいぶんと違ってくる」。大橋さんは、生の現場の体験こそ、デザイナーにもっとも必要なことだという。

大橋さんの話から、こんな体験を思い出した。ある新商品の試作品を手に取ったときのことだ。その重さ、握りやすさ、手触りの滑らかさ、光の強さによって変化する色味。五感を通して得たこんなリアルな情報は、資料や写真だけでは十分に伝わってこない。さらに開発者の生の言葉、熱い表情ともなれば、なおさらである。こんな体験を踏んでこちらに移植されたイメージと、いくつかのフィルターを通って伝えられたイメージとでは、出来上がった広告の訴求力におのずと差が出る。

病気は人をつなぐ

パンフレット
パンフレット

大橋さん率いるビー・ビーデザインスタジオは、大阪と東京、そして中国の上海に拠点を持ち、さまざまな業種のクライアントを相手に、川上から川下まで、マルチメディアを駆使した販促・広告デザインを手がけている。

同社を設立して17年。実績を積み上げてきた大橋さんだが、もちろん最初の第一歩にそんなステージはなかった。学費が払えず大学を中退。デザイン専門学校へ進路を変え、卒業後は西区のデザイン会社へ入社した。動機は「来たかったら、来たらええねん」という社長の言葉。「やる気を試されている」と考えた大橋さんは入社後、馬車馬のごとく働いた。スポンサーから独立を勧められ、南森町に7坪の事務所を構えたのは10年後、33歳のときだ。「ラッキーだったけど、甘んじてたね。今から思うと、仕事はもってきてもらえるもので、創るものという考えがなかった」。

当時の南森町は“デザイン村”と呼ばれるほど、デザイナーが多くいたという。「忘れられないのは、僕が内臓疾患で倒れたとき。仕事が全部ストップしてしまったけど、まわりにいたデザイン仲間がみんなでやってくれていた。ギャラは山分け。病気は人と人をつなげるね、それをほんまに実感したな」

ベタなコミュニケーション

大橋 陽さん

大橋さんは今を「デザイナーの変遷期」だと捉えている。「キレイ、キタナイのレベルで勝負するのではなく、モノを作って売る、消費者が使って満足する、スポンサーと同じそんな波長を持ったデザインをせんとあかんのとちゃうん。プランニングも、広告コーディネイトもマーケティングも全部こなせるデザイナーがベストやけどね。とにかく、デスクワークをしたがるデザイナー、ネットだけで情報を得たつもりになっているデザイナーはあかんで。それと、海外旅行する機会があったら、現地のデザイン会社を覗いてきたらええねん。グローバルな世界のマーケットが実感できるはず。とにかく、もっと外へ出て行かんと。もっと参加していかんと。もっともっと目と耳と口でベタな情報コミュニケーションをしていかんとあかんと思う」。

これまでのデザイナーが、これからのデザイナーになるために、扇町・南森町界隈で働くたくさんのデザイナーたちが、クライアントと直にブレストできる環境を自らの手で作っていけば、この街はまちがいなく元気になるだろう。「もっと社会に参加すべき」。大橋さんは、そう呼びかける。

 福川 粛さん イラスト

公開日:2006年12月19日(火)
取材・文:福川 粛氏