“ぼのぼの系イラスト”で世界を元気に
榎本 奈智恵氏:studio-napichi

榎本氏

「イラストを描くとき、ちょっとだけ表現をひねってみるんです。ギャップをつけるとか、もしくは思いもよらぬところで共通点を作るとか。『おもしろいでしょ!?』と前面に押し出すわけではなく、隠し絵のように見つけた人だけがクスッと笑ってくれたら、『ヤッター!』って手応えを感じます」と話すスタジオ・ナピチの榎本奈智恵さん。
例えば、彼女が手掛けた暑中見舞い用のポストカード。夏の風物詩・スイカを前にした二人の少年が描かれている。一人は赤く熟れたスイカを前に満面の笑みを浮かべ、かたや一人は食べ終わって皮だけになったスイカを前に顔中にタネをくっつけている。「食前」「食後」の二人のコントラストが可笑しい。
しかも、これだけではない。さらに、もう一ひねり工夫が。勘のいい人なら、「食後」のタネの少なさに違和感を覚えるはず。「食前」と「食後」を比べると、スイカのタネが減っているのだ。
「タネはどこへ行ったんだろう?食べる最中、飲み込んでしまったのかな?そうだったなら、そのうちお腹の中からスイカの芽が生えてきたりして!って、ポストカードを元にどんどん楽しいイメージを膨らませてくれたら、私がイラストに仕込んだ仕掛けは大成功!と言えます」
彼女の作品にはいつも、人の気持ちを陽気にさせるちょっとしたユーモアが詰まっている。

「人を喜ばせる」という充実感

作品

「小学2年生の時に出逢った、やなせたかしさんの絵本『あんぱんまん』『ガンバリルおじさんのまめスープ』が、私にとって今でも作品作りの原点になっています」と話す榎本さん。お腹をすかせて泣く子供に、あんぱんでできた自分の顏を与えて助けるあんぱんまん。また、自分も食べ物を事欠く生活の中、訪ねてきた空腹の客のため、最後の1杯のスープを笑顔で差し出しだすガンバリルおじさんの姿が、当時の榎本さんを強く惹きつけた。
「相手のことを思ってわが身を尽くす姿に、感動して胸がポワーッと温かくなりました」
また、小学校4年生の頃に図工の時間に作ったゴム版画のことを、未だによく憶えている。ハガキ大のゴム版にイラストを下書きし彫刻刀で背景部分を彫る。版の完成後、インクをつけて紙に押してみると、自分で描いた動物のイラストがプリントされた。「上手にできた」と満足した本人以上に、周囲の友達からの反響が大きく、「私もプリントしてほしい!」と次々にクラスメイトが集まってきた。「クラスの皆が、私のプリントした動物のイラストを手に、はしゃいでいる様子を見ると、とてもうれしく思いました。人に喜んでもらって自分自身も満足するって、それまでに経験したことがない感覚でした」。
その後榎本さんは、教室の掲示物やクラス内の研究発表会で使う作品、文化祭の装飾など、自身の創造力を活かせる活動に積極的に取り組むようになった。当時はまだ、イラストレーターという職業の存在すら知らなかったが、この時感じた「人を喜ばせる充実感」が榎本さんをクリエーターの道へと突き動かした。

「ほのぼの」<「ぼのぼの」

作品

現在、書籍の表紙イラストや雑誌の挿絵を中心に活躍する榎本さん。しっかりとしたラインで対象物の輪郭を縁取ったイラストは、シンプルながら一目見ると心をグッと掴まれるようなインパクトがある。この点が好まれ、ロゴのように一目でイメージを伝える“ワンポイント・イラスト”が発注の多くを占める。
本人もそれを意識してか、普段から商品や企業のロゴにはついつい目が行ってしまうという。特に好きなのは、1992年に奥村昭夫氏によって新たに生み出された、菓子メーカーであるグリコのロゴデザイン。赤と白の配色、手書きの「gulico」の風合いは、「子どもにとってはお菓子を食べるときのワクワク感、大人にとっては子どもの頃食べたお菓子を思い出す、懐かしくて温かい感覚」を、どんぴしゃりで榎本さんに伝える。
「パッと見てその商品や企業の世界観が明確に伝わる、シンプルながらもメッセージ性の強いデザインに惹かれるんです」
そう語る彼女がイラストを通して伝えようとするのは、見ると思わず口元が緩むほのぼのした世界観。榎本さんは自身の作風を、「ほのぼのより、さらにほのぼの」との意味を込めて「ぼのぼの」と称す。その象徴ともいえるのが、1997年スタジオ・ナピチを立ち上げる際に描いた「ナピチ君」だ。「寝転びながらなんとなく描いていたら完成した」と、その誕生秘話が物語るように、肩の力が抜けるようなゆるい雰囲気と、イラストの細部にちりばめられたちょっとしたユーモアが、思わず笑いを誘う元祖ぼのぼの系キャラ。

笑顔という名のクリスマスプレゼント

8年前から、友人が看護婦長を務める病院のカレンダーにイラストを描いている。これは毎年末、病院の職員や患者さん、およそ300名に配布されるもの。イラストを描く際、守らなければならない約束事が一つある。それは、「各月の数字と、描く対象物の数量を揃える」こと。これは依頼を引き受けた初年度、たまたま榎本さんが1月のページに独楽(コマ)を1個、2月のページに雪だるまを2体、3月のページに三つ葉のクローバーを3本…と増やしたところ好評となり、毎年のお約束となった。
ここ数年は、1から12までの各月の数字を、毎月一人ずつ描く人間を増やして大家族になる様子を描いたり、スポーツの1チームあたりの構成人数にあてはめてみたり、と工夫を凝らしている。「特にスポーツの1チームあたりの構成人数は、1月が柔道、2月はテニスのダブルス…と9月まで順調にきたのですが、10月、1チーム10人構成のスポーツが思い浮かばず苦労しました」と苦笑する。
「初年度に自分自身で発案したことなので文句の言いようもないですが、毎年、この約束事を守るためネタ探しに四苦八苦しています。だけど、このカレンダーを見て、クスッと笑って明るい気分になってもらえたら、私もうれしいですから」
お陰で今年の暦が載ったカレンダーも無事にお約束をクリアすることができ、昨年12月初旬から院内で配布された。ちなみに10月は、ラクロスになった。
「毎年のことですが、クリスマスの頃になると、カレンダーを手にした看護師さんや患者さんたちが『イラストを見て、思わず笑ってしまいました』『今年も面白かったよ、元気が出ました』と喜びのメッセージが届けてくれるんです」と榎本さんは目を細める。「絵を見て元気になってもらえた」との実感は、榎本さんにとって最高のクリスマスプレゼントになる。

最近は、念願だったナピチ君のぬいぐるみ化が実現した。今後はそれを引っ提げ、積極的に活動の場を広げていくという。「ナピチ君を大阪から海外へ羽ばたかせ、世界中に元気を発信したい」と張り切っている。「絵を見てくれた人に、元気を与えたい」そんな他者の幸せを願う思いやりの心が、榎本さんにさらなる活力を与えている。

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公開日:2011年02月18日(金)
取材・文:竹田亮子 竹田 亮子氏
取材班:有限会社ガラモンド 帆前 好恵氏