人が集まる“空気”をデザインしたい。
下地 裕介氏:ADRESSE spatial create association

下地氏

飲食店を中心にさまざまな業態の店舗空間をデザインするインテリアデザイナー、ADRESSE・下地氏。大学4年目にはじめてこの仕事の存在を知り、専門学校に入り直したというから、その想いは本物だ。今回は、この仕事に出会った時のエピソードや“人の縁”、さらにはプロデュースを手掛ける音楽イベントなどについておうかがいした。

突然出会って惚れ込んだ、インテリアデザインの仕事。

経営学部の大学生だった下地氏は、一般の企業などに対して流されるがままに就職活動を行っていた。インテリアデザインという仕事との出会いは、そんな状況の中で思いがけず起こった。
「就職情報誌で飲食店を中心に設計施工を行う会社を見つけ、説明を聞きに行ったんです。学生時代はずっと飲食店でアルバイトをしていたんですが、それは飲食が好きということもありますが、お店の空間というか人がそこで過ごしている雰囲気が好きで。そんなお店の雰囲気を作る一端を担える仕事をやりたいと思ったんです」

だが、デザインや設計の知識どころか業界の知識すら全くない下地氏を採用する企業はなく、大学卒業後、就職せずに専門学校に再入学する。アルバイトを続けながらインテリアデザインの勉強を始めた。
「就職活動の時、面接官に『店舗のデザインをやりたい!』とアピールしたのですが、営業としてしか採用されないことが分かり、この業界で働くには知識や経験が必要だと感じました。そこで、専門学校で学ぶことにしたんです。2年間通いましたが、昼はバイト、夜は学校と課題制作、今までの人生で一番寝ていない期間です(笑)。でもやりたいことだから充実していました」

卒業後は、狭き門を突破して、インテリアデザインの個人事務所に就職。アシスタントとして3年働いた。さらに、専門学校の先輩に声をかけてもらい、別の事務所で1年間働いた。
「実際の仕事における段取りや進め方は学校では学べないものでした。今思えば何の知識もなく『デザインがしたい!』って、それは無理があったかなぁと(笑)」

独立できたのは“人の縁”があったから。

下地氏

2つの事務所で経験を積んだ下地氏は、知り合いのデザイナーから声を掛けてもらい、事務所をシェアする形で独立を果たした。
「ちょうど30歳。声を掛けてもらった時、ここがターニングポイントだと感じました」
だが、独立しても仕事のアテがあるわけではなかった。
「今、冷静に振り返ると、お客さんもゼロで継続的に仕事がもらえるアテもない……無茶ですよね(笑)。でも、独立後すぐに知り合いの設計会社にあいさつに行くと、仕事の依頼をいただいたんです。当時、そこは忙しくて仕事が終わると次の仕事が待っている状態で。独立してすぐなのにラッキーだったと思います」

今思えば、独立の前も後も、多くの仕事が“人の縁”に導かれているという。
「独立当初に知り合った人からの紹介をはじめ、お付き合いのある施工会社やクライアントからの紹介など、仕事は“人のつながり”で私のもとに舞い込んできました。また、飲食店のインテリアデザインがしたくてこの仕事を目指した私に、飲食店をデザインするチャンスを与えてくれたのも“人の縁”でした。周囲の人、人の縁には感謝するばかりですね」

自己を再発見した、音楽イベントプロデュース。

イベントフライヤー

最近は、ラテン音楽のパーティをプロデュースするなど、自主イベントも積極的に行っている下地氏。きっかけは、お店を経営する知人から「この店で面白いことやってよ」という依頼を受けたことだった。
「その瞬間、大好きなラテン音楽のパーティにしようとひらめきました。店の独特な雰囲気がラテン音楽でさらに他にない特別な空間になるとイメージが湧いたんです。」

このラテン音楽イベント『SALSA EMERGENCIA』は大成功で、5回目となる前回は150人が来場。すでに当初依頼された店のキャパを超え、現在は毎回特別な空間を選び、年2回開催している。
「仕事とは関係ない趣味のイベントなのですが、仕事に繋がる大きな気づきを得たんですよ。イベント会場には、音楽のほか飲食やお客さん同士の会話が生まれますよね。その様子を見ていると、人がコミュニケーションしながら食べたり飲んだりする空間や場の雰囲気が好きでこの仕事を志したという“初心”を思い出したんです」

もちろん、仕事として空間を生み出すのも楽しいのだが、それとは異なる喜びがあるという。
「クライアント様の想いや希望をそれ以上のカタチで提案し、満足して喜んでいただくのが私の仕事です。それも非常にやりがいがあって楽しい。でも、一夜限りとはいえ、自分が想い描く空間に人を招くことができる『SALSA EMERGENCIA』は、仕事とは別次元の楽しさがありますね」

形やディテールよりも、人が集まる状況をデザインする。

下地氏自身が大切にするのは空間の演出ではなく、その場の“空気”づくりだという。
「僕は、レストランやお店などの場や空間が好きでこの業界に入りました。だから、先にディテールありきではなく、人が集まる状況をイメージして、そこにデザインやディテールが加わってくる感じです。空間を作り込むのではなく、その場にいる人たちのおしゃべりや音楽が最後の味付けとなって場や空間を完成させる、そんな空気感というか雰囲気づくりを今後もして行きたいと考えています」

音楽のように場を包み込み、空間の空気を一変させるインテリアデザインを志すと同時に、今後はライフスタイルをはじめとした“スタイル”を提案していきたいと考えている。
「日々の過ごし方、日常の行動を提案していきたい。そのせいか、最近は住宅のデザインにも興味が出てきました。もともと在る空間を新たな魅力を持った空間に変えることで、人の流れだけじゃなく日常の捉え方をも変えるような活動をしていきたいですね」

公開日:2011年09月30日(金)
取材・文:株式会社ショートカプチーノ 中 直照氏
取材班:株式会社ライフサイズ 南 啓史氏