一冊の写真集が、物事の見え方をすべて変えたんです。
山下 拓也氏:TAKUYA YAMASHITA

山下氏

26歳の若さで独立し、カメラマンとして活動する山下拓也氏。まだ、独立して間もない中、大手通販カタログをはじめとした様々な広告写真に携わっている。実は、理系の大学に通う最中にカメラに興味を持ち、カメラマンを目指したという一風変わった経歴を持つ。そんな山下氏にカメラマンの仕事を目指した理由や、独立したきっかけなどについてお話をおうかがいした。

理系大学生、カメラマンを目指す。

子供の頃、絵や音楽は好きだったがカメラには興味がなく、両親もクリエイティブと無関係の仕事だったという山下氏。大学の学部選択も得意科目が理数系だったため、理系学科への進学を目指すことにしたという。
「しかし、理系でも絵や芸術に近い学科ということで、建築や都市開発系の学科がある大学を志望していました」
受験勉強の一環としてデッサンも習った。だが、無事大学に入学して建築を学ぶうちに、建築の仕事は自分には合わないと感じたという。そんな時、ひょんなきっかけでカメラと出会った。

「趣味が東南アジア各国への海外旅行だという、ごく普通の大学生でした。ある時、友人に触発されて『ただ楽しむだけじゃ物足りない。何かを残したい』と思ったんです。次に『どうせ残すならフィルム、それもモノクロで残したい』という思いが頭に浮かびました。そこでフィルムの一眼レフを買って、海外旅行先で写真を撮影するようになったんです。実家には千枚以上のモノクロ写真が残っています」

カメラマンへの道を拓いた、一冊の写真集。

作品

海外旅行のたびに写真を撮影していると、もっとうまく撮りたいと思うようになった。そこで、写真に関係するアルバイトをやって、現場で技術を習得しようと考えた。
「海外旅行で撮影した写真を抱えて面接に行きました。今思えば無謀ですよね(笑)。でも、タイミングが良かったのか、写真関連のアルバイトを始めることができたんです」
あるアルバイト先で出会ったある女性の先輩が、山下氏の未来を決めることになる。
「その先輩はとても厳しかった。写真に対する想いは強かったのに、プロカメラマンにはなれなかったそうです。先輩の作品を見ると、写真に対するストイックな姿勢がギッシリ詰まっていて衝撃を受けましたね」

そして、先輩からもうひとつの衝撃を与えられることになる。
「一冊の写真集を見せられたんです。リチャード・アベドンという国際的に有名なカメラマンのポートレイト(人物写真)の写真集でした。見た瞬間に衝撃が身体中を駆け巡りました。写真から押し寄せる被写体の人生や情報、空気感に圧倒される写真ばかりで。この写真集を見て、カメラマンの仕事に就きたいと思うようになりました。自分のアイデンティティを写真で表現したいと。私にとってリチャード・アベドンの写真集はあらゆる物の見方を変え、人生を変えた一冊です」

結局4年生の途中で就職活動も中止した。大学卒業後は、友人とともに東京へ移り住み、カメラマンへの道を探ることになった。キャリアも作品も持たずに、東京で写真関連の仕事を探すという無謀なチャレンジも、数カ月かけてある有名カメラマンのアシスタントとして働くことで結実した。その後は、レンタルスタジオスタッフ、フリーのカメラマンアシスタントなど、3年間東京で働くうちに人物や商品などあらゆる撮影を経験した。

失敗してでも地元大阪のクリエイティブを知りたい!

作品

東京で3年の月日が過ぎ、一緒に東京に来た大学時代からの友人は、デザイナーとして東京で独立する予定だった。山下氏と一緒に独立する相談をしていたが、「大阪のクリエイティブを知ってから東京でやっても遅くはない」と、その友人とともに再び大阪に戻ってきた。
「プロカメラマンとしてのスタートに大阪を選びました。でも、仕事もネットワークもない状態でしたから、大学時代や学生アルバイト時代のツテを頼って営業したり、ポートフォリオ片手に雑誌社などを回っていました。まもなく独立して1年ですが、見積や請求に関してもすべてが勉強です。今まさにネットワークを作るべく、精力的に動いています」
仕事は最高に面白いという山下氏。
「アシスタント時代とは違う立場で、チームで物を作るという楽しさを味わっています」

いつか誰かの人生を変える一枚を。

今後の目標をたずねた。
「何年経っても良い物ができたと思える仕事に巡り会いたいですね。あと、何かに流されることなく自分の価値基準を保ち続けたい。でも、今はクライアントに喜んでもらえることが一番うれしいですね」

もちろん、自分がカメラマンを目指したルーツも忘れてはいない。
「僕の写真で誰かの人生に影響を与えるような時が来たり、そんな写真が撮れれば本当に素晴らしいなぁ、と思います。撮影した写真で成果が出たり、私にお仕事をご依頼いただけるのも、大きな意味では誰かの心を動かしているのなら嬉しいです」

今後は、作品づくりも取り組んでいきたいという。
「今の作品づくりは仕事にリンクさせるための作品撮りがほとんど。これは、今の私には絶対に必要なことです。でも、仕事を始めてから趣味として写真を撮影することがなくなりました。好きな写真を撮る時間を作って、仕事の合間に、純粋に写真を楽しむ気持ちをいつまでも忘れないようにしたいです」

公開日:2010年11月29日(月)
取材・文:株式会社ショートカプチーノ 中 直照氏