言葉のように“理解できる”デザインを目指して
浪本 浩一氏:(株)ランデザイン

株式会社ランデザインのオフィスは、南森町駅からほど近いビルの7階にある。天井高4メートル、スコンと抜けた頭上の開放感と大きな窓からの採光が心地いい。足元には、吉野檜を贅沢に使った床材がどっしり敷かれ、シンプルで温かみのある北欧住宅のような空間だ。
代表取締役の浪本浩一氏は約2年間のメビック入所を経て2007年、このオフィスを構えた。今年(2012年)、創業7年目を迎える。
メビック時代は、個性的なクリエイターたちの「まとめ役」として中心的な役割を担い、イベント運営などにも手腕を発揮した浪本氏。起業してからこれまでのこと、そして将来について伺った。

浪本氏

父の元での修行、東京での経験を糧に

「デザイナーとしてのスタートは遅かった」という。デザイナーの父を持ち、子供の頃から写植や製版にふれながらも、大学卒業後はオーストラリアへの留学や旅行会社の営業などさまざまなことにトライした。「若かったので、いろいろ経験したら何かが見つかると信じていました。でも、結局見つからなくて。ある日、それまで自分の仕事を勧めることのなかった父に『デザイナーでもやって独立したら』と言われたのがきっかけです」。
実を言うと、そのとき浪本氏の心に響いたのは「デザイナー」ではなく「独立」という言葉だったのだが、かくして浪本氏のデザイナー人生がスタート。父親の会社での“修行”が始まった。
「親子なので遠慮なく叱られ、鍛えられました。ソフトの使い方も父から教わったんです。当時、Macを入れているデザイン会社はまだ珍しかったのですが、父の会社ではいち早く導入していました。そのおかげで後になってデザイン業界が急速に写植からDTPに移行したとき、父の会社はダメージを受けずに済んだんです。デザインだけでなく経営者として、常に時代の流れを読んで適応していくことの大切さも学んだように思います」。

半年後、浪本氏は父の元を離れ、大阪のデザイン会社を経て東京の広告制作会社に就職する。
「東京で勤めていた会社は、社員30人の規模でしたが、“上場企業と直接取引をする”というポリシーを持った会社。派手さはないけれど、そう言い切れるだけの能力のある企業でした」。
浪本氏は、そこで大手のカメラメーカーや食品メーカーの広告やカタログ、ウェブサイトのデザインを担当。デザイナーとして大きく成長しただけでなく、大手企業との仕事で当然必要とされる仕事の進め方や協働の仕方などディレクションのスキルも身につけた。「小さな会社でも大手企業と対等に仕事をしていけるという“モデルケース”の中で勉強できたことは、今思えば貴重な経験でした」。6年間働いた後、浪本氏は地元大阪での独立を決めた。

個性的なメビックの面々の「まとめ役」として


この街のクリエイター博覧会
(メビック扇町主催)
2007年10月〜12月

浪本氏が地元大阪に戻って起業しようと考えたとき、ネックになったのが大阪での「人脈のなさ」だった。東京での生活が長かったため、大阪ではゼロからのスタート。「人脈作りのためにもまずはメビック扇町に入所しようと、起業準備の段階から決めていました」。
メビック扇町にいた2005年から2007年の約2年間は、さまざまな交流会に顔を出して人脈を広げることで精力的に仕事の幅を広げた。同時に、メビック扇町主催のイベントの実行委員長としても度々お声がかかり、奔走する。
「メビックのイベントは、クリエイター同士はもちろん、協力企業との折衝など多くの人と関わります。たくさんの人を巻き込みながらも、ひとつにまとめて物事をスムーズに進めていく必要がある。それが、メビックで求められていた自分の役割だったんです」。どんな業界の人とも話ができ、信頼を得てスムーズに仕事や人間関係を進めていく能力は、今でも浪本氏の強みのひとつでもある。

「永く使われるデザイン」を手がけていきたい

現在、株式会社ランデザインは、会社案内や広報物などの印刷物からウェブサイト制作、パッケージデザインなどをトータルに手がけている。ランデザインのホームページを見ると、グラフィックデザインはもちろんのこと、もの作り企業とのコラボで生まれた美しいワインの箱や、クリエイターと職人をつなげる展示会の空間デザインなど、さまざまな作品が目を楽しませる。
「ホームページを見た企業担当者からお仕事の問い合わせが来ることも多いのですが、作例として掲載しているものは、メビック時代のつながりから生まれたものも少なくありません。そう考えると、今の基盤を築いたのはメビックですね」

どんな仕事をするときも、まずはデザイナーやコピーライター自身が商品やサービスの中身を理解し、きっちり情報を整理することを大切にしているという。
「“ランデザイン”の“ラン”は英語の“language(言語)”から来ています。言葉のようにコミュニケーションできるデザイン、つまり“理解できるデザイン”という意味です」。ビジュアルの美しさだけでない、内容を伝えるデザインを目指す。

最近、「今まで大切にしてきたことの集大成」とも言える仕事を完成させた。
高校生の英語表現の教科書の新ブランド「Vision Quest」(啓林館)のデザインだ。「ロゴから教科書のデザインまですべてを手がけました。平成25年度から使われる予定です」。洋書のような美しいデザイン、分かりやすい構成、ページの見やすさ…早くも現場の先生たちからの評価も上々で、「売上げ絶好調」だそうだ。
「教科書のデザインは、理解しやすさ、構成の分かりやすさ、楽しさと美しさ、色覚障害のある人も問題なく使える配慮など、さまざまな要素が必要となります」と浪本氏。デザイナーとして実に多くの知識と技術、センスが求められる仕事だ。
「その点では、『内容の理解のしやすさ』や、『文字をきれいに組む書体選びや文字組み』など、自分がデザインでいつも大事にしてきたことがそのまま活かされた仕事でした」。
中でも、莫大な文字量をいかにすっきり見せるかには徹底的にこだわったという。「教科書を開けたとき、文字ばっかりだと勉強する気が失せる。本当はページあたりすごい文字量なんですよ。でもそうは見えないでしょう。多くの情報をすっきり見せる。地味だけど見せ場です」。
今回手がけた教科書のデザインは、図らずして浪本氏のこれまでのキャリアの集大成となり、同時にこれからのランデザインの仕事のひとつのカテゴリーとしても確立された。
「永く使われるものをデザインするのはデザイナー冥利につきる」と浪本氏。「自分の子どもも、そのうちこの教科書を使う日が来るかもしれない。そうと思うと嬉しいですね」。


高校1年生の教科書「Vision Quest」(啓林館)。
浪本氏のキャリアの「集大成」となった。


もの作りに携わる人たちとの交流も多い浪本氏。
こちらは、村上紙器工業所の村上氏と協働で制作したパッケージ。

最後に、株式会社ランデザインの将来について伺った。
「あまり将来のヴィジョンは立てていません。立ててもその通りにはならないかもしれないし、思いがけないチャンスに恵まれることもある。でも、個人的に考えているのは、デザインが誰もが楽しめる“趣味”であってもいいんじゃないかということ。いつになるか分からないけれど、習い事としてデザインを楽しむデザイン教室をはじめてみたいと思っています。というかもうホームページは何年も前に作ってあるんですけどね。いつか公開します(笑)」。

事務所風景
スタッフは現在、デザイナー2名とコピーライター。
それぞれのクオリティの高さにも定評があり、コピーライターの岩村氏は童話作家としても活動している。

公開日:2012年08月13日(月)
取材・文:わかはら 真理子氏