かっこいいデザインは、かっこいいデザインをする人にまかせる。
堀口 努氏:underson

堀口氏

メビックのロゴのデザインを担当した堀口努さんは、エディトリアルデザインを中心に、「Re:Standard=あたらしい“ふつう”を提案する」を掲げて、2006年に創刊された「Re:S」のアートディレクターとしても活躍している。

しっかりした仕事ができないと信頼を失い、一度でも失敗すると仕事を無くす

取材風景
Re:S

とにかく絵を描くのが好きで、イラストレーターになりたいと高校卒業後にデザイン専門学校に進んだ堀口さん。しかし2年に進級するとき、イラストかデザインか専攻することになり「イラストで本当に食べていけるのか」と考え、デザインを専攻することにした。
「デザインって、イラストも写真も文字もあって面白いかなと思ったのがきっかけですね。」
卒業後はテレビ局のデザイン部に就職。番組のポスターや雑誌広告などの制作という華やかな仕事だった。しかし仕事は忙しく、2週間ほど家に帰らないことはざら。それでも新人として充実した日々を送っていた堀口さんだったが、仕事を教えてもらっていた先輩が退社することになり、このまま見よう見まねでやっていてもスキルが上がらないと彼自身も会社を辞め、転職をした。
「転職した会社は印刷会社や旅行代理店の仕事が中心の地味な会社でした。転職を決めた時点で、ゆくゆくは独立しようと考えていたので営業、仕事のだんどり、お金のことまですべてを身につけようと考えていました。」そして27歳で独立、西天満に事務所を構える。
「独立したのは自分のデザインをしたかったから。その表現の方法論の一つがフリーペーパーでした。勤めながらもつくってはいたのですが、もっと本腰を入れてやりたい気持ちがあって。独立してからは「montage」というフリーペーパーを出していました。」
このフリーペーパーの発行をきっかけに、様々な人とのネットワークを広げ、そこからさらに新しいこと、面白いと思えることを広げていく。それが人との信頼関係をつくり、仕事を生み出していった。
「フリーペーパーは僕に様々な人との繋がりを生み出してくれました。その繋がりから偶然や必然で生まれた仕事もあります。これはフリーのいいところでもあるけど、しっかりした仕事ができないと信頼を無くすし、1度でも失敗すると連鎖的に仕事が無くなってしまう怖さもある。諸刃の剣だからこそ、必死ですフリーは。」

時代のユーモアをデザインのエッセンスに

堀口氏

「デザインってその時代の空気感にすごく影響されるものだけど、ヨーロッパのヘルベチカとかグリッドシステムや、日本の縦書きや日常の何気ない風景というものを今の時代のデザインの中に入れていくというのが好きですね。」
文字組も大好きで勉強し続けているという堀口さん。

「古い本をスキャンして自分で打ってみると組み方がよくわかります。何か本の仕事に役に立つだろうとやっています。文字組だけでその人の人格を表現することができれば面白いと思います。やはり文字組は極めたいひとつですね。」
ストイックにデザイン向き合い「少しは違う事もしなさい」と家族に怒られるほどデザインのことになると集中してしまう。
「今は少しましになりましたけど、昔は時間があればデザインしていましたね。僕の中でのデザインって“永い間愛されるデザイン”なんです。何年経っても見飽きないデザインをしたい、そこはデザイナーを始めてからずっとぶれていないところかな。」
デザイン処理という言葉が一番嫌いだという堀口さん。身の回りにある普通に馴染むデザインを好み、デザインされたものは苦手だとも。
「かっこいいデザインは、かっこいいデザインをする人にまかせます。デザイナーってサービス業だからちょっとおもしろいなと思える時代のユーモアを加えるのを忘れないように心がけています。その原点はいまの仕事にも生かされています。」

独立して10年、夜中にふとデザインってなんだろうとすごく思う

本、雑貨、CDとデザイナーとしてやりたかった仕事は一巡したと語る堀口さん。これからは、デザインで何ができるのか、という自分自身への問いの一つの答えとして本づくりであり、またデザインの力で社会を変えることができるのではと感じているという。
「大きなことでなくてもいい。例えば、地元の区民祭りのポスターのデザインをしたのですが、そのポスターを見てお年寄りや子どもが一瞬でも微笑んでくれればデザインって意味のあることだと思えるし、これからはそういう社会の中のデザインの役割という部分に関わってみたいと思っています。」
さりげなく暮らしの中に生きるデザイン、人が気づかないところまでデザインされているモノやコト。デザインでしかできないことを、ここ2年ぐらい考え続けているという。結論はでないかもしれない、でも小さな発見と答えを積み重ねることからデザインでしかできないことがきっと発見できる。デザインとかかわる仕事をしている私にとって、堀口さんの普遍的なデザインへの思いに共感する部分は多い。

公開日:2010年11月16日(火)
取材・文:株式会社ルセット 松本 希子氏
取材班:株式会社ジーグラフィックス 池田 敦氏