「相手の予想を超えて喜ばれる仕事」で信頼感を積み重ねる
大塚 憲一氏:オオツカデザイン

大塚氏

2009年、アートディレクターの大塚憲一さんが広告制作会社から独立し、メビック扇町の門をたたいたのが、オオツカデザインの出発点。2010年の卒業に際し、大阪市北区兎我野町に新事務所を構え、同業のビジネスパートナーとオフィスシェアを行っている。現在、大学の学校案内制作をメインに活躍する大塚さんに、クリエイターとしての揺るぎない信念と仕事のスタイル、そして今後の展望を語っていただいた。

「ずっと会社員」のつもりが急な展開で独立開業

デザイン専門学校を卒業後、大阪と東京の広告デザイン事務所で、グラフィックデザイナー&アートディレクターとしてのキャリアを重ねてきた大塚さん。本人は「ずっと会社員でやっていくつもりだった」そうだが、転機は突然やってきた。
「勤め先が諸事情で突然解散することになったんですよ。そのときすでに僕がディレクターとして受注していた仕事もあったので、途中でほっぽり出すわけにもいかず。じゃぁ、独立して個人事業としてやっていこうかということに急遽なったんです」

2009年2月、前職場から担当クライアントを引き継ぐ形で独立。その舞台に選んだのがメビック扇町のインキュベーションオフィスだった。
「いざ自分で事業をやっていくとなると、事前から準備を進めていたわけではなかったので経営のノウハウなどに不安がありました。メビック扇町なら、そういったことをサポートしてもらえると聞き入所を希望しました。実際、マネージャーがすぐ近くにいて、どんなことでも相談できたのがとても心強かったです」

2010年3月にメビック扇町を卒業してからは、大阪市北区兎我野町に事務所を構え、同業のビジネスパートナーとオフィスシェアをしているという。
「基本的には個々それぞれで活動していますが、ボリュームの大きい仕事の場合は二人で一緒にやるというフレキシブルなスタイルをとっています。仕事を受注してきた方が窓口として舵を取りお互いにフォローしながら進めるので、今までに大きなもめ事などはなく上手くやってこれていますね。直接一緒に仕事をする場合じゃなくても、まったくの一人じゃないというのは心理的に安心感がありますし、クライアントさんに対しても信頼度が増すというメリットもあって、なかなかいいスタイルじゃないかと思っています」

「企画力&提案性」がオオツカデザインの強み

現在の仕事内容は、複数の大学の学校案内及びパンフレットや機関誌など編集ものの制作がメイン。デザインはもちろん、企画立案から撮影コーディネートまでトータルなディレクションを行っている。独立以前からのおつきあいが続くクライアントがいる一方、新規クライアントも増えているそう。その順調さの秘訣をさぐるべく、大塚さんの仕事に対するモットーをおうかがいした。
「一口に大学案内と言っても、学校ごとにまったく違うものなんですよね。そこをなるべく早く把握して反映したものをつくるよう心がけています。それと、企画力・提案性をとても重視しています。コンペで受注したクライアントさんから後々聞いた話では、うちが提案したものに対して『そういう考え方を持ってくれるのかと驚いた』『学校の中にはなかった発想で提案してもらったので、ぜひやってみたいと思った』と仰っていただいたこともありました。具体的にどんな提案?うーん。それって特別奇をてらったことをするという意味ではないんです。例えば、学生の写真の撮り方一つであったり、全体の構成であったり…、その学校のどこをアピールしたいかで見せ方は変わってきますよね。細かいディテールというより、『その学校のどこに魅力があり、それをどう表現するか』という考え方そのものを提案することがカギだと思います」

その提案の軸を見定めるポイントは?
「必ず現場に自分の足で行ってみて、その場の雰囲気を感じることですね。『自分で体感してみる』これは、独立前からずっとやっていることです。某飲食チェーンの広告を担当していた時などは、新商品が出るたびにすべて食べてみていました。オリエンシートに書いてあることだけでは、わからないことってたくさんありますからね。『誰も気づいていない切り口をいかに見つけられるか』が勝負だから、とにかく一つでも多くの材料やネタを拾うための労力は惜しまないようにしています」

作品

作品

「相手に喜んでもらうため」のクオリティにこだわる

仕事の量、質ともに充実した現状をうかがわせる大塚さんだが、少し前まではまた違った状況だったそう。
「独立してからは、どんな仕事でもせっかく声をかけていただいたのだからと請けるようにしていたのですが、最近になってキャパ的に無理だなと判断した場合は、正直にその旨をお伝えしてお断りするようになりました。というのも、なんでもかんでも請けていると、ただこなしていくだけの仕事になってしまう。それでは結局の所、クライアントの信頼を落としてしまうことになると感じたからです。数をこなすことよりも、相手にきちんと喜んでいただけるものを丁寧につくっていくことの方が大事だと考え方が変わりました。長い目で見れば、そうやって信頼を積み重ねて行くことが、次の受注や契約更新につながっていくのではないかと思っています。それに、仕上がりのクオリティに納得がいかなくて恥ずかしくなるようなものはつくりたくないですからね。いつでも『これ、僕がつくったんです』と胸を張って言える仕事をしていきたいです」

ストイックに仕事のクオリティにこだわる大塚さんが独立してよかったと感じるのは、自分でコストの判断をできるところだという。
「『新しい提案を盛り込むための準備に労力をおしまない』って言いましたが、これ会社員だと限度がありますよね。予算の枠内で収めるのが大前提ですから。でも自分が経営者だと、予算を度外視してでもやるべきだと思えばやってしまえる。その判断を自分でできる。『これはいいものができそうだぞ』と思ったら、その時にはお金にならなくても、コストをかけることができるんです。一例を挙げると、あるクライアントさんからパンフレット制作の依頼をお請けしたとき、すごくいい写真が撮れたので頼まれてもいないのにその写真でポスターもつくってあげたんです。勝手につくったのだから、もちろん予算は出ないです。単純に『つくってあげたら、きっと喜ばれる』と思ったのでやりました。結果、とても喜んでいただき、それだけが理由ではないでしょうが、その後に大きな仕事を受注させていただくことになりました。そうやって『どうすれば相手に喜んでもらえるか』を考えて、クオリティの高いものをつくることができたら、それが一つの営業ツールとなって次の受注につながっていく。デザイナーの営業ってそういうことなんじゃないかと思っています」

大げさに業績を語ることはなく、「喜んでもらえるものをつくりたい」という言葉を何度も口にする。しっかりと地に足のついた歩みを続ける大塚さんに、あえて今後の野望を聞いてみた。
「今できることを全力でやることを一番大切にしていますが、長期ビジョンとしてはマス媒体の仕事を増やしたいというのはありますね。元々勤めていた広告制作会社では大手代理店の仕事をしていて、編集ものよりもマス媒体の仕事が多かったんです。時代もありますが『広告で遊ぶ楽しさ』を味合わせてもらいました。今はそういった仕事はあまりやっていないので、機会があればまたやりたいなと思っています」
とはいえ、作品をガンガン売り込みにまわるというのは大塚さんのスタイルではないだろう。今できることに力を尽くしクオリティの高い仕事をし続けていれば、いつかスルリとチャンスが舞い込むはず。はにかみながらも仕事に対する真摯な姿勢を語ってくれる大塚さんを前にして、その日はそう遠くないと確信した。

公開日:2012年08月20日(月)
取材・文:C.W.S 清家 麻衣子氏