家は“買う”モノではなく、“造る”モノです。
眞野 サトル氏:ARCHIXXX眞野サトル建築デザイン室

眞野氏

地下鉄南森町駅からほど近い場所にあるマンションの1階に眞野サトル建築デザイン室はある。代表の眞野サトル氏に聞けば、このマンションのデザインも彼が手掛けたという。現在は住宅設計や店舗設計に携わる眞野氏に、建築デザインの世界に飛び込んだきっかけや、施主とのコミュニケーションの方法、建築家のトークイベントに参加した想いなどについてお話しをおうかがいした。

不慮の事故がきっかけで建築の道へ。

普通科の高校に通い、建築には特に縁がなかった眞野氏。そんな人生を変えた出来事は高校3年に起きた。
「交通事故にあって、夏休み前から卒業2週間前ぐらいまでずっと入院していたんです。なんとか卒業前には退院できて、高校を卒業できたものの、当然受験はできなかった。ただ、大学でやりたいこともまだ決まっていませんでした。そこで進路相談のために高校の進路相談室を訪れたんです。すると進路相談室に安藤忠雄氏の建築に関する本を偶然見つけました」
その本に収録されていたカッコイイ建築物に引き込まれた眞野氏は、建築関連の専門学校に入学することに。
「入学する学校のこともよく知らず、そこに通えば将来は建築事務所で働けるんだろうと思っていました」

入学した専門学校は超スパルタで毎日毎日課題漬け。だが、毎日頑張っているとだんだん面白くなり、次第に自分には建築しかないと思うようになった。
「交通事故と安藤忠雄氏の本。この2つがなければ、私は大学を卒業して普通のサラリーマンでしたね(笑)」
専門学校卒業後は、公共建築物の設計・施工を中心に行う設計事務所に就職。8年間の在籍で構造や現場管理、設備など多くの仕事を経験した。希望していた建築デザインに携われたのは1年ほどだったが、この時に経験したさまざまな仕事が、結果的には独立後の自分を支えてくれているという。

客ゼロでもワクワク感に満たされていた独立当初。

29歳で独立することを決めた眞野氏。
「勤めていたのが設計事務所といっても、公共建築が多かったんです。だから、独立後に生かせる人間関係もクライアントもなくて、あるのは『やれるだろう』という自信だけ。でも当時はなぜか楽観的だった。仕事がない不安よりも、将来へのワクワク感の方が断然勝っていましたね」
やりたくても仕事がない状況。それでも知人のツテを頼って、昼は事務所で建築関係の仕事、夜は居酒屋のアルバイトという日々だった。だが、次第に周囲との信頼関係が築けてくると、さまざまな仕事が舞い込むようになった。さらに、同級生の家を設計するなど、設計監理できる仕事も増えていった。

必ずメリットとデメリットの両方を伝える。

作品

住宅設計を手掛ける中で、施主と話をしながら施主の考えをカタチにする家づくりをしたいという眞野氏。
「最適なコミュニケーションの方法は人によって違います。でも、施主さんと私の考えをぶつけ合いながら、施主さんの希望をしっかり聞いて家づくりをしたいんです」
施主とのコミュニケーションの中で最も大切にしているのが、メリットとデメリットを両方同時に伝えることだという。
「建築は義務教育では習いません。多くの人は自分の家を建てる時、初めて家について考えるんです。そのため、大手ハウスメーカーが発信する都合の良い情報を鵜呑みにしてしまう。物事には必ず表と裏があります。私はその両方を同時に伝えることで、施主さんの判断材料を少しでもたくさん提供したいんです」

また、施主が設計に携わったと実感してもらえる家づくりには少し時間が掛かるという。
「家を『買う』と言いますよね。でも、家は『買う』ものではなくて『造る』もの。だから、楽しみながら家づくりをされてはどうですか、という話をします。施主さんにとって建築家とのやりとりは面倒かもしれませんが、それも住宅設計に携わる楽しみのひとつですから」
自分の家を一生懸命建てようとする良い施主さんとの出会いは建築家を成長させる、と眞野氏。お金も口も出す施主とのコミュニケーションは、さまざまなシーンで役に立つという。

「言ってから考える」が実現の秘訣。

最近は、関西を中心に活躍する若手建築家やデザイナーが集まる『at D』という団体に参加し、中之島バンクスで開催されたイベントにも参加した。
「建築家って社会学をやってる割には案外コミュニケーションが下手で、共通の会話がある人以外とのコミュニケーションが苦手なんです。だから、もっとコミュニケーションしましょう!と音頭を取ってイベントをやりました。私は“言ってから考える”性格なんですよ。それで家族には怒られますが(笑)。とりあえず、やってみない?と声かける。実際に人が集まるとやらないわけにはいかなくなりますから」

将来の目標をたずねると、御堂筋沿いの建物や美術館を設計することなど、夢は大きい。「私にとっては御堂筋は憧れの存在なんです」と。
「面白い建築を作り続けようと思えば、楽しみながら仕事ができる環境が必要です。何てったって設計はシンドイ仕事ですから。施主さんの期待を良い意味で裏切るような、遊び心のある住宅や建築物を作っていきたいですね。いつか巨大建築や公共建築を設計する時が来れば、それが必ず役に立つと思います」

作品

公開日:2010年11月02日(火)
取材・文:株式会社ショートカプチーノ 中 直照氏
取材班:株式会社ライフサイズ 南 啓史氏