「地元」天満・天神のリアルな姿を発信したい
福 信行氏・真柴 マキ氏:『天満スイッち』編集室

福 信行氏・真柴 マキ氏

天満宮のおみくじに大吉は何本?

天満スイッち

05年9月、『天満スイッち』というタブロイド版の月刊フリーペーパーが発刊された。南北は天神橋筋1丁目から8丁目、東西は桜ノ宮から西天満までが配布エリア。新聞の折り込みや界隈の店舗に置いてもらう方法で、毎月4万部以上発行している。
「テーマは『天満・天神エリア』と呼ばれるこの地域の“今”。といっても、堅い内容じゃなく、街で商売をしている人たちが教えてくれる情報や、『界隈を走る交通機関に乗って乗り換え・乗り継ぎなしでどこまで行けるのか?』『天神橋商店街のはしっこはどのお店?』といったネタ。ちなみに創刊号の一面は『なにはともあれ、大阪天満宮』。“大阪天満宮のおみくじには大吉が何本入っているか?”“30代でも巫女さんになれるのか?”こういうばかばかしいネタをやりたい!って決めてたんです」と、編集長兼ライター兼カメラマンの福信行さん。天満宮さんも巻き込んで、大吉の本数を調べたときのエピソードをおもしろおかしく話してくれる。天満・天神エリアのおもしろさを伝えたいという、彼の思いが伝わってきた。

フリーという働き方ゆえの不満

事務所

編集室は、福さんとデザインを担当する真柴マキさんの2人がメイン。福さんは業界紙の記者やバーの経営からフリーライターになったユニークな経歴の持ち主。真柴さんはデザイン会社から独立し、ライターを兼任するフリーのグラフィックデザイナー。2年ほど前に2人は結婚し、仕事と人生、両面でのパートナーだ。
「大人が読めるフリーペーパーを作りたかった。もともと、街なかにあるフリーペーパーって好きじゃなかったんです。デザインはイマイチだし、広告は汚いし、じっくり読める記事もないでしょう」と、2人は口を揃える。そんな彼らがなぜ、フリーペーパーを出すことになったのか。きっかけは真柴さんにあった。
フリーになり、企業からの依頼でパッケージや販促物などの制作をおもな仕事にしていた。
「素人の担当者からいっぱい朱を入れられておかしくなったり、価格を叩かれたり……。だんだんモチベーションが下がってきちゃって。こんなことするためにデザイナーをしてるんじゃないって。でも、こっちは仕事を受ける立場だからと、不満を胸の中に収めちゃう」

「都会の村」の空気を伝えたい

真柴 マキさん

「受注産業」という立場だからと、受身になりがちな姿勢に甘んじたくない。そんな思いに加え、もう一つ、『天満スイッち』創刊の発端となった経験が真柴さんにある。
「以前、ミナミにある個人商店からプランナーの仕事を依頼されたんですが、土地勘がないことがかなりネックでした。生活し、仕事もしている“地元”のお店なら、お客さんのことがわかるからもっと役に立てるかも、と思いましたね」
自分たちのフィールドからなにかを発信したい。そんな真柴さんの思いに、福さんも共感した。
「天満や天神橋筋界隈っておもしろい街やのに、情報誌で取り上げられる機会が意外と少ないなぁって思ってたんです。田舎みたいに濃密な人間関係はないけど、オフィス街のようにクールでもない。隣のことはあんまり知らんけど、ちょっとは気にかけてる。この街は『都会の村』なんですよ。そんな個性を伝えたくて、このエリアをきちんと扱ったフリーペーパーを出したいねって2人で話をしてて、構想2カ月くらいで発行してしまいました」

広告主を選ぶフリーペーパー

福 信行さん

創刊から9カ月。知名度も上がり、最近は広告掲載の依頼も来るようになった。
「でも、広告ならなんでも歓迎というわけじゃないんです。チェーン店で、この街のことに何の関心もない店や、熱心じゃない店長さんから広告依頼を受けても、お断り。美容外科も消費者金融もパチンコもダメ。資金に余裕があるわけじゃないのに、高飛車なんです」と福さんが笑えば、「でも自分たちが発信するからには、そういう思い入れって必要だと思うんです」と真柴さんが熱っぽく語る。
ここまで、順調に来たわけではない。資金繰りがうまく行かず、第5号の発行は頓挫しそうになった。
「5号を出すときにヒヤヒヤしたこともあって、6号はちょっとお休みしようかとも思ったんですが……」
だが、休まなかった。
「休めなかったんです。読者から『天満・天神で困っていることはなんですか?』というアンケートを募集したところ、来るわ来るわで大反響! 6号で発表しますって告知してたんで、これは飛ばせないなって」
このフリーペーパーがたしかに街に浸透しているという手ごたえを、真柴さんが得た瞬間だ。
「毎月、決まった日にきちんと出す。それだけが信頼になるんだと、このときに改めて思いましたね」
そう語る福さんの言葉が重かった。

細山田 章子氏

公開日:2006年05月09日(火)
取材・文:細山田 章子氏