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クリエイティブクラスター山村龍和事務所 山村 龍和氏

今年で書を始めて20年。企業のロゴ制作や書道パフォーマンス、揮毫のほか、「2時間で劇的に字が美しくなる実用ペン字」などのセミナーも開催。また、ハリウッド女優や墨絵の巨匠、ジャズ奏者とのコラボレーションなど、多くの著名人、アーティストとも交流を重ね、「書」を世界に向けて発信している。書家という枠を飛び出して、幅広く活動する山村さんの行動力の源とはいったい何なのか、お伺いしてみた。

小さな頃から、山村さんの胸の内には「世界を変えたい」という想いがあったという。テレビで戦争や貧困のニュースを見るたびに胸を痛め、こんなことのない平和な世界を作りたいと思っていた。
7歳のときに書と出会い、のめり込むようにして高校も書の専門コースへ進む。そして大学卒業後に、友人と環境保全の団体を設立した。順調に運営していたものの、心のどこかで「これでいいのか?」という疑問もあったという。
「友人と団体を立ち上げたものの、本当に自分が魂からやりたいこと、やるべきことがなにか、まだ見えていませんでした」と話す山村さん。
悩んだ山村さんは、団体の立ち上げメンバーである友人と進む道を別にすることに決める。自分の道を模索し、ストリートで即興書道を始めたのだ。最初はまったく相手にされなかったが、それでも山村さんは座り続けた。このときの経験が山村さんの価値観を大きく変え、のちの人生に多大な影響を与えたのだという。
「僕が座っていた場所では、ホームレスのおっちゃんがゴミを漁って見つけたものを食べてるんです。するとある日、通りすがりの人がそのおっちゃんをじーっとみて、ハンバーガーを買って手渡したりしてる。こうやって今話すと、すごく非日常な感じがしますよね。でもこれって、実は毎日日本の街のどこかで起きていることなんです。ストリートに座っていると、そういう社会の縮図みたいなものが見えてきて、同じ日本にいながらカルチャーショックでした」

自分が生きている社会の暗い部分をはじめて目の当たりにした山村さん。ちょっと座っただけで見えてきたことに、今まで気づかなかった自分にもショックを受けた。そんなときに、マザー・テレサの言葉と出会った。
インドのカルカッタで病人を看護していたテレサの元に、協力を申し出る人がやってきた。彼女はその人に「あなたはここにいる必要はない。まずはあなたの隣人を愛しなさい」と伝えた。
「それを聞いて、あぁ、そうかと気づきました。戦争とか貧困とか遠い世界のことを言う前に、まずは自分の周りの人を大切にできなきゃダメなんだなと」
そのために自分は書で何ができるのか。心が疲れてしまった人、助けを求めている人、そんな人が自分の書を見ることで少しでも癒しにつながるとうれしい。そう考えた山村さんは、その日からストリートでの手法を変えた。自分の書を並べるだけでなく、足を止めたお客さんと話しながら、その人を想って筆を走らせる。その人だけの言葉を描きだした。
「お客さんの顔を見て、話を聞いて、そこから生まれるものを大事にすると、足を止めてくれる人もどんどん増えていったんです」
山村さんには、今も忘れられない出来事があるという。
「いつもはお客さんと話しながら、思い浮かんだ言葉を書にするのですが、ある若い女性のときに、頭に浮かんだ言葉とはまったく別の言葉を筆が書いていたんです。“生命のバトンは今度はあなたがつなぐ番”と書いたのですが、その言葉を見た女性が急に泣きだしてしまって。お腹に赤ちゃんがいたんですね。産むことに迷いがあったんだと話してくれました。あの時は、本当に鳥肌が立ちましたね」

ストリートで2年、1万人以上の人に書を届けた山村さんは、2008年の大晦日に書の師匠の元を訪れた。書家としての名前、雅号をつけてもらうためだ。
山村さんの書を一番知る師匠は「龍和」と雅号をつけた。
「あなたの書は龍が悠々と大空を進むさまのように、雄大で人に和みを与えるものだから。そして本名の一字と合わせて“平和”となるように」と。
こうして2009年1月1日、書家「山村龍和」が誕生する。

現在は、講師やイベント開催のほか、リクルート提供の携帯コンテンツ「フデコトバ」にて毎日作品を配信。その一方で、世界に書を届けるための活動も盛んに行っている。
「伝統的な書と現代アートとしての書との対話も忘れてはいけないと思っています。書はアートなのか、という問いかけが常に自分の中にありますから」と話す山村さん。
「芸術とかアートとしての“書”は協会も設立されて、最近ようやく知名度が上がってきました。けれども、日本では“書家とはこうあるべきもの”といった既存のイメージがついてしまっているので、アートやデザインの書が認められるのはなかなか難しいのが現状です。その壁を壊していくのもいいですが、海外のほうが書に対して固定概念がないぶんアートとして受け入れられやすい土壌があります。なので海外から広めて、いずれ日本に逆輸入しても面白いですよね」と、海外進出にも積極的だ。山村さんの最前の目標は、「大河ドラマの題字揮毫」だという。「そのためには、山村龍和という書家が他とどう違い、なにを成せるかだと思っています。師について書を学んだ人の中で、こんなことをやっているのは僕ぐらいだと思います(笑)。癒しをこめた書をとことんやって、徐々にスケールを大きくして僕のフィールドを広げていけば、より大きな単位で平和のメッセージも伝えられると思うんです」
それはいずれ、戦争をなくしたいと願った山村少年の理想にもつながるはずだ。
将来はハリウッド映画の題字を書いたり、レディー・ガガとコラボレーションしたりしたいと話す山村さんの瞳は、少年のようにキラキラしていた。

2011年08月19日(金)
(株)マチック・デザイン 松村 裕史氏
プレス・サリサリコーポレーション 山下 朋子氏
〒546-0042
大阪市東住吉区西今川1-15-29
090-2013-0194
http://ryou-wa.com/
山村 龍和
一歩差のつく筆文字, ロゴマーク, 題字, 和, タイトル
「山村龍和事務所」