バッグのデザイン・企画から、オリジナルブランドの展開まで
工藤 友里氏:(有)トン

工藤氏
大阪市西区ACDCのオフィスにて。
時折混じる冗談も楽しい。

大阪市西区。Asia Creative Design Center(ACDC)は多くのクリエイターが事務所を持つおしゃれな雰囲気の建物だ。有限会社トンの代表・工藤友里さんにお会いするべく、その一室を訪ねた。所狭しと並べられた華やかなバッグや大きな段ボール。その奥から工藤さんが顔を出した。「グラフィックやITの事務所とは雰囲気が違うかもしれませんね」と笑う工藤さん。ショートカットにキラキラした笑顔を浮かべて話し出す姿に思わず引き込まれる。「独立当時から、一定の規模にしたかった」と話す工藤さんは、2010年にメビック扇町のインキュベーション施設を卒業した。以来この場所で、バッグのデザイン・企画会社として活動している。そんな工藤さんに、今までの経緯や今後の展望などをうかがった。

仕事に対する哲学を学んだ勤務時代

工藤さんにとってのバッグの世界への入り口。それはバッグデザインの草分け的な女性社長のもとで働きはじめたことがきっかけだ。はじめは社内雑務から広報物制作マネージメント、展示会の運営などを担当していたが、後にバッグのデザインを手がけるようになる。
「2年ほど勤めた後に、社長からバッグのデザインをしないかと声をかけられました。戸惑ったのですが、その時に社長に言われたんです。『仕事が好きで素直だったら、デザインをしたことがなくてもできるようになっていく』と。その会社ではバッグのデザインのみならず、仕事に対する考え方や哲学を学ばせてもらいました。若い頃の経験は大切ですね。その言葉は今でも私の中に生きていますから」。
以降、バッグのデザインに専念。計12年勤務した。その後、バッグの企画・流通のスタンダードを学びたいとの考えから、海外ライセンスバッグや皇室バッグも手がけるメーカーの企画室に転職。2年間の勤務の後、満を持して独立した。
「どちらの会社でも、ものづくりと流通について基本からきちんと教えてもらったと思います。時代が変わっても基本的なこと、大切なことは変わらない。それは世の中の多くのことにあてはまるでしょうね」
独立後はシェアオフィスを経て、2005年メビック扇町に入居。同時に有限会社トンとして法人化を果たした。
「どんな仕事にでも時代背景があり、旬の世代の人たちが活躍する。それでいいと思うんです。ただ時代が変わっても“絶対的な基本”は変わるものではないですよね。勤務時代に多くの人に育てていただいた分、私も次世代の人たちにそれを伝えていきたい。はじめから会社を一定の規模にしたかった理由の一つはそれなんです」。
流暢な語り口が印象的な工藤さん。一つ一つの言葉に説得力があり、真剣で、力を持っている。それでいて言葉の端々にユーモアと茶目っ気もたっぷり織り交ぜる。そんな話しぶりと人柄が、出逢う人々を魅了するのだろう。独立後、事業が軌道にのるのも早かったという。

常に見えてくる次の段階へのステップ

独立後はメーカー2社の企画から始まり、セレクトショップ、アパレル、バッグや雑貨のメーカー、商社との企画・OEMと仕事の幅を広げてきた工藤さん。そこには一貫して「“作品”ではなく、“商品”として扱ってもらいたい」という強い想いがあるという。
「法人化したのは、個人事業として企画の仕事を続けるのは限界があると感じたからです。当時から、将来は自社ブランドを立ち上げて、自分はプロデュースに徹したいと考えていました。どんな時でも相手がある上での仕事だと思っているので、自分の“作品”を相手に見せるという感覚ではいたくないんです」と語る工藤さん。相手が何を要求しているか、どれくらいのコストで作りたいと考えているか、それに対して自分は何ができるのかを考える。その上で自分の持つ知識や経験、技術や美意識を取り入れ、商品として相手に返すことが自分の仕事だと考えている。
「いただいたフィーに対して、それ以上のものを返すというのが私の信条です。それが必ず次へつながると信じているので」。
その努力と情熱が功を奏して、3年前に自社ブランドINTRODUCTIONを立ち上げた工藤さん。「上品で洗練された女性らしさを演出するバッグ」というコンセプトでデザインされているというINTRODUCTION。現在は兵庫県西宮市・阪急夙川駅近くの直営店を筆頭に、全国百貨店、専門店で取り扱われるほどのブランドに育っている。念願の自社ブランドを立ち上げたということで、ある一定の達成感を得られたのかと思いきや、
「まだまだ理想にはたどり着いていないと思います。目の前にあることを一生懸命やってきた延長上にINTRODUCTIONがある。直営店を持つことで、エンドユーザーの目線を持つことができました。これからはその目線を軸にものづくりをしていきたいと思っています。ほら、一つのことを達成すればまた一つ、新しい課題が見えてきますよね」。とさらりと語る。
勤務時代から現在まで、工藤さんの姿勢は変わらない。それは常に次のステップへの理想があること。それに対して今自分がなすべきことを見据えていること。それを実際に行動に起こしていること。そのエネルギーの源はシンプルに「仕事が好きで素直であること」なのかもしれない。


兵庫県西宮市 INTRODUCTION直営店

“一流のプロ”であるために

現在は、直営店のパートタイム店員を含めて8名のスタッフを持つ(有)トン。自社ブランドINTRODUCTIONのプロデュースと同時に、従来のアパレル商社向けの企画やOEMの仕事もこなしている。今後はバッグの企画会社というより、自社ブランドの販売に力を入れていきたいと語る工藤さん。その中で工藤さんは「自分がやりたいことに対する適正な規模」を探り続けているという。
「何ごとも始めるよりも続けることが一番難しいですよね。自分の会社のスタイルを続けるには、どれくらいの規模で何ができるかを模索中です。ただ、そんな中でいつも自問自答していることがあります。一つは『自分は一流のプロであるか』ということ。プロとして顧客を喜ばせることができているか、それが一流であるかということです。もう一つは『きちんとした経営者であるか』ということ。経営に関しては一流でなくても、会社を存続させるだけの技量は持ってなければなりませんから。この2つのことを考えつつ、私に関わって下さるみなさんが、いつも気持ちよく仕事を続けていられるか。こう自分に問いかけているのです」
終始冗談を交えつつ、朗らかに語る工藤さん。しかし仕事への態度は常に真摯で前向きだ。
「独立するときもいろいろな意味で覚悟はしていました。でもそれだけでは乗り越えられない。日々直面する初めてのできごとにどう対応していくか。それは考えながら、時には失敗もしながら身につけていくしかないんです。自分の中に物事を判断する“ものさし”をいかに持つか。自分の立ち位置はどこを基軸にするか。どんな仕事でも、そういう価値観の根幹が問われると思うのです」
繁華街や百貨店の華やかなショウウインドウ。その背景には、こうして時代の先行きを読み取りながら、熱心にものづくりに取り組む人たちがいる。その一人一人に想いがあり、物語がある。真剣なまなざしで語る工藤さんの後ろの棚に並ぶ色とりどりのバッグが、静かにそう語りかけているように思えた。

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公開日:2012年07月12日(木)
取材・文:株式会社ランデザイン 岩村 彩氏